一難去って
本日分の投稿でございます。お読みいただきありがとうございます、また昨日は初めての感想・評価も頂きまして本当にありがとうございます。
厄介ごとと借金取りは立て続けにやってくる
そんなことを、昔近所に住んでいた爺ちゃんが言っていた気がする。
あれは長い間生きてきての実感から出た言葉だったのかな。
何でそんなことを突然考えているかというと、
もうこれ以上厄介ごとは遠慮したいと思う自分がいるから。
まさに狼の群れという一難が去って、一安心してしまい油断していた自分が恨めしい。
それはついさっきの出来事
まさに冷や汗ものの厄介ごとだった。
「痛くない? もうすぐ建物も見えてくるから大丈夫だよ」
出来るだけ優しくマーサさんを運びながら歩いてゆく。
拠点としたあの建物に入ればとりあえずの安全は確保できる。
「・・・重いでしょ、あたい歩けるよ」
マーサさんが力無く答えてくれる。
「大丈夫だよ、それにまた居なくなったら困るしね」
「ぅぅ・・・ごめんなさぃ・・・」
「あぁ、ごめんよ そんなつもりで言ったわけではないんだよ」
慌てて訂正する僕
正直なところ女性に対するスキルが足りなさすぎる・・・
もっと上手に接したいのだけど、だめだなぁ
まぁ女の子と付き合ったのなんか数えるほどしかないし
「・・・あのさぁ 聞いても良いかい」
マーサさんが小さい声でそっと話しかけてくる。
「いいよ、もちろん」
「なんで、あんた・・・ 」
言いかけてマーサさんが黙り込んでしまう。
「ん?」
何か言いたそうなので、そのまま待っていたのだけれども
言い出したいけれど、切り出せないそんな感じ
言いたくなるまで待っていよう
なのでさっきから気になり始めていたマーサさんの位置というか、
お姫様抱っこされてすっかり固まっている、マーサさんの体勢を直すために
その場に立ち止まって抱え直した。
「・・・ひゃん・・・」
可愛い声を上げてマーサさんが首に手を回してくる。
「ごめんね、驚かせちゃったかな」
「あぅ・・・ 」
体勢を直す時にマーサさんは少し驚いたようで、とっさに僕の首に手を回してしがみついたような格好になったのだけれど、結果として当然のように顔が近くなる。
僕的にはちょっと、いやかなり嬉しいのだけど。
「もう少しだけ、我慢してね」
「・・・ぅ・・・ん」
マーサさんの顔が赤くなっていたのは照れているからかなぁ、
なんて勝手な思い込みしてはいけないよね。
「そういえば、さっきの聞きたいことって何かな」
「・・・うん、 そのまえにさぁ ・・・名前・・・」
「名前?」
「そうだよ、あたいまだあんたの名前も知らないんだよ」
ものすごい衝撃的な事実
「うあぁぁぁぁ、ホントごめん。 名前言ってなかったっけ 」
すっかり忘れていた・・・、そういえば名前って呼ばれてない
何度も、あんたって呼ばれてたかぁ・・・
「聞いて・・・ない。あたいなんかに名前は教えたくない・・・の?」
なんかマーサさんをしょんぼりさせてしまっている、ふぉふぉフォローしないと
「リック!! エルファーっていう遠い国からの旅人だよ 名前はリック」
思わず立ち止まりながら自己紹介 異世界から来たなんて話は出来ないので
とりあえず身分証通りの話・・・ なんかごめんね
「良かった、教えてもらえて・・・」
「ごめんよ、マーサさんには教えてもらっておいて自分の名前名乗らないなんて・・・」
「もう気にしないでいい、今教えてもらった。あと、あたいのことはマーサって呼んで、さん付けんなんて慣れないよ そんないいもんじゃないし」
僕がさらに謝ろうとする前にマーサがそう言ってくれた。
少し頬を赤らめながら。
「うん、ありがとう マーサ」
「だから・・・あたいも その、リックって呼んでもいいかい・・・」
消え入りそうな声で聞いてくるマーサ
「もちろんいいよ、その方が嬉しいしね」
嬉しかった、マーサとの距離が少し縮まった気がした。
でもさぁ、こういういい雰囲気の時のお約束ってあるよね。
主に悪い方で・・・
例えばさぁ明らかにチンピラっぽい連中が出てきて
「よぅよぅ 熱いねぇお二人さ~ん。 羨ましいねぇ。 俺らにも分けてくんねぇかなぁ」
とか
「可愛いバニーちゃん連れてんなぁ。よぉ、おねぇちゃん、そんな小僧より楽しいこと教えてやるからこっちこいよぉ」とか言いながら、ごつい男たちが女の子の腕とか掴もうとするパターンね。
髪型はたいがいモヒカン(偏見)
つい調子に乗って、そんな馬鹿なことを考えてしまった。
でも、それってフラグを立ててしまう行為なんだよね、嫌な予感と立てたフラグはお約束ってね。
お約束は外さないですよね・・・やっぱり
目指していた建物を目の前にして、手前の建物の陰から待ってましたと現れたのは
チンピラより明らかな強者
サーベルタイガー、日本名では剣歯虎・・・
詰んだか・・・これ
「ひっ・・・」
草原の強者を目の辺りにして怯えてしがみついてくるマーサ
彼女の震えを感じ取って、僕は詰んでいる場合じゃないことを自覚する。
「守ってあげるから、安心して」
魔法はオーバーヒート、正直なところ状態はさっきの狼との戦いより悪化している。
でもマーサだけは何とか守らないと。
剣歯虎との距離は10mも無い程度か
奴にとっては一瞬で飛び掛かり襲える距離だと思う。
目は逸らすな、睨み付けろ
間違っても背中を向けて逃げるな
これは日本で狩を教わったとき、父親から何度も言われてきた言葉
相手は熊が多かったけど、猛獣は基本同じだと父親は教えてくれた。
純粋に力では勝てない、知恵と胆力で勝つしかない
目は逸らさずに、マーサに小声で話しかける
「 そのまま僕の背中側に降りて、僕の後ろに居て。僕が合図をしたら右手の建物に逃げ込んで、扉を閉めるんだ 入ったら何があっても開けないで 」
小さく頷くと、するりとマーサは僕の背後に降り立った。
マーサは身軽だし俊敏性もある、建物に飛び込むのは出来るはず。
壁は石造りだし、あの建物は扉も頑丈そうだった。さらに奥の部屋なら安全だろう。
後は、何とか奴の注意をこちらに向けさせてマーサに合図を出すタイミングだな。
「 いやだよ あたい、ここから動かない 」
マーサからは予想外の声
「 なんで 」
「あたいは何度もリックに助けてもらった。 優しくしてくれた、食べ物もくれた、カワイイって言ってくれた。 あたいだって誇り高い獣人なんだ、恩は恩で返さないといけない。それにあたい知ってるんだ。リックは優しいから言わないだろうけど、あたい死んじゃうんだろ。病気なんだろ知ってるんだ。だったら、死ぬ前にリックの役に立ちたい!! あたいが囮になるから 」
最後は叫びながらマーサが告げる。そして兎族特有の俊敏さで、僕の腰に下がっていた短剣を奪い取り、剣歯虎に向かって突っ込んでゆく、大きな声で叫びながら
「逃げて リック!!」
「マーサ!!」僕も手を伸ばして飛び出すけれど、兎族の瞬発力には追いつけない。
剣歯虎にしてみれば美味そうな兎が飛び込んでくる状況。
しかし野生の猛獣に油断は無い、力をため込んだ後肢がバネのように伸びあがり
力強い前脚は凶器と言って良い暴力的な筋力に鋭い刃物のような爪。
兎族の中でも小さな個体であるマーサの体なら一瞬で切り裂かれるはずだった。
無慈悲なまでに強烈な猛獣の一撃で・・・
「うわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ」
無我夢中で叫びながら突進する僕、自らを犠牲にして僕が逃げる一瞬を作り出そうとしたマーサ。
そんな僕らを護るように、剣歯虎の前に唐突に光の壁が立ちはだかった。
正確には壁だけでは無くて、僕とマーサを取り囲む光る天井もある。
その壁はマーサの勢いを穏やかに受け止め、剣歯虎の前脚の一撃を何事も無く跳ね返す。
「ぐがああああ ぐるるるる」
驚いた剣歯虎が飛びのきながら唸り声をあげてこちらを見つめる。
「な・・・なんだこれ・・・」
僕の足元に倒れ込んできたマーサを抱き寄せ、息があることを確かめてから
目の前の光の防壁に目をやった。
正面だけでなく、上下左右全てが光の防壁に囲まれている。
「柔らかい・・・」
そっと触れたみた感触は、まるで低反発のマットやクッションのような感じ。
でも、さっきはあの剣歯虎の一撃を一切受け付けなかった。
その証拠にマーサに新たな傷は一つもない。
「・・・リック・・・ また助けられちゃった」
小さな掌で僕の頬に触れながら、マーサが僕の目を見つめながら話しかけてくれた。
「マーサぁ 良かった無事で、本当に良かった」
「泣かないでよぉ 、あんたに泣かれたらぁ 」
小さく嗚咽を上げながら、語尾は消えてしまった
剣歯虎にしてみれば、食べ物を目の前にしてお預けを食っている状況だ。
草原の強者は、食欲という己の本能に従い再び突進してきた。
その姿は、光の壁を通して僕らからも見えたけれど
今の僕らにはただ眺めることしか出来なかった。
そして再び光の壁は奴の突進と一撃を軽々と受け止めたかと思うと、さらにその光を増してゆく。
やがて剣歯虎が何かに怯えるようなそぶりを見せ始め、その身を翻すと一目散に走り去っていった。
猛獣であり、草原の圧倒的強者が光の壁に怯え逃げ去る様は、不可思議な光景
一体何が起こったのか理解不能だった。
けれども、僕らが助かったという事実は残っている、
しかも圧倒的強者であったはずの猛獣のその姿が見えなくなってもしばらくのあいだ、
光の壁は輝き続け僕らを守ってくれていた。
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