ジャッキーのカフェ
3月の終わりといっても、ロンドンは寒い。トニーは、トレンチコートのポケットに手を突っ込んで、オックスフォード通りの大英博物館側で、親友を待った。リチャードの謹慎は解けていない。しかし、日本に行く前にどうしてもある人に会って、頼まなくてはいけないことがある。
人波から、スタジアムジャンバーを着たリチャードを見かけた。二人は、無言で、この、人の多い通りから離れて、大英博物館側に向かった。大英博物館近くまで行ってしまうと、魔法使いのコミューンがあるから、魔法使いや魔術師たちの目に留まってしまう。だが、その前に古い隠された町がある。
魔法使いの中には、昔から人に混ざって生活している者がいる。占い師や魔除けのまじないをしている者たちだ。教会に頼まれて、エクソシストをするとか、警察に頼まれて、捜査の協力をする魔法使いたちは合法だが、占い師やまじない師は、昔からやっている個人経営。魔法協会に入っていない人達だ。こういう人達は、魔法使いたちのコミューンから、ちょっと離れたところにいる。それは、古い町なので、薬屋もあれば、カフェもある。アイテム屋もあれば、何でも屋もいるし、情報屋もいる。
ただし、そう言うアイテム屋があるコミューンの中心街。ミユキ横丁に、人は、入れない。入れるのは、魔法や魔術が使える者たちだけである。
「ここに来るの、久しぶりだな。父さんと小さいころ来て以来だよ」
「用がなくても、たまに来てくれよ。ジャッキーが喜ぶ」
「情報屋って、女の人だったのか」
「魔法学校の先輩だよ。3つしか違わない」
「それじゃあ」
「アンナの同級生だった人だ。ごめんな、黙っていて。本人が許可してくれなかったんだ」
「いいさ。許可してくれたから会えるんだろ」
「アンナには敵がいるって言っただろ。気をつけろ、知らなくていいことを知ってしまったらリチャードも危険になるんだ」
「いいさ、トニーの助けになる」
トニーがリチャードの肩をゆすった。親友がいて本当に良かった。
古い店が立ち並ぶ中、ちょっとへこんだ狭い路地かなと思えるようなところがある。そこは、すぐ行き止まりになりドアがあるだけ。ここがジャッキーの店だ。一階は、カウンターがあるだけのカフェバー。2階にオフィス。今日は顔合わせだけなので、カフェのカウンターに座った。
チリリン
「いらっしゃい。待ってたわ」
客が一人もいない。来ても近所の人だけと言う感じの店だ。
「お邪魔します。彼がリチャードです」
リチャードが頭を下げる。
「あら、お調子者って聞いていたけど、随分印象が違うのね」
「ちょっと、大失敗をやらかしまして」
「ふふっ、聞いているわ。ジャッキーよ」
そう言って、リチャードに握手を求めた。ついでにトニーとも握手する。
「二人とも座ってね。昼間は、お酒を出さないわよ」
「ぼくは、飲まないですよ」
「おれ、もう一年、高校生です」
「リチャードなら、1年かからないさ」
「聞いたわ。だから、トニーに頼んで、あなたに来てもらったのよ。アンナの謎を解く気はない?」
「望む所です」
ジャッキーは、出されたダージリンを飲もうともしない二人をにらんで、腰に手を当てた。これは、とっておきのマフィンも出すしかないわね。と、ため息をつく。
「アンナは、風の魔法使いよ。風のピクシーを使役できるのよ。シルフとラフォーレが、私にいたずらするんだけど、最初は、見えなかったわ」
下を向いていた二人が、ガバッと上を向いてジャッキーを見た。
ふふっ、食いついてきた。
「マフィンも食べてね」
ジャッキーは最終兵器を出した。これで、二人に話しやすくなった。二人とも、元気があるように装っているけど、すぐ下を向く。
「アンナさんは、風のエレメンタルと契約しているんですか?」
「学生のころから妖精が見えるなんて、敵わないや」
「アンナは、パイを焼くのが得意よ。おばあちゃんに教わったって言ってた。そのパイをシルフとラフォーレがほしがったのよ。妖精は甘いものが大好きよ。その二人の妖精が、小6の時だったかしら、非常勤講師で来ていた大海先生に懐いたのね。あらあら、と思っていたけど、アンナもそうだったのよ。一目惚れってやつね」
「じゃあ小さいころから妖精が見えていたんですか」
「大海さんって、妖精カフェのマスターの!」
「大海先生は、たまに来てくださって、闇魔法を教えてくれたわ。トニー君の専攻でしょう、闇魔法」
「そうです。だから、ケンブリッジの物理学科を選んだんです」
「そうね。理解できれば、次元を超えることだってできるかもしれない。先生も、そう、仰っていたわ。大海先生だけど、専門は、アイテム収集よ。趣味は、ケーキ作り。それが、シルフとラフォーレが懐いた理由ね」
「アンナさん、その人と結婚したんでしょう」
「妖精カフェのマスターのことだぞ。腐海の空を飛んでいた人のことだぞ」
「うぇ、そうなのか」
「恋愛の方にだけ反応するなよ」
「そう、先生に会ったの。すごいでしょう。闇魔法を極めると、空を飛べるのよ。風魔法も、風に乗れば同じことができるわ」
「おれも、大海先生に習いたかったな。空を飛びたいですよ。自分たちは、習ったことが無いです」
「それがね、大海先生には敵がいたのよ。3年前に殺されそうになって、まだリハビリ中。リザード魔術師教団って聞いたことある?」
「火の魔術師教団ですよね。アンナの謎に到達したのは、この、教団を知ったからです」
「魔法を使って戦争を起こすなんて無茶苦茶だ。人と共存できなくなる」
「そうよ。でも、彼らの魔術は弱い。だから、強力なアイテムを集めているところみたいね。大海先生は、彼らの上を行くトレジャーハンターだったのね。だから、狙われた。アンナは、大海先生を助けていたのよ。そして、仲間も探していた。私は幼馴染だから、当然、アンナの味方よ」
「寮の暖炉に、トカゲの紋章を見つけたんです。最初はそんなに気にしていなかったんですが、たまにその紋章が位置を変えていたんです。気味悪いじゃないですか。それが教団を知ったきっかけです」
「敵も、自分の味方を増やそうと、学校にアプローチしているのよ。男の子の部屋は、それなんだ。女子寮は、釜土だったわ。私の話をする前に、あなたたちが解いた、アンナの謎を教えてくれる?」
いつの間にか二人は、紅茶を飲み干していた。マフィンも1つ食べていた。ジャッキーは、二人にダージリンと、とっておきのマフィンのお代わりを用意した。