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妖精カフェ  作者: 星村直樹
アルバイトはカフェで
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ダムド

 富士山に近づくほど、街灯が少なくなり、真っ暗になっていく。それで、私たちは、うとうとしだしたのだが、樹海に入って、でこぼこ道になり、車の中で跳ねるものだから、いっぺんに目が覚めた。それだけではない、何、この臭い。


「そろそろか。ウィンディ、千里君とヒイラギのホロ―を頼む」


「任せて!」


 ウィンディが、私とヒイラギの胸にタッチした。そこから、空気が発生して、私たちを包む。


「一応、空気を発生させて、全身に空気層を作ったけど、靴はあきらめてね。ヒイラギは、地面に降りないこと」


「それじゃあ、苔を増殖できないよ」


「わしが、探してきちゃる。ヒイラギは、その上に降りなさい」


 林道に入り、車に小枝がぶつかるようになった。マスターは、「ああ、愛車が」と嘆いていたが、それよりも、車も、超臭くなっているんだろうなと思う。



 マスターは、車が、相互通行できる広い道路の路肩に車を止めた。

「ここまでかな。まだ、だいぶあるけど、後は、歩くしかない。車が腐海の泥濘にはまったら、最悪だからね」


 映像で見たから知っているけど、腐海は、山のような丘を越えた先の盆地のような所に、池のように広がっていた。周りから見た感じからいって、ここには、広葉樹の林があったはずなのに、何もかも腐っていた。だから、この林道を登り切ると、腐海を見下ろすことになる。テレビのレポーターさんが、涙を流していた場所だ。


「師匠、これは」

「結構広いの。支援術者は、やりおる。まあ、硝石畑じゃったら、こんなもんじゃろ」


「千里、ヒイラギ。ちょっと臭いをかいでみる?」


「遠慮する」

「やめようよ」


「後学の為よ。現場を実感しておいた方がいいでしょ」


「いやっ、ちょっと待って」

「ウィンディ様ー」


「ほい」


「うきゃー」

「目にしみる」


 月明かりに、真っ黒な池が広がっていた。京爺は、「硝石畑じゃったら、こんなもんじゃろ」と、あっけらかんとしていたが、とんでもない。ウィンディに、「ちょっと臭いをかいでみる?」と、エアーバリアーの出力を落とされて、臭いを嗅いだ私たちは、涙を流すは、鼻水を流すわで、死ぬかと思った。


「ちょっと待っとれ、なんか見つけてくる」

 そう言って、京爺は、忍者さながらな身のこなしで、林の中に入った。


「ははは、ウィンディ、そのくらいで。許してやりなさい。昔の人は、大変だったってことだよ。さあ、行けるところまで行くよ。ぬかるんだら、そこは、腐海の端だ。そこで、京爺を待つからね」


 ここは、もろ風下だった。ヒイラギは、怖がって、私の肩から降りようとしない。カフェでヒイラギを待っている親御さんのことを考えると、正解かなと思う。


 植物がいなくなったので、腐海の端は、すぐわかった。これ以上進んだら危険だ。京爺を待っていると、両手いっぱいに苔を抱えて帰って来た。


「キンゴケじゃ。ヒイラギの触媒は、これでいいじゃろ。主役は、こっちじゃからな」

 そう言って、青藻?の入った瓶を出してきた。

「ほうれ、ヒイラギ。苔の上に降り立ちなさい」


「この苔を繁殖させるの?」

「いや。このクロロ藻の方じゃよ。こいつは、地上でも生息できる種じゃ。わしが、光を与えるでな。ヒイラギが増殖。千里が、ヒイラギの背中を押してやりなさい」

「はい」

「わかった」

「ヒイラギ、『ダムド』じゃ。最初、わしもやってやる。大丈夫じゃ、御前さんにゃあ、千里がついておる」

「うん」


「ちょっと待っとれ、こいつらは、光も栄養の一つじゃから、先に光を灯す。『コウ、コウハ』」

 京爺が、光の魔法を唱えると、クロロ藻が光りだした。


「ええか、一緒に唱えるぞ」

 頷くヒイラギ。私は、ヒイラギの背中に指先を当てた。


「ダムド」

「ダムド」


 クロロ藻は、腐海に染みるように広がりだした。広がった先で、光が弱くなり、月明かりに黒い湖面が照らさせて、反射しているようにも見えるが、まだ、光っているのが分かる。そなぜなら、その光は、暗緑色でとても美しい。


 ヒイラギの背中を押していると、ヒイラギが、とても巨大な気を発しているのを感じた。まるで、緑の巨人が、腐海をのぞき込んでいるような様が脳裏に浮かぶ。私まで、大きくなったような気分になって、背伸びしたくなる。

 私たちの横で、マスターが、魔法詠唱で支援していた。

「産めよ増えよ、地に満ちよ。汝は、緑の王なり。我、光のもとを与えん」

 そう言って、手のひらを下にして、腐海全体に手鏡して、クロロ藻が、自分たちで光るようマナになる光を送っているようだった。


「マスター、あれ!」

「居たか」


 ウィンディが指さす腐海の対岸に、何か光るものがちらっと見えた。


「師匠!行ってきます」

「わたしも」

「どんなやつか知らんが、やっちゃれ。弟子の従業員を泣かせおって。腹立つわい」


 ウィンディは、分かるが、マスターも。

 二人は、宙に浮かんで、腐海を超えた。


「京爺、苦しい」


「よし、千里と交代せい」


「わたしですか?」


「本当は、術者が逆だったんじゃぞ。さっきので、なんとなくわかったじゃろ。今度は、お前さんがやるんじゃ。これは、魔術じゃないぞ。魔法じゃぞ。わしらの世界じゃ。わしらで守らんでどうする。ヒイラギは、千里から来る魔力の逆流に注意するんじゃ。それをうまく使って回復しなさい。そして、今度は、ヒイラギが、千里を支援してやりなさい」

  頷く二人。


「この瓶に手をかざして『ダムド』じゃ。そして、手鏡で、腐海を映す。分かったか。わしも一緒にやっちゃる」


「ダムド」

「ダムド」


 ヒイラギが広げた範囲を起点に、クロロ藻が、さっきより増して、ぱぁーーと広がりだした。それも、ヒイラギが復活して加わり、加速する。


「すごいの。千里は、とんでもない魔法使いになるぞ」

 千里に、きっかけを与えて、後は、見守るだけの京爺は、腐海の端に立ち尽くした。その上空で、ニコッと笑う、マスターとウィンディ。クロロ藻は、瞬く間に、腐海を覆った。


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