粉ミルク
こんばんは 本日のお話です
今日も≪ご婦人の店 テルル≫は朝からお客さんが引っ切り無しです
「 ここで赤ちゃん用のミルクが買えるって話を聞いたんだけど 本当かい? 」
年配の女性がお店のドアを開けるなり叫ぶように伝えてきた
「 はい こちらへどうぞ 」
案内するのは眼鏡が可愛らしい店員さん
「 うちの娘のお乳の出が悪くてね マッサージしたりお乳の出が良くなる食べ物を食べさせているんだけれど どうもねぇ 」
「 それはお困りでしょう もしかすると 赤ちゃんは双子さんですか 」
店員の親身な言葉に話を続ける、年配の女性 どうやら猫族の獣人のようだ。
獣人の子供は一度に複数生まれることが普通だ。
ちなみに猫族は双子が多いことで知られている。
「 ええ そう 双子だから飲む量も倍だし でも娘はお乳の出がいまひとつでねぇ あたしももう少し若ければ出たんだろうけどねぇ 最近の子はだめねぇ あたしなんかお乳の出が良すぎて近所の奥さんに分けていたぐらいなのにさぁ 」
「 まぁ こればかりは神様の思し召しもありますので・・・ それに 今は良い物がありますから 」
ニコニコと笑いながら長話と向き合いながら、つい本業の口癖が出ている店員さん
彼女の名前はエミー。 この店の店員が制服のように着用している白いエプロンには店の名前 テルルと 自分の名前が入った刺繍がしてあるのだ。
そうもちろん エミーとは 大地教の神官エメリがこの店で働くときの名前
(外見も電子魔法<光学迷彩>で変化させています)
「 そうそう それを聞きたかったんだよぉ 」
猫族の女性は用件を思い出したようだ 彼女の用件とは間違っても世間話ではなかったはず
「 はい こちらですね 」
店内の一角に設けられた赤ちゃんミルクや哺乳瓶のコーナー
そこからミルクの缶を一つ手に取って猫族の女性の目の前に差し出す
「 なんだい この綺麗な物は?? 」
目の前の粉ミルク缶を見て女性が首をかしげる
多くの人が最初に見せる反応だ
この世界で入れ物といえば 木の容器や陶器が一般的
ガラスは高級品だし、金属は武器や道具に使うもの
ましてや色鮮やかな容器など 庶民が手にする機会など無いのだ。
「 はい この容器の中に赤ちゃん用のミルクが入っておりまして それをこの哺乳瓶に入れて飲ませるのです 」
「 あんたねぇ 赤ん坊が一日にどのくらいミルクを飲むのか知ってるかい こんなお上品な容器に入った量じゃああっという間になくなっちまうよぉ なんだいなんだい 獣人だからって馬鹿にしているのかよぉ この店の赤ちゃん用ミルクってのが評判が良いから来て見たんだけど とんだ見当違いだったね 」
急に機嫌が悪くなる猫族の女性 まぁこの世界には粉ミルクなんてものが無いわけで 中々理解できないのだ
「 お待ちください 奥様 これをご覧ください 」
もう何度も繰り返している この手のやり取り。 最初の頃は、何度も店長である黒山羊獣人のテルルの助力を仰いでいたが 今は余程のことでない限りテルルも口を挟むことは無い。
手早く、開封済みの缶を取り出すと 中身を見せて 猫族の女性に少量を舐めさせる
「 あ あれまぁ こりゃあお乳の味だよぉ 」
驚いている彼女の目の前で 哺乳瓶に粉ミルクを入れてポットのぬるま湯で溶かすと
「 こちらで赤ちゃんに飲んでいただくのです 」
哺乳瓶を手渡して説明する
「 どれどれ 」
子育て経験の豊富そうな猫族の女性は、哺乳瓶の吸い口を指でつついた後に 口を付けて飲み始めた
「 いかがでしょうか 」
「 ・・・ ん んく こ こりゃあ 噂以上だよぉ あ あんた・・・ いや店員さん でも これ高いんだろぉ 」
先ほどの怒りはすっかり影を潜め 娘を思う母親に戻った猫族の女性
どうやら後は この粉ミルクという彼女の娘にとって切実に必要とされるものが 幾らするものなのか
先ほど見た容器一つとっても高級品であることは間違いがなさそうだ
近所や親族に乳飲み子を抱えた者がいれば 貰い乳も可能なのだろうが
居り悪く母乳を分けてくれる女性が居ないのだ
「 双子さんでしたら 母乳との併用の量で、とりあえず一月分ですから 」
カウンターの上には、粉ミルクが5缶が並び 哺乳瓶が二つほど用意される
「 こんなにかい・・・ 」
ご婦人は可愛い孫のために、溜め込んできた蓄えを持ってきていた 若い頃から一生懸命にためておいた虎の子だ
その額は共通金貨10枚と銀貨8枚・・・
「 初回ですし 消毒のセットはサービスさせていただいて 全部で 銀貨2枚ですね 」
「 え? ぎ 銀貨かい 」
エミーの口から語られた金額は銀貨2枚・・・
それは猫族の女性にとって聞き間違いとしか思えなかった
「 はい 左様ですよ 銀貨2枚になります 」
「 こ これ全部で 銀貨2枚・・・ 」
目の前に並ぶ粉ミルクの缶と、哺乳瓶に哺乳瓶を綺麗にするための薬 どうみても高級そうなそれが
店員の話によれば銀貨2枚で良いらしい・・・
「 もちろんですよ 他のお客様にもその値段でお売りしております 」
「 そ そうなのかい ・・・ 」
「 はい ですよね店長!! 」
店の奥からこちらを見つめていた店長と呼ばれた黒山羊族の女性が大きく頷いている。
「 無くなったら また買いに来るからね 」
「 ありがとうございました~ 」
嬉しそうに手提げ袋で粉ミルクを持ち帰る猫族の女性
その背中に向かって エミーがお辞儀をしながらお礼の言葉とともに送り出す
この日以降 街の外れにある獣人街から粉ミルクを買いに来るお客が増えてゆくこととなる
そして 獣人街の乳児死亡率が改善してゆくのも この日以降のことだ
≪ご婦人の店 テルル≫ は 本日も元気に営業中です