人魚姫サーヤ
竜宮がある貝の里には、地上者用の迎賓庭がある、とても広いところで龍族でさえ何十体も歓迎できる白い庭だ。そこにシップウが降り立った。シップは、早く水浴びをしたくて仕方ない。サイモンの奴が、げろったからだ。リュックの中でやられなかったと、みんなは、ホッとしていたが、シップウは、たまったものではない。
迎賓庭に置き去りにされたリュックの中は、またまた、着替えで、戦争状態になっていた。男たちを追い出し、今度は、アクアが、重ね着をしていた。水中でも耐えられる透明な素材。王家の特別なその衣服は、とても薄く、重ね着をしているように見えない。
「アクア、苦しくない」
「何とか、こんなの久しぶりですわ」
サラもそうだったけど、アクアも両腕をあげて、金縛りにあったように立っている。
「アクア様は、擬態しなくても大丈夫なのですから、しっかり正装しなくてはいけません。ここには、駐留している殿方もいっぱいいらっしゃるのですから」
メイド長のマーナが、動かないでくださいとアクアをにらむ。アクアは、いつもより背筋を伸ばして直立した。
「王族は、大変ね」
「ウィンディもそうでしょう」
「私は、末席だから、アクアほど言われないわ。だから結構自由にさせてもらっているでしょう」
「うらやましいですわ」
「大丈夫、アクアも千里と契約したじゃない。きっといいことあるわよ」
「そうなの?」
「無理やりにでも、そうさせて見せますわ」
「ぼくもそうしたい」
「サラ!」
みんなサラに振る向いた。もう、サラが、貴賓室から出て来た。なんだかつやつやした素材の白いドレスを着ている。京爺に作ってもらった首輪が、かっこいいい。サラも主賓なので、クリオネのようなバリアブルな姿にはならないでくださいと、しのに釘を刺されていた。
「サラ、かっこいい」
「この服は、水中用なんだ。本当は、いつもの格好で、擬態になった方が楽なのよね」
「かっこいいから、いいんじゃない」
ウィンディも、これはちょっといいんじゃないかと見惚れている。
「おーい、まだなんか」
「京爺だ。私が行ね」
初めて、外に出ることになった。ここは、真っ白な舞台の上で、遠くに見える建物も真っ白。今日は晴天に恵まれて空の青に白い建物が良く映えていた。
「千里。着替えは、終わったか」
「女の子は、時間がかかるの。もうちょっと待って。それで、サイモンは、どうしてる?二日酔いは治った?」
「シップウと一緒に海の中じゃ。いま、シップウを洗っとる。もう、しゃんとしとるじゃろ。見ろ、迎えが来たぞ」
蛇のような巨大な水竜が空中に浮かんでいる。その下には、足がある?人魚がこちらに向かってきていた。
「ごめんね、待ってもらうしかないわ。今度は、アクアが正装しているのよ。12枚着なくっちゃいけないの」
「わかった。サイモンとシップウが戻るのも待たんといけん。事情を話しておくの」
中に戻ってみると、マーナが、アクアのスカートをパンパンとはたいていた。完成だ。なんだか、スカートの光沢が、キラキラ虹色に揺れている。まさに、水の妖精。姫様という感じ。私は、アクアとドレスを目に焼き付けた。
海中でも地上でも息ができる両棲の人魚が、私たちを迎えに来た。シップウとサイモンも戻ってきた。最初、人魚の兵士に囲まれていたから見えなかったが、兵士の後ろから、美しい人魚が現れた。
「サーヤ!」
「アクア、お元気そうで何よりです」
「皆さんサーヤです。人魚族の族長の娘様なのですよ。お父様は、海王です」
これを聞いて、全員が、順々に挨拶した。人魚は、海中で一番速く泳げる種族だ。その頂点にいる海王は、水竜王と並んで、海中を統治している。地上より、多くの雑多な種族がいる海中では、このような形の統治が成り立っている。どちらかというと水竜王は、権威者で、海王が実質統治をしている。更に言うと、水竜王は、淡水の種族の面倒も見ている。海王は海。
「千里さんは、本当にゴールドヘクロディアなのですね」
「千里でいいです。サーヤ様は、人魚なんですか。人に見えるんですけど」
「サーヤで結構です。私たち一族は、陸に上がった人魚です。海中でも生活できますのよ」
「サーヤは、神官級の魔法士ですのよ」
「へぇ癒しが得意なんだ、ウィンディと一緒だね」
「アクアは、見た目と違って、攻撃系よね」
「それは、言わないでいただけます」
みんなにこやかな感じで、ケタケタ笑っている。
「こりゃ、アクア、サラ、ウィンディ。サーヤが迎えに来てくれとるんじゃぞ。無駄話は、後じゃ」
京爺が、水竜さんたちを見上げて言っていたから、水竜に気を使っているんだろうけど、サーヤのお付きの兵士は、気にしていない様子。アクアが雅なのが分かる気がする。海の世界の女性は、結構自由にさせてもらえる社会だと実感した。
女たちは、男たちを無視してさらに無駄話をする。それが許される世界。規律正しい、火竜の世界も好感を持てたけど、海の世界もまんざらではないわ。私は、京爺をなだめることにした。
「京爺の時代も女の人が強かった?」
「強かったなんてもんじゃないぞ。わしなんか、お前ら、自由かって、よく文句を言っていたぞ」
「そうなの。昔の日本も、今と変わらないね」
「ふん、好きにせえ」
「わしの所も、ナーシャの方が強い」
サイモンが帰ってきた。
「その割には、家に、なかなか帰らないんでしょう」
「精霊界の危機だぞ。仕方ないだろう」
「それで、二日酔いしてたら世話ないわ」
「なっ、京爺。女の方が強いだろ」
「まったくじゃ」
サイモンと京爺は、強い使命感を持って、ここに来ているが、女たちの能天気さに、肩の力を抜いた。
私たちは、のんびりと竜宮城に向かうことになった。