ウサギさんのこと
本日もどうぞよろしくお願いいたします。ウサギさんは好きですか?
待ちかねて居たようで、建物に入ったとたんエイシアさんに声をかけられた。
「リックさーん、遅いですぅ」
「ごめん、ごめん。狼の処置をしていたから、申し訳ない」
決して嘘ではないので、そう説明する。
「意識は?」気になっていた兎族の女の子を視界に入れながら聞いてみる。
「そろそろ戻ると思いますよぉ」
エイシアさんを含めて精霊は、人の意識レベルや病気、怪我の程度まで分かるらしい。
兎族の女の子は、どうやら意識が戻りかけてきているそうだ。
「それでぇ、リックさ~ん。この子を一体どうするおつもりですかぁ」
エイシアさんが尋ねてくる
「どうすると言われても、ねぇ」成り行きで助けたので、特に決めているわけでもない・・・それが正直なところ。
まぁミーネの話を聞いているので色々考えはあるのだけれども
「この子はですねぇ、多分わけありですよぉ」兎族の女の子に視線を落としながらエイシアさんが告げる
「それはそうだろうね」
少なくとも旅をするような格好でもない上に、こんな人気のないところで狼から逃げていた、一番近くの町まで歩いて3日は掛かる所でだ。
「同行者とはぐれた迷子か、追いはぎにでも逢ったのか。」
とりあえず思いつくことを挙げてみたけれど。
「可能性わぁ 低いです~。服も粗末ですしぃ、普段から素足で歩いている子ですよぉ、この子ぉ」
エイシアさんは色々と観察していたらしい。
「そうなんだ」
「獣人ですしぃ、どこからか逃出したのかぁそれとも追い出されたって感じではないでしょうか~」
「獣人って差別されているの」エイシアさんの話が気になって聞いてみる
「はぁ、まぁ有体に言えばぁそうですぅ」
エイシアさんの話は続く
「獣人はぁ、魔法が使えないことは知識としてご存知ですよねぇ」
その情報は、頭に入っているので軽く頷く。
「魔法的な生物である獣人はですねぇ、身体強化にほとんどの魔力を取られているので、魔法が使えないのですぅ。この世界では魔法が使えないとぉ身分制度の上位には行きにくくなっていますぅ。例えばぁ、獣人でもぉ兵士になれますが、魔法が使えないと昇進試験にも通らないので指揮官にはなれないのですぅ。他にも商売は出来てもぉ大きな取引や各種商人ギルドの役職につくためにゎ~魔法が使えないとダメです。色々と無理なことが多すぎるのですぅ。」
この世界は文明レベルとして中世封建制に近い状態にあり、所属する国にもよるが多くで身分制度が存在しその影響も大きい。また多くの国が王政もしくは帝政であり、当然のように貴族階級もある。そのような世界で、多くの獣人は差別や低い身分に甘んじていることは、後々実感することになるのだけれど・・・。
「魔法が使えない種族であるがために、軽んじられているってことかな」身分や人種による差別が、あまり身近に存在しない日本育ちの僕には、その時点でまだよく理解できていなかった。
「うーーんとぉ獣人の身体能力は高いのでぇ、肉体的には敵わないことも影響しているのかもしれませんですぅ。純粋に力比べなら、人族で獣人族に勝てる個体ゎ限られるのですぅ。あと~、子供が女性しか産まれないから~というのもあるかもですぅ、この世界では身分の高い人を中心に男の子が跡を継ぐ場合が多いですしぃ」
そうだった、この世界の獣人は性別的に女性しか産まれないのだ。ゆえに男子相続が基本なこの世界では、女子しか産まない獣人の存在そのものが、地位低下に結びついてしまうのかぁ。
そんな背景もあり、この世界では力(物理的な力だけでなく、経済力や権力)のある男性は多くの妻を娶るのがごく普通なことらしい。基本的にこの世界は男性優位の社会みたい。いずれにしても、優秀な遺伝子や経済力を持つ男性が多くの妻を持ち、その影響力を次の世代に残そうとする動物にとっての本能的な行動と考えれば、この世界ではごく当たり前な考え方なのかもしれない。郷に入れば郷に従うのも必要か・・・。
「とりあえず、この子が分けありそうなのは理解できたけど、放っておくことなんて出来ないよ」 面倒な考察は後で考えるとして、いずれにしてもこんな可愛い子をこれ以上危険な目に逢わせたくないしね。
「ですよねぇ、この子ぉリックさんの好みですものねぇ」
「うん・・・可愛いよね。出来たら仲良くなりたい・・・ ってぇ!! また心読んだ」
油断も隙もないエイシアさんに困りながらも、言われたことは間違っていない。
この世界に来て初めて見る獣人の女の子。この世界に来てすぐにエルフの集落でお世話になった関係で、エルフやその集落に居たドワーフの女の子にも可愛い子はいたけれど、この兎族の女の子は確かにもろに僕の好み。片方しか無い耳が痛々しくて可哀そうだけど、可愛さに変化はない気がする。決して派手な顔ではないけれど、可愛らしい顔立ちと、全体的に小さくて守ってあげたくなる感じがする。
「それ以上~、言わない方が良いですよぉ。この子はぁ、全くモテないはずですからぁ」
やけにキッパリと告げるエイシアさんに大反論開始
「なんで!!! こんな可愛い子だよ、彼氏居るから僕にゴメンナサイって言うならわかるけど、この子がモテない? そんなわけないでしょう」
「いーーえ、この子は絶対に人気が無いのですぅ」
「??? まさか・・・耳のせい?」
確かにこの子は片耳が途中から無い。ただ、傷口は古く完治しており数年は経っていると思われる。
でも、獣人にとって耳って大事そうだよね、それが片方とはいえ無いってことはハンデかぁ・・・。
「それもありますけどぉ、そもそもぉこの子のお顔は~、この世界の基準だと地味すぎる上にぃ、さらに致命的なことに胸が貧弱なのですぅ。」と、どや顔で胸を張りながら言い切るエイシアさん。
彼女の言によると、そもそもこの世界では濃い顔が好まれる傾向にあること、さらに胸は大きい方が正義であるらしい。要するにアメリカンな感じの女性が好まれるってことか。
特に、獣人の中では力も弱く戦闘向きではない兎族にとって、性的魅力は唯一の武器と言ってよく、胸の大きさは最重要要素といっても過言ではないらしい。
ちなみにエイシアさんは等身大になった時に思ったけど、決して胸は小さくは無い。
まぁいわゆる巨乳とかではないけどねぇ。
まぁようするに、僕の好みとは正反対がこの世界の美の基準なのだそうだ。
しかーし、世間は世間だ。僕の好みにぶれは無い。
貧乳はステータスであり、希少価値なのだ(ここ重要!)
「だーかーらぁ あんまり言わない方が~良いですよぉ」
エイシアさんの話したいことは分かったけど、僕にも意地がある
「でも、この子は可愛いよ!! 耳は確かに可哀そうだけど、同情とかじゃなくて普通に可愛い。それに胸もこのくらいが一番いいよ(力説!!)」
言い切ってやったぜ。
事実は事実、それに胸は控えめな方が好き!誰が何といおうとここは譲れない価値観だからね。
「まぁそれはそれとしてぇ、本当にそれくらいにしてくださ~い。でないとぉ、この子ぉいつまで経っても起きられないのですぅ」
「え・・・」
よく見ると、意識を失っていたはずの兎族の女の子が顔を真っ赤にしている。
「この子ゎ~ 少し前に意識が戻っていますぅ。しっかり話は聞こえていますよぉ」
エイシアさんが告げる衝撃の事実。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、早くいってよぉぉぉ」
取り乱した僕に向かって、エイシアさんは仰る。
「ちゃんと話を聞いてくださいよぉ~」
「あぁぁ ごめんなさい、まさか聞こえていると思っていなくて。っていうか大丈夫?どこか痛くない? あぁ、状況分からないし怖いよねぇ・・・変なこと言ってごめんね」
取り乱して混乱している僕は、とにかく謝ろうと女の子のそばに行こうとしたのだけれども、怖がらせてもいけないと思い直して少し離れたとこから謝り倒してみた。
「・・・あ、あのぉ」女の子がゆっくり体を起こしてこちらを見てくれた。
「うん。とりあえず安心してね。狼は退治したし、怖くないよ」
とにかく不安を与えないように、なるべく優しく話しかけてみる。
狼という単語にはびくっとして反応したけれど、こっちを向いて頭を下げてきた。
「・・・助けてくれて、ありがと・・・。あと、あたいを元気づけようとしてくれて嘘までついてくれて・・・」
「え、 嘘? 僕、なんか嘘ついた?」予想外の言葉に反応してしまう。
「だって、あたいみたいな女に、か・・・か、カワ、カワイイ なんて。嘘までついて・・・。あんた優しい人だね」
最後は真っ赤になった顔を伏せてしまうウサギの女の子。
「嘘なんて、ついてないって!! いきなり変なこと言われて困るかも知れないけど、君が可愛いのは嘘なんかじゃないよ」散々聞かれてしまったようなので、この際なので開き直って言ってみた。
「・・・嘘でも・・・嘘でも嬉しいよ・・・ あたい・・・今までそんなこと言われたことないし 一度だって・・・ 誰も 」嗚咽を漏らしながら絞り出すように告げると、あとは涙が止まらず泣いてしまうウサギの女の子を、僕は少し離れた所から見つめるしかできなかった。
暫くの間ひとしきり泣いて、やっと少し落ち着いてきた兎族の女の子。
とりあえず水分を補給してもらってから、ゆっくり話を聞こうと思っていたのだけど
「きゅ~ くぅ・・・ 」 可愛い音が聞こえてきた
「ん?」何の音かと思ったのだけど、目の前で真っ赤になって俯いている姿を見て気が付いた。
「はうぅぅぅ・・・」とても恥ずかしそうにしているのが気の毒だ。
お腹が空けばお腹が鳴るのは当たり前だしね。
「まずは、なんか食べようね ちょうど僕もお腹が空いていたところなんだぁ 」
女の子がなんかアワアワしていたが、努めて明るく話して一気にたたみかけることにした。
「少し待ってね」
あまり待たせてしまうと可哀そうだけど・・・なにかすぐに食べられるモノ有ったかな。
「そうだ!」僕は良いものがあったのを思い出した。
そして部屋の隅に置いた背嚢の中から、とっておきの非常食を取り出す。
「えーと、甘いものって平気かな?」なるべく怖がらせないようにやさしく聞いてみる
「・・・え、・・・あ、うん。食べられる物なら、贅沢なんて」
「じゃあ、これを食べて少し待っていてね」
手渡したのは、ピーチ味のゼリー飲料。
これは多分なのだけど、しばらくの間まともに食べていない可能性もあるから、いきなり重いものは胃がびっくりしてしまう可能性があるかも。
そこで、ゼリー飲料。
一緒に水分もとれるしゼリーだから少しはお腹の足しになるだろうし、まぁ良い選択だと思う。ちなみにこれは非常食として母親が詰め込んでくれたうちの一つだ。ナイスアシストですルーちゃん!!
もちろん手渡すときに飲み口は開けてあげたのだけど・・・兎族の女の子渡されたものの、どうしたらいいのか戸惑っている。
そりゃあ見たこともないよね、食べ物だなんて思えないかも。
「えーとねぇ」驚かさないように少しだけ近寄ってから、食べ方(飲み方?)を出来るだけ優しく教えてあげた。
「ん・・・く」恐る恐る口をつけて、一口目はゆっくり口内に入ったようだったのだけれど。
次の瞬間、彼女の目が大きく見開かれたかと思うと、残りはあっという間に無くなってゆく。
「んんーーーーん、・・・・ん ぷはぁーーー」
限界まで吸い込んだようで、息継ぎした後もまだ吸い込み続けている。あっという間に袋がペッタンコになって中身が無くなってしまったようだ。
どうやら気に入ってもらえたようで一安心。
なので 「まだあるよ」 そう言いながらもう一つ渡した。
ちなみに今度はリンゴ味。
どうやらこちらも気に入ってくれたようで、嬉しそうに味わっている。
2コ目のゼリー飲料を先ほどよりはゆっくりと楽しんでいる彼女を横目で見ながら、お湯を沸かして食べ物の準備。
「さて、どうするか・・・」
そういえば、背嚢の中に缶詰があったことを思い出した。
ならば、缶のふたを少し開けて湯煎すれば温かいものが食べられるね。
「お待たせ~ 口に合えばいいのだけれど」
そういいながら女の子の前に並べたのは、缶詰のコーンポタージュにクラッカーと桃の缶詰。
ピーチ味はゼリー飲料でも気に入ってくれたみたいだし、大丈夫と判断。
こっちの世界にも桃とかありそうだしね。
目の前に並べられた食べ物を前に、固まっている女の子。
あきらかに視線は食べ物に釘付けのだけれど、手は出さない。
「良かったら食べて」 言葉が通じてない訳ではないのだろうから、もう一度勧めてみた。
「・・・ホントに・・・いいの? あたい金なんて持ってないよ」
小さな声で言いながらも、視線は食べ物に釘付けだ。
「心配いらないよ、これは君の食べ物」
「・・・ うん」頷いた後、おずおずとスープに手を伸ばし、スプーンで一口・・・
あとは、一気だった。スープ、クラッカー。継ぎ足したスープ、追加のクラッカー。そしてシロップ漬けの白桃2缶分。
特に桃の缶詰は気に入ったようで、シロップまで全部飲み干してしまった。
『この世界では、まだまだ砂糖は貴重品なのですよ~甘い物なんて少ないですしぃ。ごく普通の庶民には高価な物ですしぃ、おそらく貧しいこの子わぁ口にしたこと無いはずですぅ』
エイシアさんがテレパシー的な物(ちなみに念話という名前らしい)で伝えて来た。
『そうなんだぁ、でも食べ過ぎてお腹壊したりしないかな、少し心配』
あまりの食べっぷりの良さに、つい食べさせ過ぎたかと気になってしまう。
『獣人はぁ、基本的に丈夫ですしぃ食べ溜めも出来るから平気ですぅ』
なんか、さっきからエイシアさんの口調が少し冷たい気がする。やっぱり、この子に関わることに積極的じゃないのかな。ミーネの言うとおりになってきた気がする・・・。
「少しは落ち着いたかな」
器に残った、シロップを舐め取っている女の子に優しく声をかける。
「うん・・・ありがと・・・」
器を名残惜しそうにおろしてこちらを上目遣いで見ながら返事をする。
「言いたくないことなんか話さなくていいから、とりあえず名前を教えてよ」
きっと言えないこともあるだろうし、僕も無理に聞き出す気も必要もない。でも名前くらい聞きたいと思ったので尋ねてみたよ。
「・・・あたいの名前は、マーサ・・・笑っちゃう名前だろ、マーサだよ・・・」
吐き出すように彼女は言った、きっと過去に何度も名前で笑われたことがあったのだろう。そのまま俯いて口を閉じてしまった。
「笑ったりしないよ。僕は遠い国から来たばかりでさぁ、なんで君の名前を聞いて笑う人がいるのかも知らないけど、僕は可愛い君に良く合う名前だと思うよ」
『臭いよなぁ・・・』 口に出してしまってから、かなり恥ずかしくなってしまい顔が赤くなってくるのが分かった。
似合わない恥ずかしい台詞を言ってしまい赤面している僕を余所にマーサと名乗った獣人の女の子は小さな肩を震わせながら絞り出すように話し出した。
「・・・なんで、 あたいなんかにそんなに優しいんだよ。こんな上等なもの食べさせてくれるし、・・・可愛い・・・とか言ってくれる・・・ あんた一体、 なん・・・なんだよぉ・・・ 」また泣き出してしまった兎族の女の子
僕は彼女を再び見つめるしか出来なかった。
『・・・あまり、まぁ・・・』 エイシアさんの念話が聞こえた気がしたけれど・・・
僕には反応すら出来なかった。
お読みいただき、感謝感謝でございます。ブックマークもしていただき本当にありがとうございます。ちなみにこれを書いてる人はウサギもワンコもネコさんもみんな大好きでございます。