加護
今日も更新させていただきます。18話目ですか、話数のわりに展開が遅いことはどうかご容赦ください。
「横道に逸れたりしてないでくれよ」
旧街道を走りながら、僕は呟いていた。
兎族であるマーサさんの足は相当速い、本気で走り去られていたら追いつくのは困難だ。
ましてや街道から外れたコースを行かれてしまうとさらに追跡は難しくなる。
だからと言って追いかけず諦めるなんて選択肢はとれない。
まだ、逢ったばかりの女の子
でも、何故だかとても気になる。
それにミーネの話を聞いてしまっている・・・
僕は走りながらミーネの話を反芻する。
ミーネ曰く
この世界の一般常識として、精霊の加護が無いと長生きできないと言われている
実際に精霊の加護を持たない人間(人族・エルフ族・ドワーフ族・獣人族・その他)は、
その多くが成人を迎えることなく病気で死亡してしまう。
もちろん、精霊の加護を受けながらも幼くして無くなる人間が多いのは、この世界の文明レベルからある程度仕方のないことではあるが(科学や医療の未発達)、精霊加護を受けているか否かで幼少期の死亡率が明らかに違うのも事実。
正確な統計データーではないが、ある魔法学者が30年に亘り調査した結果は、精霊加護有無による死亡率の差は最大で20倍以上もの開きがある。
これらのことからも精霊加護が無いことが、早死にだという、世間に広がる話につながるのだが。
事実は違うのである。
精霊とは実利的な存在である、自らの加護を持つ者に対してはその労力を惜しまずに提供する。
それは精霊自身と人間が、ある種の共存関係にあるためなのである。
精霊は一般の生命体とは違い、交配によってその個体数を増やすことは出来ない、自らの加護を持つ人間が増えること、それが精霊の個体数をも増やすのである。
風の精霊加護を持つ両親に子供が生まれたとしよう、その誕生を風の精霊が祝福するのはごく当然の流れである。
そして一般的にその両親はわが子に風精霊の加護を望むのがこの世界の一般的な流れだという。
父親が土精霊加護持ち、母親が火精霊加護持ちというように両親の精霊加護が違う場合、その精霊加護を与えた精霊の格や、子供自身の精霊との相性によって決まることが多い。
いずれにしても、精霊の加護はこの世界の住人にとって当たり前のように与えられるモノなのだ。
では、何故精霊が加護を与えない子供が居るのか。
それは精霊がこの子は育たないと判断しているためなのである。
先天性の病気や生命力の低さを精霊は敏感に感じ取り、成人まで生き延びることが難しいと判断した子供には、精霊は加護を与えない。
成人を無事に向かえることが出来ない可能性が高いということは、子孫を残せる可能性が低いとされ、精霊にとっては加護を与えるに適さないということ。
冷酷にも思える精霊の一面であり、早く死ぬ人に加護を与えない、それが真実なのだ。
そして、エイシアさんもまた、精霊であり。
マーサが先天的な病を持つ身であるがゆえに、加護を持たない獣人であることを当初より見抜いているたのだという。
ミーネは電子精霊による支援システムとしての能力で、マーサさんの魔力の殆どが一般的な獣人と異なり身体強化ではなく身体維持に使われていることを、その特殊な魔力の流れから気が付いたらしい。
それによって、彼女は今まで生き延びることが出来たのだけれど、身体の成長と共にその身体維持も限界点が近いと考えている。病は確実に彼女の体を犯しているのだ。
彼女が年齢の割に体が小さく痩せているのは、自らを守ろうとする防御反応の可能性が高い。
元々少ない魔力で先天性の病にも負けず、生活出来ていることがもはや奇跡に近いようだとミーネは考えている。
いずれ近い将来、彼女の命の火は消えてしまう。
「理不尽だ・・・」
あまりにも理不尽じゃないか
彼女が何をしたというのか・・・
『ご主人様、反応があります。おそらく人間』
『マーサさんか』今は彼女を見つけ出すことが最優先
『わかりませんが、移動はしていません。それと周辺に反応10個体程度、サイズから見て狼の可能性が高いと考えます』
『群れがいたのか・・・』
数から判断するならば、狼の群れであり成熟した個体を中心とする集団。
先の若いオスより確実に厄介な存在。
しかも慌てて追いかけたためボウガンは手元にない、取りに戻るような余裕はもはや一刻も無い。
走り続ける僕の視界に、狼の群れが見えた
「あれか!!」
狼の群れを相手に、マーサさんは必死の抵抗を試みている。
手には木の棒を持ち、背中を茂みに預けているようだ。
(のちに判明するが、彼女その背中を預けていたのは、この世界の茨で鋭いとげには毒性を持つため狼も迂闊に近づかない植物だった)
鋭い棘に背中を傷つけられながらも、辛うじて狼から身を守っているが・・・限界も近そうだ。
「うおぉぉぉぉーーー」僕は叫び声を上げながら、今にもマーサさんに襲いかかろうとしていた狼を渾身の力で奇襲的に蹴り飛ばす。
「きゃいーん」
全力の一撃で1頭の狼を弾き飛ばしたけれど、残りの狼に完全に包囲される。
「なんで・・・ また・・・」
マーサさんの前で彼女を庇うように立っているので顔は見えないけれど、彼女の声は聞こえる。
「大丈夫、安心して」
何の根拠もない言葉。武器は辛うじて短剣が1本だけ。
右手で構え周囲を確認する。
狼は 1・2・3・・・・ 全部で10頭
「そのまま、もう少しだけ我慢してね」
「・・・ ぅぅ ・・・ う ん」
嗚咽交じりで辛うじて返事をするマーサさん。
『ミーネ、勝算はあるかな』
『難しいですが、あります』
少なくとも勝ち目ゼロではないわけだ。当たり前だけれど、諦めるわけにはいかない。
何とかともマーサさんだけでも助けてあげないと。
『ご主人様、ここは魔法で危機を切り抜けるしかないと思われます』
僕は返事の代わりに、空いている左手にイメージを固める。
「点火!!」
基礎魔法の火が指先に点る。
イメージを強化して、魔力を注ぎ込む。
「こんな感じかな」
指先から延びる火は、太く長くなってゆく。
『基礎魔法の域を超えていますね』ミーネが少し呆れたような言い方になった。
炎の長さはおよそ1m、もはや炎の剣状態。
炎に本能的に恐怖を感じたのか、狼が距離を開け始めた。
「このまま立ち去ってくれないかな」
無駄だと思いながらも、期待を込めた呟きが出てしまうけれど
当然だが狼に立ち去る気配は無いらしい、彼らにしてみれば僕は獲物を横取りに来た生意気な人間くらいにしか思っていないだろう。
多少の距離は空けたけれど、包囲は解かれないし数も減ることは無かった。
「・・・あたいなんて あたいなんかのために・・・ もういいよぉ」
背中越しにマーサさんの声が響く
「諦めちゃだめだよ、きっと助けてあげる」
諦めたらすべて終わってしまう、もがき続けろ食らいつけ。
これは子供の頃から修行中に何度も父親から言われた言葉。
不可能なんてこの世にはない、不可能と思う心が自分の中にあるだけだ。
ぶっちゃけ根性論だよね、今時流行らないよね。
でも、嫌いじゃないし間違っているとも思わない。
『ミーネ こいつらの天敵っている?』
『この地方の草原狼の天敵は、剣歯虎です』
サーベルタイガーか、向こうじゃ絶滅した太古の猛獣
この世界では現役の強者だ。
『威嚇の叫び声を出力できるか』
『電子魔法で再現可能です』
ミーネの即答に合わせて僕は魔法を編み上げてゆく
創り出すべきは、野外コンサートで使うような巨大なアンプとスピーカー
しかも極端に指向性の強いスピーカーをイメージする。
この世界には存在しない、するはずのない新たな手法と術式で構成される新魔法を描く。
『剣歯虎の威嚇音声、再生可能です』
『 〈音撃〉 最大音量!! 』
試したことも無い新たな電子魔法、単なる思い付き
『素晴らしいですぅ 精霊冥利につきるのです~』
エイシアさんの声が脳内に響き渡る、新しい電子魔法に喜んでいるらしい。
それと同時に取り囲んでいた狼たちの様子が一変する。
威嚇のため牙をむき高く立てた耳としっぽが、一瞬にして耳を寝せ尻尾も巻き込み怯えた様子を見せる。
そして急にその身をひるがえしたかと思うと、てんでバラバラに逃げ始めた。
そこに先ほどまでの整然とした群れの統率は無く、怯えた個体の逃亡する負け犬の姿があるのみ。
きわめて指向性の強い音波による天敵の声が、狼の恐怖心を最大限に引き出した結果、
狼たちはパニックを起こして逃走したようだ。
「何とかなったぁーー」
予想以上の結果に安堵して、僕はその場に座り込んでしまった。
「すごいですぅ さすがは私のリックさんですぅ」
いつの間にか僕のそばを飛び回るエイシアさん。
その顔は興奮のあまり真っ赤になり、先ほどまで見せていた無関心さは姿を消している。
「とりあえず、一安心か・・・」
ゆっくり振り返ろうとした僕の背中に、誰かが飛びついてきた。
もちろん僕の後ろには一人しかいないわけで・・・
「なんでぇ・・・ なんで、こんなに・・・」
泣きじゃくる兎族のマーサさんの涙が僕の背中に染み込んでくる。
「理由なんてないよ」
それはごく素直な僕の気持ち
「仲良くなりたい可愛い女の子を助けたいって思ったから。ただそれだけ」
何度目だろう、この子が泣きじゃくる姿を見たのは
そんなことを考えながら、僕はそのまま動かないでいた。
『ご主人様、お取込み中に申し訳ありません』
しばらくしてからミーネが話しかけてきた。
『大丈夫だよ、ミーネとの会話は聞こえないしね』
『ありがとうございます。マーサさんもケガだらけですし、ご主人様も現状で使用可能な魔力をほぼ使い果たしています』
僕の魔力量は桁外れらしいけれど、未使用部分が多過ぎるらしい。
しかも慣れない魔法をリミッター解除して無理やり使ったような状態なので、オーバーヒートを起こしかけているらしい。
流石に疲れたね、色々と。
『私も、一時的に機能停止に入りそうです。申し訳ございません』
『狼は逃げたただけだし、とりあえず建物に避難するよ、危ないしね』
『承知いたしました・・・ しばらく申し訳ありません では・・・ 』
ミーネとの話を終え、ゆっくり背中側に腕を回して
まだ小さく震えながら泣き続けているマーサさんを確認する。
「ごめんね、まだ危ないからさ・・・戻ろう」
ゆっくり話しかけながら、振り返る。
「・・・ ぅん・・・」
小さく頷きながら答えるマーサさんをそっと抱き上げると、茨の棘が作った傷で彼女の背中からは血が滲みだしていた。
「少しだけ、我慢してね」
軽い、小さなマーサさんの体はとても軽く華奢だった。
一時的な魔力のオーバーヒート状態にある僕にも、軽すぎるくらい軽いマーサさんの体を抱えて歩くことは出来た。
安全圏である建物までの距離を、人を1人抱えて歩くことに問題はないはずだった。
ただ歩くだけならば・・・
狼は逃亡し、先ほどの群れが近づいてくる気配はない。
当面の危機は去った、そう思っていた。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。拙い文章ですが毎日投稿を続けてまいりますので、どうかよろしくお願いいたします。