褐色の追憶 ~フェオの事情~
今晩は、本日分の投稿です。今日はフェオの独白です。
「 おら、邪魔だどけ 」
私の動きが遅いので、荷運びの男性に叱られてしまいました。
「 すみません すみません 」
「 まったく目が見えないし、どん臭い子だ。 本当に使えないねぇ ほら、フェオ あんたはここの掃除でもしときな 」
そう言って連れてこられたのは多分倉庫、とてもかび臭いところでした。
「 痛っ 」 何かが背中に当たりました
「 終わったら道具は仕舞っておきなよ 」
奥さんの声が遠ざかります。
今日はここの掃除でしょう、まずは室内が把握できるまでは動けません。
いつものように手探りで確認するところから始めました。
いつのころからか、私の目は見えにくくなりました。
獣人としての力も弱くなり、精霊落ちの娘と呼ばれ蔑まれます。
悪いことは重なるもので、私の目がぼんやりしか見えなくなったころに父が死んだという知らせが届きました。
私の目を医者に見せるために出稼ぎに行って、事故で亡くなったそうです。
国境での危険な仕事だったそうです。
そして、その半年後に母も流行り病で急逝しました。
父は人族の元兵士だったそうです。犬族の母と知り合い、結婚しようとしたのですが兵士は獣人と結婚してはいけないそうなのです。
良くわかりませんが、そういう決まり事なのだそうです。
そのため父は兵士をやめて、親戚から土地を借りて農民になりました。
幼いころに父の耕す畑に色々な作物が出来るの見るのはとても嬉しいことでした。
余った作物を母と共に市場で売るのはとても素敵なことでした。
精霊の加護も戴きました、森の中からやってきた風の精霊様が加護をくださいました。
両親がとても喜んでくれたのを覚えています。
でも、いまはその加護もありません。加護落ちのせいか力も弱くなりすっかり役立たずです。しかも目も良く見えなくなってしまいました。
そして両親が死んでしまい身寄りのなくなった私は、村を追い出されました。
精霊落ちは縁起が悪い、両親が死んだのもお前のせいだと言われ、私は疫病神なのだそうです。
幸いにも、たまたま村に来ていた行商人の方が父の知り合いだったので、私を哀れに思ってくださり働き口を紹介していただけました。
大きなおうちの掃除や引っ越し、片付けなんかを行う小さな店の仕事でした。
そこでも私は役立たずでしたが、仕事を頂き食べてゆくことは出来ました。
目が良く見えない私は、大抵暗い部屋の掃除や地下室の片付けの仕事を任されます。
役立たずにはうってつけの仕事なのだそうです。
その日もそうでした。
私はかび臭い倉庫を手探りで把握します。慣れてくるとぼんやりと見える目で配置も分かってきます、それと匂いも頼りになるのです。
犬族は元々鼻が利く種族ですし耳も優秀と言われています。私は目が悪くなりましたけれど、鼻と耳はずっと良くなりました。
今日連れてこられた場所は大きなお店だと思います。多分裏口から入ったと思うのですが、人の話し声がたくさん聞こえて、交渉するお客さんや相手をする店員さんの声も聞こえたからです。
いつもお店が閉まってからお掃除に取り掛かるので、到着して間もなく店を閉める気配がしました。
そして、私はいつものように倉庫の掃除にかかります。
掃除を進めていると突然くぐもった悲鳴が聞こえました。
小さな声でしたが、間違いなく悲鳴でした。
そのあと少ししてから血の匂いが流れてきました。
生き物の血の匂いです・・・
そしてまたうめき声、しばらくして血の匂い・・・
何か怖いことが起こっているに違いありません、一体私に何ができるでしょうか
とにかく息をひそめ、倉庫の一番奥まで音を立てないように慎重に慎重に這って行きました。
そしてそこにあった箱を動かして身をひそめていたのです。
私は目が見えないので灯りをを持たせてもらえません、油代もタダではありませんし本当なら獣人は夜目が利くので平気なのですが・・・。
でもその時はそれが幸いしました。
最初から真っ暗な倉庫に誰かがいるはずもないと思われたのでしょう、血の匂いを漂わせた人が中を探る気配がしたのですがすぐに立ち去ってゆきました。
「 こんなとこにろくなモノねえぞ、金目のもんは地下室だって兄貴が呼んでる 」
「 おう、そっちだったか ここはゴミばっかだ カビ臭いもんしかなさそうだ いこうぜ 」
声と足音が遠ざかっても私はひたすら息を殺してじっとしていました。
いったいどのくらい時間が経ったのでしょうか、でも私は恐ろしくて動けませんでした。
ウトウトしては起き、耳を澄ませて匂いを嗅ぎました。
血の匂いはいつまでもしています。
さっきの声の人たちは強盗だったのでしょう、血の匂いがするということは・・・
でも私は動くことも声を出すことも出来ませんでした、怖かったのです死にたくなかったのです。
さらに時間が経ったのだと思いますが、私にはよくわかりませんでした
気が付くと騒がしくなって、やがて大勢の人が出入りする足音と、人の声が響いてきました。
そのうちに誰かがこの倉庫の中に気が付いたのか、男性の声がしたかと思うと複数の足音が響き私は見つけ出されました。
私を見つけてくれたのは巡視隊の方々でした。
後で聞いた話ですが、私たちが掃除に来ていたお店に強盗団が押し入ったそうです、閉店後を狙って沢山のお金や品物が奪われて、何人も殺されたそうです。
手口から、内通者がいたと推測されて私も調べを受けました。
ただ私が目も良く見えないこと、すぐに倉庫に押し込まれて掃除をさせられていたことは生き残った人が証言してくれたらしいので比較的早く解放されました。
でも私の働いていた店のご主人は殺されてしまい、奥さんは大けがをされて親戚のところへ引き取られたそうです。
そして私は行き場を失い、気が付けば騙されて売られ、奴隷にされてしまったのです。
目もろくに見えない獣人には仕方のないことです、殺されるよりはずっとまし。
奴隷にはなりましたが、こんな獣人を買っていただける奇特な方は中々いません。
元々獣人に対する差別もある国だそうですし、犬族は数も多く私は器量もあまり良くありません。
胸の大きな他の獣人さん達は娼館にあっせんされてゆきましたが、私は断られてしまいす。
一度だけ目の見えない奴隷を探している奇特な方が私を見に来られましたが、残念ながら買っていただけませんでした。
「 顔も胸も地味だしこれじゃあだめ 」
その方は私を一目見てそうおっしゃいました・・・
あと胸の小さな奴隷をお探しの方からの要望で別の場所に連れていかれましたが、他の商人が連れて来ていた猫族の方に負けたそうです。
私の方が背が高くお好みに合わなかったそうです。
奴隷になって1か月以上経っても売れ残っています。
お店の人は私を今度のオークションで捨て値で売る話をしています。
恐らく鉱山にでも送られるか、酷い扱いを受けるところで使い捨てにされるかだともいます。
でも仕方ないのでしょう、私のような加護落ちで不幸持ちの運命なんてそんなものです。
もう諦めていました。
私たち売り物の奴隷は、奴隷契約が仮の状態なので強制力のあまり強くない奴隷紋によって縛られている。
ただし逃げ出すことは出来ないように店の外に出ると体が痺れて動けなくなる魔法が掛かっています。
だから逃げることは出来ませんが、店の中であれば目を盗んで動くことも出来ます。
先日は売れ残りの羊族のお姉さんが大人しそうな男の人に抱き着いて買われてゆきました。
気の弱そうな男の人で何度かお店に来ていたそうです。
「 あいつは初心そうだから、上手く縋り付けば買ってくれるかもしれない 」
私よりずっと年上のお姉さんはそう言っていました。
これが最後のチャンスだとも。
うちのお店では私たち奴隷が店の中で自由に動くことを許してくれています。
「 馬鹿な田舎者をお前たちが上手く騙して誑かせば、買ってもらえるかもよ 」
お店の人はそういいます。
実際にそうやって同情心から買われていくお客も多いそうです。
でも私は無理でした、ほとんどの場合誰かに先を越されます。目が悪いので仕方ないのです。
それにこんな加護無しは誰も買ってくれませんでした。
もう私はどうでもよくなっていました。
そんな時でした、あの方が見えたのは。
最初は普通に店内で話をされていましたが、2階に上がっていかれました。
きっと裕福な方のでしょう。
2階に上がられるときに私の居るところの近くを通り過ぎてゆかれました、私は物陰にいたので気づかれませんでしたが、私の元に匂いと気配は届きました。
何故か分からないけれど、とても懐かしい匂いと気配でした。
私の胸がとても高鳴ります、そして私は決意を固めました。
幸い他の売れ残りの方は別のお客との商談中です。
今暫くはかかるはずです。
ところが
「 おい、お前もうまくいけば買ってもらえるぞ 」
店員さんから声がかかりました、どうやらまとめ買いの商談のようです。
声を掛けてくれた店員さんは、比較的優しい方で私たち売れ残りにも気を配ってくれます。
どうしよう・・・ さっきまでの私ならすぐに飛びついたはずです。
まとめ買いならば、おそらくは下級の娼館辺りです。鉱山よりはずっとましです。
でも何故か動けませんでした、あの方の何故か懐かしい匂いと気配を思い出すとどうしても動けませんでした。
「 私は・・・ 今お2階にいる方に縋り付きたいです。お願いします 」
私の口から出た言葉に、店員さんはあきれてこうおっしゃいました。
「 先の客は確かに上客だが、お前じゃ無理だ。身の程を考えろ、今このまとめ買いを逃したらお前は間違いなく鉱山だぞ 」
店員さんの言うとおりだと思います。よくわかっています。でも・・・
「 すみません、我がままなのは理解しています。でもあの方にどうしても・・・ あの方なら・・・ 」
「 もう知らん 好きにすればいい 」
店員さんは怒って行ってしまわれました。当然ですよね、恐らくはまとめ買いの方に私の事も買い取るようにお願いしてくれていたのでしょうから。
やがて2階のドアが開く音がして、足音が私の前を通り過ぎました。
あの方の匂いと気配です、間違いがありません。
チャンスは一度きりでしょう、店を出る前に何とか匂いを辿ってあの方の足に縋り付くことが出来ました。
「 お願いします 私を買ってください 」
必死で訴えました。あの方の耳に心に声が届くように。
店員さんが私を引きはがそうとしますが、本気ではありません。この店ではいつもの事です。
「 お願いします お願いします 何でもします 何でもしますから私を 」
どうか神様お願いです、この方が私を買ってくださるようにしてください。
加護が落ち、目が碌に見えなくなり、たくさんの不幸がありました。
神様は助けてくれませんでしたし、信じることも止めていました。でもどうかお願いです、私をこの方の物にしてください。
必死で神に祈りながら、縋り付いた足を離さないようにしていました。
そしてその方は店員を制止して、私に興味を持ってくれました。
そして買うことにしてくれたのです。
私は泣きながらお礼を言うのが精いっぱいでした。
「 旦那様 ありがとうございます ありがと・・・ 」
そして私はその日のうちに水浴びと、洗濯した服を渡されて別の部屋に連れていかれました。
そこは買い手のついた奴隷が過ごす部屋です。
今までの部屋よりずっと綺麗で、日もあたります。
パンとスープも今までより多く、具も入っているものでした。
そこで2日ほど過ごしたのですが、突然店のご主人がやってきてこう言ったのです。
「 自由になりたいですか? 」
店のご主人はとても怖い人でした、お客様にはとても丁寧ですが金にならない人や奴隷にはとても厳しいのです。
でも突然人が変わったように穏やかで優しい言葉遣いと気配でした。
「 ・・・ 自由ってどういうことですか 」
訳が分からずに聞き返した私に、丁寧な説明を店のご主人はしてくれました。
自分は今までとても悪いことをしてきたこと、でも悔い改めて罪を償うことを許されたと。
なので私たちのように騙された奴隷は解放して故郷に返してあげていることを教えていただきました。
そして私にも故郷へ帰るかお尋ねになったのです。
「 私は村を追い出されたので帰るところはありません 」
それならば目が悪くても働けるところを紹介してあげようとも言われたのですが。
何故か気が進みませんでした。
自由になれるのに、しかも目が悪くても働けるのに。どうしてかあの方の匂いと声と気配が忘れられないのです。
「 じゃあ君の希望をおしえてください。できるだけ希望に沿うようにします 」
我がままを言ってしまい怒られる覚悟をしていた私に、人が変わってしまった店のご主人は優しく問いかけてくれました。
「 私は、買ってくださったあの方の元へ参りたいです。あの方にお会いしたいです 」
気が付けば私は泣いていました、泣きながら訴えていました。
あの方にお会いしたい、あの方に・・・
「 分かりました、貴方の希望が叶うように努力しましょう。私がこうして許されているのも全てあの方のおかげです。きっと貴女があの方にお縋りしたのも運命なのでしょう 」
そして私はお風呂にも入れていただき、毛並みも綺麗に整えられて良い香りのする服を着せられて。
あの方の所へ連れて行っていただきました。
もし夢でないのならば、もし聞き間違いでないのならば・・・
私は・・・ 本当に私は・・・
夢でもいいです、私をどうか貰ってください。
お嫁さんにしていただけるなんて・・・ 夢でもいいです
もし本当なら・・・
あの方のお名前はリック様
私の大事なご主人様です。
お読みいただき本当にありがとうございます。




