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続 白いうさぎ ~ マーサの独白 ~

こんばんは、本日もよろしくお願いいたします。  今日はマーサ視点です。

狼が怖いのは知っていたよ、街から暫く行けば草原や荒れ地が広がっていて、草原狼っていう怖い生き物が居るのは聞かされていたから。

足が速いし、頭もいい、しかも諦めずに追いかけてきて獲物が疲れ果てるまで追いつめてから本気で襲い掛かってくる。

でも、あたい達兎族なら俊足を生かして逃げることもできる、相手が一匹だけならね。


奴らは複数で狩りをする、基本群れで行動する猛獣だからね。

もしもあたいを見つけたのが普通の群れの一員だったら、もっと早く襲われて死んでいたと思う。


多分あたいを見つけたのは若い狼なんだろうね、親離れして兄弟で狩りをしていたのだと思う。

だから何とかあたいは逃げることが出来た。


荒れ地を必死で逃げ回るあたいの目に飛び込んできたのは、幾つかの建物だった。

なんとか建物の中に逃げ込めば、うまく扉を閉めることが出来たら。


「死にたくない、狼なんかに食われたくない」


あたいは、そうつぶやきながら必死で建物目指して走った。


最初に見つけた建物は扉が無かった、辺りに武器になりそうな物も見当たらない。

街から逃げる時に持ってきた荷物は、最初に襲い掛かられたときに投げつけてしまった。


親もいない、居場所もない、片耳も無くなった、さらに命まで奪われてたまるか。


「ちくしょう・・・ 」今まで生きてきて何度この言葉を口にした。


生きていたって良いことなんて何もない、でも死ぬのはもっと怖い。

死にたくない・・・死にたくない・・・


「・・・あっ」必死で足を動かして逃げ回っていたけれど、もう限界が近い。


足がもつれかけて、転びそうになる。


「死にたくないよぉ、誰でもいいあたいを助けてくれよぉ。何でもするよぉ、だから・・・  あぁっ」


とうとうあたいの足はもつれてしまい、転んで頭もぶつけちまった。


その時突然、甲高い悲鳴を上げて狼が落ちてきた。訳が分からないけど、なんでか知らないけれど。


「もしかしてあたい助かったのかな」


誰かがこっちに走ってくる


男の人だと思う、綺麗な髪の色と瞳の色・・・


「お礼を言わなきゃ・・・」あたいの意識はそこで途切れた。






夢を見たよ、何度も聞いたことのあるマーサ姫の話だよ。


貧しい獣人のマーサは、お使いで隣村に行く途中で盗賊に襲われそうになったけど、たまたま通りかかった旅の剣士に助けられた。


「危ないところをありがとうございます」


優しそうな若い旅の剣士にお礼を言うマーサを見て


「なんと素敵な女性だろう、美しい毛並みと可愛らしい姿、そしてあの美しく長い耳」


本人の目の前で思わず口に出してしまう旅の剣士。


マーサに一目ぼれした剣士さんは、マーサを縛り付けていた亡き父親の借金を肩代わりして自由の身にしてあげたんだよ。


そして優しくて誠実な剣士に、マーサも心惹かれてゆくんだ。

やがて結婚して2人で旅を続けるのだけれど、ある時に旅の途中で立ち寄った街が化け物に悩まされていることを知った。

正義感の強い剣士と優しいマーサは、街の人たちのために化け物を追い払ってあげたんだ。


凄腕の剣士を知恵のあるマーサが助けて、沢山の苦労の末に化け物を追い払えた。

その化け物はたいそう強く手下も多かったから、兵士たちも手を焼いていたんだよ。

そんな2人に感謝した王様が、剣士さんを貴族に取り立て、マーサはその奥方様になる。そして人々から慕われ、子宝にも恵まれ幸せに暮らしたんだって。


子供の頃から何度も聞いたおとぎ話、あたいと同じ名前の幸せなお姫様の話。

あたいとはあべこべなマーサ姫のお話。






まだ夢を見ているんだよね、きっと・・・。


誰かの声が聞こえる・・・


「・・・この子・・・獣人・・・」




『あたい・・・助かったのかな』


まだぼんやりしている頭、聞こえる声も途切れ途切れにしか聞こえない

体も重すぎで、動かないよ。


『もしかして、死んじゃったのかな』


聞こえる声は、あたいの行先を決める声なのかな・・・

天国なんて行けるはずもないし

やだな・・・




少しずつ頭が、はっきりしてきて話し声が聞こえるようになって来た。

体はまだ動かせないよ


体のあちこちが痛いよ。

痛い?


『もしかして生きている? ・・・ あたい死んでない』


まだ声も出せない・・・

でも生きている、誰かが助けてくれた・・・?


声が聞こえる、誰かがいる


「ですよねぇ、この子ぉリックさんの好みですものねぇ」


「うん・・・可愛いよね。出来たら仲良くなりたい・・・ 」


あたいのこと話しているの?男の人の声


カワイイ?カワイイ・・・  


ナカヨク・・・


「なんで!!! こんな可愛い子だよ、彼氏居るからゴメンナサイって言うならわかるけど、モテないってそんなわけないでしょう」


『や・・・やっぱり・・・あたいのこと??? な、なななななんでぇ・・・』


薄目を開けてみたら、あたいを指さして男の人が力説してくれている???


『どどどどどど、どういうこと・・・あたいが、あたいのことととと・・・可愛いとか、ええええええええ カワイイってなに? モテないわけないって・・・』


あたいはもう理解できないよ。

若い普通の男の人がこんなあたいを、かっかくぁいい可愛いとか言ってくれるわけない。


『そうだ・・・きっと優しい人だよ、あたいなんかを助けてくれた人だし。だから弱っているあたいを元気づけるために嘘をついてくれている・・・きっとそう』


その時あたいはそう思っていた、そんなことあるわけがない。

だから、意識が戻っているのを指摘された後もそう言ったよ。

きっと嘘をついてくれたのだと思ったから。

死にそうだったあたいを元気付けるための嘘・・・。


もちろん、ちゃんとお礼も言えたと思う。

スラムの人間だって礼くらい言える、ましてや命の恩人だもの。


でも、優しいこと言われて涙が止まらなかった


あたいは生まれてから碌に優しくしてもらったことなんてない。

役立たず、痩せっぽち、そして片耳・・・


だから嘘でも嬉しかった、こんなあたいのことを可愛いって言ってくれた、優しくしてくれた。

悔しくて泣いたことは数えきれないくらいあったよ

辛くて泣いたこともおんなじくらいあった。

でも、優しくされても涙って出るんだね、あたい知らなかったよ


散々泣いた後のあたいに、男の人は不思議なものを手渡してくれた。

見たことのない物。手のひらに収まるくらいの、銀色で袋みたいな固くて柔らかい入れ物。

皮袋の水入れみたいなもので、飲み物が入っているらしかった。


なんで、それをくれたのかというと

あたいのお腹が鳴っちまったんだよ。恥ずかしかった、嘘でもあたいのことを可愛いって言ってくれた男の人の前で、いきなり腹を鳴らす女なんて・・・


でも優しい男の人は、そんなあたいに丁寧に飲み方を教えてくれて


「美味しいから、ゆっくり吸い込んでみてね」


そう言ってくれた。

中に入っているのは水じゃなくて甘くて美味しい物だよって教えてくれた。


見たことも無い、もちろん食べたことも無い物。でもあたいは恐る恐る口をつけてみたんだよ、腹が減っていたし喉も乾いていたから。

そしたらさぁ、口の中に入ってきたのは信じられないモノだった


知っているかい。甘くて優しい味ってあるんだね 世の中にこんな物あるんだって思った。

むかーし一度だけ捨てられていた桃っていう果物を、少しだけ食べたことがあるのだけれど(一口食べたとこで強い奴に奪われちまった)そんなもんじゃなかった。

もっと上等で、甘くてとろける様な舌触り。喉を滑り落ちてゆきながら、広がる素敵な香り。

こんな美味いもん、あたいは生まれて初めてだった。


あまりにも美味すぎて一気に食べちまった、そんなあたいにとても優しい男の人はもう1つくれたんだよ。しかも今度は別の味がした、甘酸っぱくて素敵な香りのする食べ物。

今度はさっきよりゆっくり食べたんだ、それでもすぐになくなってしまったけど。


なんて優しくて良い人なんだろうって、こんなあたいなんかにここまで優しくしてくれて。

もしかしたら、夢なのかもしれないって思ったけど、夢でもこんな美味しい物なんか食べたことなかった。

2つもこんな夢みたいな物を食べさせてもらって、しかも薄汚かったはずのあたいの服も体もいつのまにか小奇麗になっている。


近くには妖精族もいるし(この時は妖精族と勘違いしてたんだ)。

もしかすると目の前のとても優しくて素敵な良い人は、魔法士様なのかもしれない、いやきっとそうだよね。おとぎ話に出てくるような偉い人なのかも知れない、だからこんなあたいにも救いの手を差し伸べてくれたのだと思う。


あたいは中身の無くなった不思議な入れ物をせめてきれいにして返さないといけないと思いながら、でも未練がましく持ち続けていた。

返したら、この夢も終わってしまう気がして・・・



でも全然終わりじゃなかったんだよ


「良かったら食べて」


あたいの前には、湯気をあげて美味しそうな香り漂うスープと薄いパンみたいな食べ物

それと、綺麗な果物が器に入っていた。


いくらなんでも、おかしいよ。こんな美味そうなもの、なんで次々に出してくれるの?

訳が分からないあたいは、つい聞いてしまったよ。


「・・・ホントに・・・いいの? あたい金なんて持ってないよ」


馬鹿なあたいはそんなことしか口にできなかった。

そしてそう言いながらも、食べ物から目を離すことなんてできなかった。


でも・・・あの人は

あたいが食べていいんだって言ってくれたよ。


その後は、夢中で食べた。

スープは信じられないくらい美味しかった。


あたいがそれまで飲んだスープで一番美味かったスープは、スラムで有り付けた塩味で野菜のくずと肉の欠片が入った奴さ。

それでも、あたいには御馳走だった。


でも、違うんだよ。温かくて黄色いそのスープは濃くて甘くて、さらに粒々の美味しいものが入っている。それと一緒に食べたパンみたいなやつ、あの人はクラッカーって言っていた。

塩味でパリパリしていて、スープと一緒に食べると信じられないくらい美味しかった。

それと、一緒に出してくれた果物。桃だよって教えてくれた果物。

一口食べたら、甘くて美味しくて、止まらなかった。なんか美味い物を食べるってこんなに素敵な事なんだ・・・

気が付いたらあたいは、おかわりまでしていて、器に残った甘い汁まで全部舐めてしまった。


そんなあたいに色々話しかけてくれた。

みんなが笑うあたいの名前だって、いい名前であたいに似合うなんて言ってくれて。


もうあたいは訳が分からなくなって、また泣き出しちまった。


なんであたいなんかに、こんなに親切にしてくれるの?

なんで・・・なんで、あたいはただの片耳、あべこべマーサなのに・・・







『お前はあべこべマーサ。おとぎ話のお姫様じゃないよぉ』


『勘違いしたらだーめ、役立たずの痩せウサギにできる事なんてないのですぅ』


頭の中に声が響く


『マーサ姫は精霊の加護を持っていたから剣士の役に立ったけどぉ、お前は加護無しマーサ。何の役にも立たないのですぅ』


そう、あたいは精霊の加護を持っていない

加護無しは役立たず、早死にだし不幸持ち。

何度も投げつけられた言葉。


加護無しは大人になる前に死んでしまう。

加護も貰えないような奴は一人前になれるはずもない。


スラムも追い出されて、行くとこもない

飢え死にか、狼に食い殺されるか・・・

でも死にたくない、死ぬのは怖い。

誰か助けておくれよ、狼は怖い、まだ死にたくないよ、食われたくないよ。


なんであたいは不幸なの?

なんであたいは加護が無いの?

なんで・・・なんで。

本日もお付き合いいただけましたことに感謝申し上げます。ストックが減ってきましたが、出来る限り毎日更新いたします。今後ともよろしくお願い申し上げます。

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