火龍王夫妻の悲劇
ユミルは、重い面持ちで、火竜王の妃リクシャン王妃の座する清滝の間に向かった。後宮は、王以外は入れない女性の宮だ。なのに、物々しさは、王の間以上だった。整然と並ぶメスの火竜たち。要所要所にいるメスのリザードマンが、ユミルに会釈をしながら私たちを見送る。私は、これらみんなにペコペコしながら、後宮の通路を通った。
「ごめんね、厳戒態勢なのよ」
私は、火龍王のタマゴが盗まれたことを聞いていたから、頷いただけだったけど、サラは、この異常さに真っ青な炎のオーラを出していた。
「リクシャンに、何かあったの?。王の間に、いなかったし、これ、普通じゃないよ」
「リクシャン様は、無事よ。でも、王子が、盗まれたのよ。王族のタマゴって、他の火竜に比べて、とても小さいから、リザード族でも持てるでしょう。だから、私たち士族もこんなにいるのよ」
「盗まれたって!!!」
サラが、大きな声を出すので、みんな、私たちの方に振り向いた。それも、悲しそうな顔をしている。私は、気が動転しているサラを受け止めた。ユミルが、私の手に抱きしめられているサラをのぞき込んだ。
「サラ、リクシャン様の前では、明るくね。じゃないと、もっと落ち込んでしまわれるわ」
「サラ!」
「ごめん、ビックリしただけ。大丈夫だよ。どうしてこんなことになったの。教えて」
「それは、火龍王様が、話したいそうよ。清滝の間で、お待ちよ。リクシャン様にも、その話を聞かせたいらしいのよ。やっと床から起き上がられたばかりなのに。何考えていらっしゃるのかしら。サラが来てくれてよかったわ」
ユミルは、火竜王に腹を立てていたけど、サラは、リクシャン王妃が少し元気になったと聞いて、ちょっとホッとしている様に見えた。清滝の間まで来たら、私の手から離れてシャンとしていた。
「リクシャン様、サラが来ました」
「入ってくっださい」
火竜用の大きな扉とは別に、リザードマン用の小さな扉があり、その扉を開ける。中には、真っ白な翼竜が、羽をうなだれてうずくまっていた。その後ろで困った顔をしている火龍王が印象的だった。
「リクシャン、千里だよ」
サラは、タマゴの話を避けて私を紹介した。私は、ぺこっと頭を下げることしかできない。
「まあ、あなたが・・良くいらっしゃいました。王の間で、歓迎できなくてごめんなさい」
「いえいえ、めっそうもないです」
「リクシャン、千里の目を見ろゴールドヘクロディアだぞ。サラの魔力を増大させてくれる。二人に王子の捜索を頼もう」
私は、サラに耳打ちした。
「なんのこと」
「分からないよ」
ユミルは、火龍王に全く遠慮しない。
「火龍王様。リクシャン様は、やっと、床から起き上がられたばかりです。気をつけてくださいね」
「う、うむ。分かっておる。二人に話がある、ちょっと下がっておれ」
ユミルは一礼して、部屋の隅まで引いたが、部屋から出て行こうとしない。火龍王は、少し眉をしかめたが、仕方ないと言う感じで、ユミルがそこにいるのを許した。
「二人とも近くに来い。相談がある。それに、リクシャンにも千里の目を見せてやりたい」
私は、また、火龍王の手の平に乗った。そして、二人の鼻先に来た。火龍王は、第三の目である額の龍眼を光らせた。
「宵の星空の様ですね。あなた」
「だろ、古の言い伝えが現実なら、サラの意識は、我々には及ばないほど広がることになる。王子だって見つかるぞ」
「サラは、千里と契約したのですか」
「したよ」
「3日前です」
「そうですか・・修行は、これからなのですね。私たちの願いをかなえるには時間が足りません」
「しかしだ、妖精の絹糸を見事に紡いだそうだぞ」
「では、4精霊と契約したのですか」
「今度は、アクアと、ガラスの糸をつむぐんだ」
「あなた」
「うむ」
リクシャンが、火龍王に抱きつき、火龍王が両眼を閉じて集中しだした。2匹は、光りだし、火龍王の手の平に乗っている私たちもその光に包まれる。
火龍王の第三の目から涙がにじみ、小さな赤い玉となって私たちの前に降りて来た。サラが、それをキャッチする。二人が光るのを止めると、どっと、消耗したようにうなだれた。サラは、それを心配して二人を交互に見る。
「あの、これ?」
「持っていろ。それは、サラの物だ。それより、ユミルから、王子のことは聞いたな」
「おじさま、分かるんですか」
「龍眼があるからな。サラに預けたものは、この、龍眼と同じものだ。わしも、そこから覗くことができる。千里、すまんが、サラの背中を押してもらえんか。もちろん、力を送り込むと言う意味だぞ。できるか?」
「ヒイラギに、したことがあります」
「よし、では、サラ。意識を広げるんだ。そうだな、迎賓宮が、今、どんな様子か感じてみろ」
「えっと・・」
私は、火龍王が言っていることを察した。多くの人を感じることができると言うことは、タマゴも感じることができると言うことだ。
「サラ。アクアがどうしているか見て」
「わかった」
私は、サラの背中を押した。
「アクアったら、扇子を広げているよ。でも、此処ってどこ?真っ白いけど」
「素晴らしい、そこまでわかるのか。それは、わしの食卓の上だ。周りを見ろ、グワンや、サラマンダーがいるだろ。同席は、将軍たちだ」
「うぇ、竜の食卓だね」
「私もそこなの?」
それじゃあ、まるで、まな板の鯉じゃない。
「あたりまえだ」
「私も、同席しようかしら」
「本当か」
「ええ」
「サラが来てくれて助かったぞ。いいだろ、ユミル」
「仕方ありません」
ユミルは、いやそうな声を出してしぶしぶ了解した。でも、顔が喜んでいる。
「サラ、その感じを忘れるな。王子は、赤い炎のオーラを大きく出している。そんなタマゴなど普通ない。近くに居たらすぐわかる。これから竜宮にいくのだろ探してもらえんか」
それで、私と、サラだけ呼んだんだわ。
「水竜たちが、タマゴを盗んだってこと?おじさま」
「そうは思いたくないが、水の中以外は、城の者で探せる。もし城の者が見つけられなかったら、水の中を探すしかない。そうだろ」
私は、サイモンが、火竜と水竜の戦争が起きそうだと言っていたことを思い出した。
「アクアに断らなくていいのかな」
「このことは、我々だけの内緒にしてもらいたい。サラは、竜宮に王子がいるかどうか感じてくれるだけでいい。千里も、内緒にしてもらえるか」
「サラ、そうしよう。アクアには、後で謝ろうよ」
「わかった」
「二人とも、京爺には、今言ったことを言ってもらってもいいわ。どうせ、その龍眼を見られたらばれることよ」
「そうだな」
二人の真剣な願いに、私たちは、頭を縦に振るしかなかった。この後、タマゴが盗まれたいきさつを聞いた。