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吐露した心情、隠した事実

作者: 一条 灯夜

 秋が過ぎてからは、本当にもう一瞬だったような気がする。薄い紙に火をつけると、パッと燃えてしまうようなものだ。高校三年のイベント事で思い出作り――まあ、その中でも、受験勉強をしてはいたけど、なんとなくまだやらされている感があった――が、終わったと思ったらいつの間にか後が無い。尻に火が点いたともいう。そんな状態に陥っていた。

 まあ、薄紙みたいに一瞬で灰にはなりたくないけどさ。


 はぁ~ああ、っと、白い溜息を吐く。

 手袋で握った傘の柄が、余計に俺を憂鬱にさせた。

 十一月に雪が降ってからは、どこか温かい天気が続いていたんだけど、昨日の夜、雪が降った。でも、朝には気温が上がり、登校時には雨に変わっていた。

 降った雪が溶けていく。

 冬の雨模様の空は、雪の日よりもどこか憂鬱で不吉だった。

 雪なら、まだ多少は振り払えるので、雨のようにすぐに服に浸みて濡れることもない。


「うぃっす~」

 学校に向かう生徒は皆、憂鬱そうだってのに、無駄に明るい声が聞こえて来た。

 と、思った瞬間、傘の中に……って、待て、安物のビニール傘に野郎二人とか無理ゲーだろ。

「入ってくんなよ」

 同じクラスの大男が傘に割り込んできた。

 クラスメイトって言うか、クラスは三年になって初めて同じになっただけで、剣道部では一年の頃から顔を合わせていたことを考慮するなら、部活友達と言った方がしっくりくるけど。

「つか、お前、傘は?」

「電車で折れたから、駅で捨ててきた」

 とかなんとか言ってるが、電車で折れたそもそもの原因は、中学生みたいに振り回すのが最大の要因だろうに。

 コイツにぼうっきれ持たせると、必ず、振る。

 剣道部だからな、とか言いあがるが、絶対に中身が子供だからだと俺は看破している。

「おめー、この傘傷んだら、その分金出せよ」

「ばっか、オレが貸してる方が多いからな。夏休みのアイスとか」

「五分五分だ!」

 部活では、俺は副部長だった。

 んで、こっちが部長。

 馬があったって言うか、なんていうか。この三年で、体格も性格も似てきたように思う。お互いが、お互いに。


 言い合いている俺達に、部活のこうはいとかが、いつものこと、と、微笑ましい顔で挨拶してすり抜けていく。俺等も、都度、適当に返事しながら向かい――。

「つか、お前、勉強しなくて平気なの?」

 足早に……参考書かなにかを見ながら、俺達を追い抜いていった、後姿のポニーテールが素敵な女子生徒を視線で追いながら問い掛けた。


 勉強の成績では、俺が上。

 剣道の腕では、コイツが上。


 高校二年までは、そのバランスで上手くいっていた。いや、多分、秋に引退するまでは。かな。

「……まあな」

 俺は、期末試験の事をいったんだが、コイツは別の事が頭に過ぎったらしく、らしくないしかめっ面でそっぽ向いて答えた。


 うん、知ってる。

 俺が目指していた大学、ウチの高校が、ひとりだけ枠を持ってた推薦を、コイツが攫っていった。勉強が出来るんだから、推薦は譲ってくれるものだと思っていた、というのは後から聞いた話だ。

 ……真面目に過ごした俺の三年間は、なんだったんだ、とも最初は思ったが。いや、今も、なんか、微妙。コイツが嫌とかの、単純な話じゃなくて。自分の頭の悪さ加減なんかも、全部含めて、微妙な気持ち。

 部活では、このコンビ? の勉強が出来る方とかいう位置付けだったけど、学年成績は平凡も平凡。平均点よりちょっとマシぐらいの成績。そして、その第一志望の大学の模試の判定も、可もなく不可もなくのライン。

 三年間の成績を考えると、推薦をもらえれば、確実そうだったんだけどな。事実、学校の成績は俺よりも悪いコイツが受かってるんだし。


「気楽だな」

 重くなり過ぎずに、軽く嘆息して呟くと――。

「そうでもない。赤点対策には、前日の夜に寝て、休み時間に勉強するのがいいと、高校生活で学んだんだ」

 気楽な相棒は、もういつも通りの顔で胸を張った。

 こういう所が、俺が副部長でコイツが部長の所以らしいけど、正直、納得はしかねている。


 は、と、短く息を吐く俺。

 十二月の頭に推薦で受かったのは気楽で良いよ。

 傘の上の雨粒を見上げ――、ピン、と、指で弾く。

「明日が見えない」

「英語と現国と、倫理と……」

 アンニュイな気持ちは、熊みたいな野性味溢れる元部長には理解できなかったらしい。だから彼女出来なかったんだな、こいつ。部活でそこそこ成績残してるのに。

「しばくぞ、てめー」

 雨でぐしょってる雪を、蹴り上げる。

「まあ、受かるだろ」

 俺が蹴った霙を避け、笑いながら元部長が無責任に言い放つ。

「人事だと思いあがって」

 ははは、と、再び声を上げて笑ってから「まあ、大学で同じ部活に入れば、そんなこともあったなとか、笑い話だろ」とか、ちょっとかっこつけて瞬き――多分、本人的にはウィンクのつもりだったんだろうけど――をした元部長。

 うん、と、頷きかけ――。

「え?」

「……え?」

 顔を見合わせる。

「大学で、剣道しないのか?」

 真顔で尋ねられたので、こちらも真顔で答えた。

「多分な」

「なんでだよ」

 少し怒ったような顔で迫られ、別に隠すようなことでもなかったので、俺はあっさりと白状した。

「勝負事だからな、一番になれないなら、別の何かも探したい。よく言うだろ、したいことを探しに大学へ行くって」

 もうちょっと、青春的な駆け引きがあるとでも思っていたのか、元部長はどこか呆気にとられたような顔をしていたが……。

「まあ、いいや、春まで時間もあるだろう」

 とかなんとか。

 相も変わらず大雑把な男だ。


 嘘ではない、けど、真実でもない吐露した心情、そして、隠した事実。

 本当は、考えるまでもないことだと思うんだけどな、と、俺は自分の劣等感に蓋をする。

 俺に推薦を与えないと言いあがった顧問は、俺の狡猾さが好きではないとか言っていた。

 別に、あの社会教師が全権を握っていないのは分かっている。でも、それは、他の多くの教師達が同じ違憲だと言うことで――、そう、成績が無難で、素行にも気をつけていた。部活だって、何度も勝った。なのに、周囲の人間が、俺ではなくコイツを部長に選び、推薦を与えた。

 俺に欠けていると周囲が感じている何かを、必ずいつか、奪ってやる。


 もし、それが出来なかったとして、親友の立場を利用して、剣道に打ち込んだ俺がこいつの頭の片隅にでも居場所があるなら、ただそれだけで……。

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