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白いうさぎ  ~マーサの場合~

本日もよろしくお願いいたします。今日のお話はヒロイン目線です。

私を執拗に追いかけてきた狼達が甲高い声を上げて、足元に落ちてきた。


もう走れない。

限界まで体力を使い果たし、足がもつれて転んでしまったあたいには・・・何が起こったのか分からないけれど、とりあえず狼がもう動かないことだけは、薄れゆく意識の中で理解できた。

あと、誰かが近づいてきたこと・・・






・・・死ぬ前って、昔のことを色々思い出して夢を見たりするらしいよね。

狼は動かなくなったけど、やっぱり死ぬのかな・・・それとも、もう死んだのかな。でも死ぬのは嫌だよ・・・


あたいの名前は、マーサ。

正直、ホントの名前かどうかは知らない、スラムでも呼び名は必要だったから孤児院で呼ばれていた名前をそのまま使っていた。

住まいはスラム街の外れのほうさ。孤児院育ちのスラム住まい、ろくなモノじゃないのだけは確かだよ。


しかし皮肉な名前だよね、マーサってのは兎族でありながら貴族の奥方様になった、おとぎ話の主人公の名前なんだよ。

兎族では良くいる名前、みんなマーサ姫にあやかって付けるんだよ。でもさぁ、あたいみたいな痩せっぽちで片耳に付ける名前じゃないよ、からかわれるだけ。


「ガリガリマーサ~」とか「ちびマーサ」、「あべこべマーサ」


マーサっていう名前を素直に呼ばれたことなんて一度もない。




当然だけど、記憶に残っている孤児院での暮らしなんて碌なものじゃないよ。


親の顔なんて知らない、知っていたらそもそも孤児院なんかに居るわけがない。

あたいは、死にかけていたところを衛兵に見つけられて孤児院に連れてこられたらしい。


「ガキは金になる」あたいの居た孤児院は、そんな口癖の夫婦に運営されていた酷いとこだった。

あたいの育ったトオッカって町は街道沿いの宿場町で、しかも国境警備の軍隊の駐留もあってそれなりに大きな街だよ。

旅人の往来も有るし、兵隊相手の商売女も多い。国境での戦は続いているから、未亡人も多い。

だからあたい達みたいな孤児がたくさんいる。


「子供たちは大切にされるべきです」って表の顔で王国から補助金をふんだくり、見た目の良い孤児は売り物に、あたいみたいなのは奴隷みたいにこき使われる。

だから「ガキは金になる」ってこと、でもそのガキ共には何もできない・・・大人に適うはずもないし。


そんな孤児院だから、いじめとか暴力なんて当たり前、ガキ同士でも強いやつが偉い。

「ガリうさぎ、そのパン食ってやるからよこせ」体の大きな狼族や熊族の孤児に、滅多に出ないパンだって当然のように奪い取られる。

もともと、あたい達兎族は力も弱いし喧嘩には向いてない。逃げまわって相手が諦めるのを待つだけ。

でもさ、おとぎ話のマーサ姫とまでは行かなくても、美人が多いのが兎族の特徴。スタイルもいいから娼婦や踊り子になれば金持ちになれるかもしてない、きっと良い旦那を見つけることだって出来るはず。


だから、あたいみたいな地味な顔だってさ、きっと大人になれば胸も大きくなる。そうすれば娼婦にでもなって食っていける、そう思っていた。


でもあたいは、いつまでたっても痩せっぽちのガリうさぎだった。





しかも、孤児院の仕事で薬草を取りに行ったときに・・・


「ガリうさよぉ」あたいをいつも苛める狼族のやつに集めた薬草を全部取られた。


もう夕方で、でも手ぶらで帰ればきつい折檻が待っている。

半泣きで薄暗い道を、薬草の生えている森の近くまで戻った。


薄暗い中で、必死に薬草を探していた時、それは突然の事だった。


覚えているのは、ヒュンっていう風切音


「当たったかぁ」知らない大人の声がする


視界が赤くなって、耳の付け根がひどく熱くなった


「痛い、痛い、いたーい」気が付いたらあたいは泣き叫んでいた。





「あっちゃー!!! やっべぇなぁ怪我させたか」


大人の男性の声が近づいてくる。


「なーんだ、獣人のガキか」ほっとしたような大人の声


「この服って孤児院のヤツだなぁ」


「げ、がめついディードのとこか」


あたい達はどこの孤児院の孤児か分かるように、決まった服を着せられていた。

もちろん、ぼろい服だけど印が縫い付けてあるからすぐにわかる。


「まぁ死ぬことはねぇよ、獣人は丈夫だし」


理不尽な痛みに転げまわるあたいのそばで、2人の大人たちが喋っている。


「まぁ耳はダメだろうけど、ほれ」


痛すぎて、おかしくなりそうなあたいに、大人の1人が何か液体をかけた。


「おおー、優しいね。俺なら絶対に使わないね~」


どうやら、1人が回復薬を掛けてくれたらしい。痛みが若干引いていくけれど、それまでの痛みと流血のせいで気が遠くなり始めた。


「どうせ使いかけだし、万が一死なれたらもっと厄介だろ。」


「なるほどぉ~、さすがだねぇ」


「さぁ、これで間違っても死ぬことは無いだろうし、行こうぜ」


大人が去ってゆく気配と共に、幼いあたいも意識を失った・・・。




兎族の美人の条件ってさぁ


派手な顔立ち、美しい毛並、大きな胸と細い腰。

そしてもう一つ、長くてバランスの良い耳。



耳はあたいの唯一の自慢だった。他はともかく耳だけは褒めてもらえた。


「形もいいし、良い耳だな」 まぁその後には、あんたにゃもったいないって言われるのだけど。




でも気を失ったまま孤児院に担ぎ込まれ、碌な治療も受けさせてもらえなかった結果、あたいの右の耳は根元から無くなった。


もう耳を褒めてもらえることもない。あたいのただ一つの取り柄が奪われて、二度と戻ってこなかった。



動けるようになったあたいは、そのまま孤児院から逃げ出して、スラム街で生きてゆくことにしたんだ。

物乞い、かっぱらい、スリの真似事、下働き。出来る事はなんでもしたし必死で生きてきた、だって片耳の痩せっぽちに出来る事なんて、もう最下層にしかない。


生きていくだけで必死だった。

それでも、なんとか生き抜くことは出来ていた。

あの日までは。


「スラム狩だぁーーー」最初にその声を聞いたとき、「またかよ」って思ったよ。


浮浪者の保護事業というらしいよ。定期的に役人と衛兵がやってきて、碌に動けない年寄りとかを連れて行く。たまに運の悪い怪我人とか病人も対象だ。

動けて、目端の利く奴らは誰一人捕まらない。

そんないつものこと、役人の点数稼ぎのスラム狩りのはずだった。


「包囲しろ!!」


「破壊許可は出ている!!  遠慮するな」


いつもなら役人が数人に衛兵が10人くらいで、すぐ終わるはずなのに。

今回は、馬に乗った偉そうな大男と30人くらいの兵隊が見えた。


後で知ったことだけどスラム街を更地にして、新しい商売の施設を作ることがきまり。

兵隊や商人が雇った連中が200人以上でスラムの住人を捕まえに来たらしい。


「なんでなんだよ」


逃げながらあたいは泣いていた。

スラムの中だけど、やっと生活出来るようになってきたところだった。

4年も掛かった、スラムに住みながら足が速いのを活かして、使い走りや伝言を相手に渡す仕事。薬草を集めて売ったり、薬になる虫を捕まえたり。

スラムの顔役にショバ代を払って、何とか生活出来るようになったのに。


「あそこにもいたぞー!! 獣人のガキだ」


小さいし痩せているから、子供に間違われることも多いけど


「あたいは 15歳だぁ」ムカついたから叫びながら逃げ回る


親の顔も知らないし、多分15歳は過ぎたはず。


(この世界では15~18歳くらいで成人になります。特に獣人は成長が速いので15歳が多いです。)


「なんでだよぉ なんで・・・」


追いかけてきた兵隊からは逃げ切って、スラム街の西側まで来た。


あちらこちらで、スラム街の掘立小屋や古い建物を壊す音

兵隊を指揮する声、複数の兵隊が響かせる音

逃げ惑うスラム街の住人達


「離せよー」「出しやがれーー この碌でなし」


捕えられた若い男や、馬車の荷台に作られた移動式の檻に入れられた獣人の姿もある。


「このままじゃ捕まる・・・」あたいは一人呟いた。


噂では、スラム狩りで捕まった奴らは、戦えそうなら犯罪兵士(最前線送り)、女なら老婆でなければ兵隊相手の娼婦、うまくいけば下級娼館で引き取ってもらえる。

最悪なのは鉱山送りだ。逃げることもできないし、死ぬまで地下で働く羽目になる。


「よく探せよ まだ逃げたやつがいるはずだ」


スラムの脆い扉を蹴り飛ばして探しているのだろうか、破壊音と兵士の声が聞こえる。

あたいは、捕まらないために逃げ出すしかない。

この町に居たらいずれ捕まる


「あたいは目立つからね・・・」


片耳の貧相な兎族、なんとかこの場は逃げおおせても捕まるのは時間の問題。

捕まってしまえば、あたいみたいなのは鉱山送りに決まっている。


あたいは何とか夜まで逃げ隠れしながら、闇にまぎれて町から抜け出した。

逃げながら手に入れた古いカバンの中には、荒らされた家から何とか探し出した多少の食べ物と水入れ、それに包丁と刃が欠けたナイフ2本、何もないよりはマシな装備。

行く当てなんか無いけど、捕まって鉱山送りになるより酷いことなんてない。

そう思ってとにかく逃げた。以前に使い走りの仕事をした時に聞いた、別の町の話。

町の南門を出て、最初の分かれ道、大きな楡の木に案内が出ているって。

あたいは字なんて読めないけれど、黄色い三角印が旧街道の印だって知っている。

青い丸印が新しい道、盗賊が出るし危ない旧街道は通る人が少ないって聞いたことがある。


あたいみたいな貧相で何も持っていない兎族なんて盗賊が襲うはずもないけど、もし盗賊が出てきてくれたら、あたいみたいな片耳でも兎族だし娼婦代わりに使ってくれるかもしれない。

馬鹿なりに、そんなことも考えて町から遠ざかるために走った。

旧街道を目指して・・・


あたいは町とその周辺しか知らない。

旧街道には、盗賊だけじゃなくて、草原狼っていう獣が居るってことを。

そいつらが、あたいを追跡していることも気が付かなかった。


最初に襲われるまで・・・


あたいは馬鹿だから、何も気が付いていなかった。

お読みいただき感謝でございます。出来る限り毎日投稿を続けますのでよろしくお願い申し上げます。

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