27 一方向の道標
「いやですよぉ! 何でこんな可愛くもない不死者になる前の死体みたいな顔したヤツと1つにならなきゃいけないんですか!」
相変わらずグルートの炎を遮り続けているシャッテンが、一番最初に反応した。
壁の向こうでグルートが哄笑を上げる。
「初めての肉体の具合はどうだ、ヴォーダン?」
『惑星を漂う意図せぬ感覚と比較したとき、肉体というものの不便さを感じぬではないが、それもまた取り込んだ『我ら』の一部が今までに経験したものに等しいと思えば』
「……気に入ったようだな! ならば、そいつらも早く取り込んでしまえ! エルケーニヒとレーグネンの知識を持ってすれば、この宇宙船を再び動かすことが出来る。そうすれば、貴様は外宇宙へと更に大いなる一とやらを求めて旅立てるぞ!」
いらないものを全部ごっちゃに1つにして、どこか遠くへ飛ばしてしまいたい、ということらしい。
なるほど。不要物を排除する、と先に自分で言っていた通りの計画だ。
グルートの煽りに対し、ヴォーダンは特に表情も変えぬまま、あっさりと答えた。
『統合は失敗した』
「何だと?」
『触媒が『我ら』を拒めば、統合が出来ない。故に、先程の光を受けてなお、彼らはまだあの場にいる』
なるほど、と1人頷いたところに、レーグネンから視線で説明を求められる。
「いや……生贄は大体、半死半生の状態まで弱らせてから捧げるのだ。さもなくば受け取ってもらえぬ……と、言われていた」
向こうの意思ではなく、力の限界で成立しないのだ、ということは初めて知ったが。
だが、先程の光、こちらで危なかったのはアイゼンだろうか……。あのまま行かせていれば、統合を受け入れたということで、『大いなる一』とやらの中に取り込まれてしまっていたかもしれない。
「つまり、私は君に助けられた、というワケだ。お義兄さん」
ぽん、とオレの肩に手を乗せて、アイゼンはシャッテンの横へと進み出た。
「折角、受肉とやらをしてくれたのだ。精神攻撃でなく、物理攻撃なら私も負けぬ。特に……ルーを守るためならば、これ以上なく力を奮おう」
これがアイゼンの答え、ということだろう。
あの……統合の場で問うた、オレに対する。
「わたしも行くわ、アイちゃん!」
アイゼンの背中を追って、フルートが駆けていく。
並ぶ2人を見たシャッテンがため息をついて、こちらをちらりと振り返った。
「……良いんですか、アレ」
「アレとは?」
「だって、あなた方の神なんでしょう? 倒しちゃって良いのかってことですよ」
はっきり言えば、顕現した神を倒したらどうなるのか、などオレだって知らない。
そのまま消滅するのか、それとも『大いなる一』とやらに戻るのか。
もしかすると、このまま二度と『穢れ』の力は使えなくなる可能性だってある。
答えは分からぬまでも、多少推測することくらいは出来るが――
「我らにとって、ヴォーダンは荒ぶる神だ。あそこにいるはその力の一端で、祖先や犯罪者、敵対者の魂の核となる存在を吸い込んだアノニミテート(匿名性)の塊だろう。と、なれば――」
「――何言ってんのか、わっかんないんですよ! 形而上的な説明とか机上の空論とかどうでも良いので、倒して良いのか悪いのかで答えてください」
――こんなものだ。
言葉で説明しようが、しなかろうが、結局は分かり合えなどしない。
オレと他の存在は皆、別物で、その隙間は分断されているのだ。
だが。
オレは、自分の前に立つレーグネンの肩を叩く。
レーグネンはオレの顔を見て、唇を引き上げた。
その紅に微笑みを返し、前を向き直す。
「――倒して良い。征こう」
「分かった。やろう」
「おっけぇですよ、ちくしょう!」
口々に答える2人を追い越して、オレはシャッテンの作った土壁の前に立つ。
「レーグネン、指示を出せ」
「分担しよう。俺とシャッテンは後方支援。ヴェレとグリューンはグルートに、アイゼンとフルート嬢はヴォーダンに向かえ」
「後方支援って何するんですか?」
「幾らあなたと言えども、石を拾って投げるくらいは出来るだろ」
随分頼りない後方支援だが……それでも、まあ、ないよりはマシだろう。
オレとグリューンが苦笑し、アイゼンとフルートが目を見合わせたのを機に、レーグネンがカウントダウンを始めた。
「行くぞ。……3、2、1――」
零の合図が出る前に、土壁がもろく砕け始めた。
その瞬間に、オレとグリューンは壁を回り込んでグルートの方へと向かった。
フルート達は反対に壁を蹴り、ヴォーダンの方へと駆け寄る。
「だりゃああああっ!」
乙女とは思えぬ我が妹の掛け声が背中を遠ざかっていくのを聞きながら、オレは剣を構えながら目の前のグルートへと再び走った。
「先程も簡単にいなされたと言うのに、まだやるつもりか」
「余裕ぶっこいてる割に、顔色悪いぜ、お兄ちゃん」
グリューンが軽口を叩きながら、先にグルートの前へと走り出る。
下からの一閃。
身体を引いて躱したところへ、タイミングを見計らったオレが、今度は剣を横へ薙いだ。
「連携は悪くない……だが、前とそう変わっているとも思えぬ」
「やあ、ほら。今度は後ろのヤツらも加勢してくれるらしいから」
「他人の力にばかり頼る愚かな小蟲どもが。アレも……王子シャルムも、その貴様らの理論で引きずり込んだのだろう」
「シャルムが何だ」
思わず声を上げる。
グリューンからこちらへ視線を向けたグルートは、小さく舌打ちをして見せた。
「国境線から兵を侵入させてきた。こちらとしては、己の領土を守るために、陽動と分かっていても兵をそちらへ向けざるを得ない」
「シャルムが……!」
魔王城内にもこの周辺にも朱雀兵が少なかったのは、他でもない、シャルムがその分を負担してくれていたからだったようだ。
心の中で感謝を捧げつつ、彼のことを勝手に疑っていた過去の自分を恥じた。
彼はいつだって、友情を持っていてくれたと言うのに……!
「おれらはそうやって生きてくんだよ、お前さんとは違ってな」
「それで今度は何が違うと言うんだ。貴様らしかいない状況は変わっていない」
「あー……そうだな、シャッテンが多少やる気になったみたいだ」
「ドン亀の死霊使いなど、何が出来る」
「死霊使い同士でそういうの、空気良くないなぁ」
グリューンは挑発を繰り返しながら刃を疾らせる。
グルートの手が、どこか優しげに炎を飛ばす。
慌てて避けたオレの手を炎が掠める。
ふと気付けば、背後でレーグネンの詠唱が響いていた。
「――『広大なる蒼き天空、煌めく宝玉の鱗
我が名は青龍統べる主、東方将軍レーグネンなり』」
「青龍を呼ぶつもりか? この複製装置は諦めるのか?」
グルートがバカにしたように笑う。
確かに、青龍がこの室内に召喚されれば、室内の諸々はすべて潰され、壁は外側に向けてへし折れるだろう。空間が足りない。
だが――オレは、この詠唱が、青龍召喚の時以外にも使われることを知っていた。
かつて、クヴァルム伯爵領で。
まだ魔力の戻らぬレーグネンが、シャッテンとともに重ねた魔術。
「『艶冶なる我が下僕、清浄なる碧空の覇者――青龍よ、疾走れ』!」
オレが分かっていると、疑いもせぬのだろう。
レーグネンは一言も余分を口にせず、呪文を完成させた。
唱えた瞬間、吹き上がった魔力の圧に術者のワンピースの裾がはためく。
その瞬間を見計らって、オレは腰の小物入れを外し、グルートに向けて投げつけた。
足を引いて避けようとした小物入れが――突然内側から膨らみ、弾ける。
「――何!?」
グルートが怯んだ瞬間に、既に小物入れを追いかけて駆け寄っていたオレが、中から出てきた身体――種から戻ったリナリアを片手で支え、空いた片手でそのまま剣を突き進める。
首を捻って避けたグルートの腰を、オレを追ってきたグリューンの剣が、真横から――今度こそ、両断した。




