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28 一巡りの献身

 千年を生きた四神将軍の一は、身体の半ばを断ち切られて尚、呼吸をしていた。

 地を這いながら、オレ達を見上げる。


「……信じられぬ。貴様らなど……我が一族を真に守れるのは俺だけだ……」


 意識のないリナリアの身体を抱えたまま、オレはその姿を見下ろす。

 オレの後ろからゆっくりと近付いてきたレーグネンが、血を吐くグルートの前に膝を突いた。


「……まおうには己の臣民を差別して扱った記憶はない。すべての種族が、共に箱船ふねに乗った仲間、俺の愛しき民ばかりだ」

「……汚れた血を持つ魔族の長よ……願わくば、貴様らに滅びあれ……」


 レーグネンの言葉が、グルートに聞こえていたかどうかは分からない。

 藻掻く腕が上がらなくなり、瞳孔が完全に開ききるまで、レーグネンはその場に座り込みじっとその言葉を聞いていた。


 その身体が完全に動きを止めた後も、なおしばらく見詰めてから、そっと手を伸ばす。

 吐き戻したどす黒い血で、薄く開いたままのグルートの口元は汚れていた。

 血塗れの唇を、指先でそっと拭って――顔を上げる。


「行くぞ、ヴェレ。向こうは向こうで荷が重そうだからな、急がねば」


 紅い瞳は既に、オレの背中へと向けられていた。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「ルー! 右へ!」

「うん!」


 見事な連携で近づくアイゼンとフルートに、どこか我が一族に似た顔立ちの男は――ヴォーダンは軽く首を傾げて見せた。

 胸の前にあげた手元から、例の光が放たれる。

 アレに当たれば、統合はされないまでも精神はヴォーダンの中へしばし引き込まれる。

 その間にこちらの――現実の肉体を攻撃されたりすれば、元も子もない。


「ルー!」

「……だ、だいじょぶ!」


 ぎりぎりで避けたフルートより一歩早く、アイゼンは尖った爪を振りかぶってヴォーダンに斬り掛かった。


『――何故、抵抗する?』


 奇妙に反響した声が響き、アイゼンの爪が空中で――ヴォーダンの目の前で止まった。

 まるで見えない壁がヴォーダンを守っているみたいに。


「……くっ!?」

『『我ら』しか存在しない空間には、汝らの言う『孤独』は存在せぬ。仲違いも誤解も別離もない。そのことに最も苦しんでいた汝が、何故『我ら』を攻撃するのだ……?』


 無表情の中にも心底理解が出来ないのだということが、良く分かった。

 アイゼンが一瞬、怯んで力を緩める。

 その隙を突くタイミングで、ヴォーダンが軽く手を振った。

 攻撃を阻んでいた壁が膨らんだかのように、アイゼンの身体が後ろに吹き飛ばされた。


「――っは……!」

「アイちゃん……!」


 恐ろしい勢いで後ろに飛ぶアイゼンを、フルートが慌てて受け止めに走る。

 うまく衝撃を殺しながらアイゼンの身体に手を掛けたが、そこを狙ったようにヴォーダンが例の光を放とうと腕を上げる。


「――ヤバい!」


 オレもレーグネンもグリューンも、まだ2人をフォローできるような位置にいない。

 慌てて駆け寄る――間に合わない!

 覚悟した瞬間に、ヴォーダンの手のひらが光る。

 ――が、その光が放たれる直前に、掲げた腕に横から拳大の石が当たった。

 光線がアイゼンから逸れ、水槽に当たる。


「あー! ちょ……!」


 レーグネンが微妙な悲鳴を上げたが、今はそれどころじゃない。

 オレの足元で、シャッテンが「あ、当たりました……」とか間抜けたことを呟いている。

 

「おい、シャッテン!」

「いやー、あの見えない壁みたいのに防がれるかと思ってたんですけど……石投げるくらいは出来るもんですねぇ、後方支援」


 バカなことを言っているシャッテンを置いて、オレはレーグネンを振り向いた。


「レーグネン! あいつ、撃ってる時は無防備だ!」


 水槽からこちらに視線を戻したレーグネンが、オレの言葉の意味を悟って首をひねる。


「なるほど……撃たせるか! しかし、こちらもきちんと防がねば――シャッテン!」

「はい? あんま良い大きさの石はもうないですけど」

「違う! あなた、あの土壁、どのくらいの精度で出せるんだ!」

「まあ……部屋は壊さずにすむと思います」

「アイゼン、グリューン、行くぞ! フルート、頼む」


 アイゼンを受け止めた衝撃でよろけているフルートの傍に、抱えたままだったリナリアの身体を置いて、オレは走り出した。

 背後でレーグネンが必死にシャッテンに作戦の説明をしている。

 「はあ?」とか「あ、巻き込んで良いんですか?」とか不穏な返事だけが聞こえるが……もう、後は信じるしかない。


 グリューンと2人、アイゼンのタイミングを見計らいながら――三方向から飛びかかる。

 無表情のまま、ヴォーダンが先程と同じ透明な壁を生み出した。

 オレの剣はヴォーダンの額の真ん前で防がれ、ギリギリと嫌な音を立てている。

 背後から回ったアイゼンすら、攻撃が防がれている。どうやらこの透明の壁は全方位に向けて生み出されているらしい。


 さて、誰を狙うつもりか、と思っていたら、わざわざオレの方を振り向いたヴォーダンは両手をこちらに向けてきた。

 すべての発端となった北の民に、思うところがあるからなのか。

 それとも、ただ単にオレが狙いやすそうだったからか。


 振り向いたヴォーダンの何の表情もない黒い瞳を、オレは向けられた手を避けもせず、ただ見詰めた。

 

「……残念ながらオレ達、分かり合えないみたいだ。『あんたら』とオレ達は、別のものに分かれた時点で、別の存在だったんだ。お互いの主張が食い違うなら……後は譲るか、協調するか、勝ち取るかしかない。そうだろ?」


 結局は、オレだって多分色んな自分の集まった存在だ。

 弱い自分、強い自分。

 誰かを信じられない自分。

 だが、それでも自分の外にいるヤツがいる限り、いつだってそれとぶつかることになる。

 他者の存在を認識したなら、誰かと1つになったところで、きっと永遠に同じことだ。

 だから――


「――あんたと1つになっても、外に誰かがいる限り、オレ達は孤独だ! そうじゃない方法を探してるオレと、あんたは相容れない!」


 力を込めたままの剣が、ヴォーダンの側から迫ってくる透明な壁に弾かれた。

 さっきのアイゼンと同じだ。

 後ろに吹っ飛ばされるオレを、フォローに回るために直前に力を抜いていたグリューンが、後ろから支えてくれた。


 軽く首を傾げたヴォーダンの向こうから、高らかに声が響く。


「――今だ、シャッテン!」

「――『土壁レームヴェンデ』!」


 ヴォーダンの真下から土壁が迫り上がる。

 揺れる壁の上でバランスを崩し、足を踏み外し落ちてきた身体に、アイゼンの爪が真下から迫る。


「――私は孤独だ! だが――孤独だからこそ、孤独を感じるからこそ、救われたのだ!」


 叫びと共に振るわれた鋭い爪が、ヴォーダンの腹と喉を抉った。

 鮮血と臓物を撒き散らしながら、受肉した神は肉片へと千切れ、床に落ちた。

 静寂と、室内に相応しいだけの薄暗さが戻り、オレ達はそれぞれに息を吐く。


「……終わった……? じゃあ、ヴォーダンさまは……?」


 リナリアの身体を抱えたフルートがそっと呟いた。

 その問いに答えるには、多分――北の民として、主神ヴォーダンと繋がる儀式を行ってみるしかないのだろう。

 オレ達には認識できない存在と、会話を試みようとするならば。

 しばらくそのつもりのないオレは、黙って首を横に振った。

 そんな仕草はもしかしたら誤解を受けるのかもしれないが……まあ、これについては、誤解されていても良い、という思いだ。


「とりあえず、表向きの問題は大概片付いたようだな」


 血に汚れた爪を振って、アイゼンがレーグネンに視線を向けた。

 勝ったと喜んでも良い場面のような気がするが……レーグネンは苦々しい表情を浮かべている。


「どうした、レーグネン」


 声をかけると、顎で室内の中央を示した。

 その先にあるのは。


「……壊れた」

「複製の装置がか?」

「詳しくは土人ドワーフに見てもらうしかないが……多分、さっきの光で設定がやられてる。あの『神』とやらの攻撃は精神ソフトウェアと相性が悪い――いや、異常に良いのだ」


 そう言えば、さっき何やら叫んでいたような。

 危機を脱したと言うのに浮かない表情が変わらないのは、己の臣民のこの先を考えてのことらしい。


「まあまあ、とりあえずほら、魔王の勝利ってことで王権復古、しゃきっとしてくださいよ。それに、あれだけいた朱雀の兵が今頃どうなっているのか、気になるじゃないですか」

「あー、それは何か……さっきグルートが言ってた話だと、国境辺りにいるらしいぜ。主を失った朱雀兵どもがどうなってるかは知らんが、おれらがこっからあっちに向かえば挟撃になる。王子殿下を放っておく訳にもいかんだろ」


 グリューンの言葉に、レーグネンは眉をひそめて答える。


「ということは、折角の勝利を祝う間もなく、あのバカ王子の様子を見に行かねばならぬということだな」

「最初からその約束だっただろ、レーグネン。何であんたはシャルムにだけ、微妙に冷たいんだ」


 問えば、うんざりした表情のまま指先でちょいちょいと呼ばれた。

 耳を近付ける。

 更にちょいと呼ばれた。

 近付ける。

 もう一度、ちょい。

 ほとんど唇に触れるのではないか、というところまで耳を近づけたところで――向こうからしがみついてきた。

 口づけするように、耳の中に言葉を吹き込まれる。


「……じぇらしぃに決まってるじゃないか、バカ」


 心臓が激しく高鳴り――慌てて周囲を見ると、全員が一斉にオレから視線を逸らした。

 タイミングがまるきり一緒過ぎて、非常にわざとらしい。


 距離感が縮まらないと言うか、今まですれ違い続けていた。

 しかし、噛み合ったら噛み合ったで、距離感とは難しいものだなとかどうでも良いことで悩んでいる表情を維持しつつ――隣の身体をこちらからも引き寄せ、改めてその唇に口づけを落とした。

次回8/18金のエピローグで完結です。

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