京爺
オープンスペースからの絶景を見た私は、さっき見た暗黒を頭の隅に追いやった。背伸びして店の中に戻る私の肩に、ウィンディがとまる。
「ウィンディ。ありがとう」
ふーひゅー(どういたしまして)
カフェは、食事を出していないので、お昼は、閑散としていた。でも、お爺さんかな。人が、入ってきた。ウィンディが、手を振りながらそっちにすっ飛んでいった。
ひゅー!(京爺)
「なんじゃ、慌てて」
ひゅーひゅー(言葉のまじないをかけてもらいたい子がいるのよ)
「お前さん、風族じゃろ。音にゃあ、強いじゃろ」
ひーぷゅー(人は専門外)
「人じゃと、珍しい」
ウィンディが、私を手招きするので、常連さんかなと思って急いで行って、頭を下げた。
「まだ、研修中なんですけど、今日から働くことになった宵野千里です」
「ほへ、こりゃあ、日本人じゃないか。それに、すごいな。天然か」
ひゅーひゅー(でしょう、でしょう)
なんのことかしら
「お前さん、千里さんじゃったか。生まれはどこかな」
「岡山です」
「うーんと、すまん。昔は何て地名じゃった」
「備後です」
「なるほど、そりゃ吉備じゃな。それに、なんか引っかかる。宵野、宵野。珍しい苗字じゃ」
ひゅーひゅー(そんなことより、おまじない。私も話したい)
「おお、すまん、すまん。ウィンディや。博史に言って、言葉の音叉を借りてきてくれんかの。今日、わしゃあ手ぶらじゃ」
ウィンディが、二階にすっ飛んでいった。二階が、雑貨店になる。
京爺は、身長が私くらいで、あまり高くはなく160センチなさそうな小柄な人だ。顔は四角くて、ちょっと愛嬌のある狸顔。直感的に、京爺も日本人だと思った。
「えっと、お名前は?」
「わしか。京極我次郎じゃ。京都生まれなんじゃが、木の国(紀伊国)で育った。だから、宮様のような話し方はできんぞ」
紀伊国?和歌山ね。宮様って、いつの時代?
「何年生まれですか」
「何年じゃと?生まれは、天平じゃけど」
余計わかんない。まさか奈良時代かな
「年代が、全然わかんないです」
「わしゃあ、こっちが長くて、そっちの世情に疎いでな。言葉使いはずいぶんアンナに治されたんじゃが。アンナは、エゲレスの魔法学校に居ったから、博史に聞くのがええぞ」
「そうします」
「あらー、千里。もう、京爺と仲良くなったの。このおじいちゃん、とっても気難しいのよ。いい歳なのに、未だに冒険家なんて、すご過ぎでしょ」
「アンナ、いつものを頼む」
「はいはい、ここは酒場じゃないのに」
アンナは、ぶつぶつ言いながら、ウィスキーを取りにカウンターに戻った。二階にある魔法雑貨店から博史が、言葉の音叉を持ってやって来た。ウィンディは飛ばないで、博史の肩に乗って楽している。
「師匠、今日は、早いですね」
「なーに、昨日から寝とらんでな。わしにとっちゃあ、夜中の35時じゃ。火竜の様子がちょっとおかしくてな。理由を探っとったら、こんな時間じゃ。博史も手伝え」
「火竜の様子がおかしいとは、最近、多くの火竜が、エリシウム山に集まっていることですか」
「そうじゃ」
「確かに気になりますね」
ひゅひゅー!
「ウィンディごめんごめん。師匠、ウィンディと千里君を話せるようにしてあげてください。後は、ウィンディができます」
「そうじゃったな。どれ、二人とも、こっちゃ来い」
私たちは、京爺の前に並ばされて、音叉のように二股になっているが、黒い石を磨いたような。一見、音が鳴りそうにないアイテム、言葉の音叉を目の前に突き付けられた。
「ウィンディ、内耳神経の高さを合わせろ。共鳴させるぞ」
ひゅーー
「千里は、目を瞑ってろ。音に集中するんじゃ」
「はい」
京爺は、言葉の音叉を叩いた。木―――ンと、とてもいい音がする。
「よし、この音じゃろ。この音に合わせて、『らー』と言って見ろ」
京爺が音叉をたたいた。その音は、ドレミの、らの音だった。私は歌うように、らの音を出した。
「らーーー」
「それを続けてろ。ウィンディ、合わせてやれ」
ウィンディが、青白く輝きだし、「ひゅーーーー」と、千里と同じ音を出しだした。
「らーーーーーー」
「らーーーーーー」
「よし、お前ら、1オクターブ上げられるな。今後のこともある。やってみい。出来たら、逆に低い音もじゃ」
今度は、1オクターブ高い音で「ら」の音をだす。そして低い「ら」。
「らーーーーーー」
「らーーーーーー」
「千里は苦しいかもしれんが、最初の音の2オクターブ上じゃ。できたら、虫たちと話すきっかけぐらいできるじゃろ。頑張れ」
そう言ってまた、音叉をたたいた。
「らーーーーーー」
「らーーーーーー、こほんこほん、もう無理です」
「いや、共鳴したぞ、よくやった」
「千里。改めて、こんにちわ。ウィンディよ」
「ウィンディ、ありがと」
涙目になりながら、ウィンディに指を差し出す。ウィンディは、その指にハイタッチしてくれた。なんだかウィンディに力を貰った気がした。
「師匠、ありがとうございます。千里君。最初は、この、風硝石の首飾りをかけて、ウィンディにサポートしてもらいなさい」
「なんじゃ、魔法を教えてやらんのか」
「魔術の方が入りやすいじゃないですか。久しぶりの店員ですよ。妖精カフェの仕事を先に覚えてもらいたいです」
そう言いながら、博史は、京爺に耳打ちした。
「千里君が早く仕事を覚えてくれたら、ぼくも、師匠について、エリシウム山に行けるじゃないですか」
「なるほど」
「博史さん。京爺と何、ひそひそ話しているんです」
博史の後ろには、ウィスキーと氷をたっぷり入れたアイスペールを持ったアンナが、びっくりするぐらい、二人のひそひそ話に顔を近づけて怖い顔をしていた。
「うわぁ」
「な、なんでもないんじゃ」
アンナは、ひとしきり二人をにらみつけた後、私に振り向いてにっこりしてくれた。
「やったわね千里。風硝石は、一般の人に見せてはだめよ。服の中にしまってね」
「分かりました」
「ウィンディ、後はよろしくね」
「まかせて。 千里、あっちに行きましょ。友達を紹介するわ」
ウィンディは、私の肩に乗って、店の奥を指さした。そこには、ウィンディと同じぐらいの大きさの妖精が、こっちに来てと手招きしていた。
京爺が難しい顔をして、私たちを見送った。
「二人とも、あの子に、自分が何者なのか話したか」
「まだよ」
「魔法やこの世界の基礎知識がないと理解するのが大変じゃないですか」
「そりゃそうじゃが、早い方がええぞ。宵野千里か。宵野、宵野。どっかで聞いた苗字なんじゃがの。どれ、酒でも飲んで、思い出すか」
「お酒飲んだら、酔っぱらうだけじゃない。コーヒー持ってくるから、思い出すまで、飲まないでね」
「手厳しいのー」
「はは、お願いします」
京爺は、頭をかきながら、宵野を思い出そうとした。




