腐海
やはりというか、東京の店頭で、ケーキのバーゲンセールをやってからアパートに帰った。やっぱり道行く人に、声をかけるのは疲れる。それで、なんとなく、あゆには、電話ではなくメールすることにした。『妖精の絹糸を見たいんだけど、お店にある?布でも服でも何でもいいの』とメールしただけで、ちょっと、ぶっきら棒だったかもしれない。今日は、ガクンと眠くなることもなく。久しぶりに、テレビを見た。スマホでワンセグを見るから、テレビを買う気はない。
ウィンディたち、ちょっと無理しているんじゃないかなと思う。王室の立場から、平和を築こうと思っているのかな。いいえ、それよりもっといばらの道を歩く気かもしれない。私に、彼女たちを支えられるかな。
そんなことを考えながら、チャンネルを回していると、妙に気になるニュースが飛び込んできた。
富士山の樹海に腐海
腐海ってなに?
ニュースは、富士山の人里離れた樹海に、腐った森が出現した。と、報じている。物凄く離れた村まで、その臭いが漂ってきて、発見されたそうだ。レポーターは、その近くまで行こうとしたが、臭いが目に染みて涙が止まらなくなり、断念。解説者は、誰かが、昔の手法で、硝石を作ろうとしたのではないかと言っていた。
硝石は、薬になったり、肥料になったりする窒素化合物だ。これは、火薬の元にもなる。とても役に立つものだけど、日本には、その資源がない。だから、藁などに糞尿を混ぜこむのを繰り返して、作っていた。当然、とても、臭かったそうだ。
この話の中で、何が気になったかというと、硝石だ。精霊界は、人間界と理が違うから、大丈夫だとは思うけど、私は、マスターからもらった風硝石を肌身離さず持っている。風の妖精の真骨頂は、生命を吹き込むことだから、人間界のものとは全く違うと思うのだが、思わずニュースに見入ってしまった。
映像は、ヘリコプターから見た現場になった。私は、愕然とした。範囲が広すぎる。これには、解説者も困惑していた。
なんだろ、これ。と思ってみていたら、携帯が。ムーン、ムーンと鳴った。私のは、振動だけで、音は出さない。
「もしもし大海です。千里君?」
「マスター。どうしたんですか」
「テレビは、まだ買っていないんだったっけ。ちょっと大変なことになっているんだ」
「スマホで見れますけど。もしかして、腐海の事ですか」
「千里君もニュースを見ていたか。これは、多分、生命の緑石を生きた植物に使ったからだと思う。それもご丁寧に、土の魔法で、増殖したんじゃないかな」
「ええっ!!」
「いま、京爺に、東京に来てもらっているんだ。ちょっと来てくれないか。アンナには、ヒイラギを呼びに行ってもらっている。腐海の対処法は、苔を繁殖させて、蓋をするのがいいそうだ。このまま。放っておくのは、まずいんだよ」
「もしかして、私が売った魔法雑貨でこうなったんですか」
「タイミング的には、そうかな。もし、瘴気が出るようなことがあったら、良からぬものが出ると思うんだ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい。これの対処ができるのは、土の妖精だよ。千里君には、苔を増殖させてもらいたいんだ、なんせ、一番強い妖精と契約しているのは、君だからね」
「私ですか!」
「千里。わしじゃ。わしがやり方を教えちゃる。大丈夫じゃ、まだ間に合う」
「京爺」
「とにかく、温かい恰好をして、店に来てくれ。これから、富士山に向かう」
まだ、4月には程遠い。樹海の中に入っていくのだ。それなりの防寒が必要になる。
私は、温かいところ出身で、そんなにしっかりした防寒服は、持っていない。でも、それどころではなかった。もし、この腐海の原因が、私の売った魔法雑貨だとしたら、大変なことだと思った。
妖精カフェは、うちから近い。少しは羽織ったが、着の身着のままと言う感じで、アパートを飛び出した。お店には、ウィンディも来てくれていた。
「ウィンディも来てくれたの!」
「当り前でしょ。こんなことやった奴、私がとっちめてやるわ」
「ヒイラギは、もうすぐ来ると思うよ。千里君は、これを持っていなさい。ヒイラギとの触媒に使うといい」
そう言って、唐津勾玉を貸してくれた。お守り袋に入れてくれていたので、これも首にかけられる。風硝石も唐津勾玉と同じぐらいの大きさだったので、鎖から外して一緒に入れた。
「これも、風硝石と同じようなものだから、ずっと持っていなさい」
「ほう、一緒の袋に入れても喧嘩せんとは珍しい。 のう、博史」
「そうですね。赤夏と氷水晶を合わせたブローチもいけるんじゃないですか」
「面白い、やってみみい。一度に四大精霊と契約したから行けるじゃろ」
ああ、のんきな
そう思っていたら、背中に、ドンと、ヒイラギがぶつかって来た。
「千里、何ぃ、あの、真っ暗いところ」
「ヒイラギも奈落の底を見ちゃったんだ。あれは一挙に通り抜けるしかないよ」
ヒイラギは、私の肩でぐったりしている。その後ろからアンナもやって来た。
「千里、そんな薄着じゃだめよ。ちょっと待ってて、私のオーバーを貸してあげる」
そのオーバーは、袖を通しただけで高い服だとわかった。
「ありがとうございます。でも、すごく臭いところに行くんですよ。このオーバー、ダメになっちゃいませんか?」
「ウィンディの部屋に置いとけば浄化されるから大丈夫。私は、ヒイラギのご両親に、状況を伝えないといけないから残るわ。なんだかお二人とも、テンションが高いのよ。向こうのカフェに兵隊さんたちといるから、ちょっと御もてなししてる。博史さん、京爺、みんなをお願い」
「任せとけ」
「到着は、どう急いでも、3時間後だから、千里と契約したヒイラギが、どうなるのか、ご両親に、説明頼むよ」
私も知りたい。というか、私はどうなるの
聞きたいけど、緊張していて聞けない。
「車で行くからね。到着まで、寝てていいよ」
店の前にエンジンを入れて駐車していた車に全員乗り込んだ。京爺は、助手席。私とヒイラギは後部座席。ウィンディは、マスターの肩にとまって、前方の景色を見ているつもりだ。
「気を付けて」
アンナに見送られ、私たちは手を振った。