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25 一義的な存在

「――リナリアあぁ!」


 レーグネンが入り口の火柱へ向けて駆け寄っていく。

 その無防備な背中に向けて、笑いながらグルートが手をかざした。


「終わりだ、魔王――」


 勝ち誇り突き出された右手に焔が生まれたところを――肘の下からぶっつりと切り落としたのは、オレの振るった刃だった。

 オレの隣で、ぎりぎり間に合ったグリューンが大きく息を吐き、自分も刃を抜いている。


「……貴様ら」


 睨め付ける視線にも、恐怖は一欠片も感じなかった。

 かつては無表情の隊長と味方にすら恐れられた眼光で睨み返し、追いかけて剣を振る。


「――はっ!」

「りゃあ!」


 横からグリューンの剣がオレにタイミングを合わせてきた。

 絶妙にずらした2本の剣を、だが、グルートは踊るように優雅な足取りで華麗に躱す。

 思わず舌打ちをした音がグリューンと重なって、視線だけでお互いを確認した。


 背後では、炎の止まった室内を一直線にリナリアの元へ駆け寄るレーグネンの足音が聞こえる。

 振り向けば、ちょうど辿り着いたレーグネンが、燃え盛る炎に近付けぬまま、何をすることも出来ず戸惑っているところだった。


「くそっ……リナリア!」

「……主様ぬしさま

「――どけ、レーグネン!」


 炎に巻かれるリナリアに向けて飛び付くように、アイゼンは脱いだ上着を被せた。

 そのまま押し倒して、叩くように炎をもみ消す。


「すまん、アイゼン! ――おい、シャッテン!」


 呼びかけるレーグネンの声に、壁際から顔だけ覗かせたシャッテンが答える。


「無理ですよぉ。それ、元が植物でしょ? 生命力が我々とは違いすぎるんですよ」

「やってみもせずに、この……!」

「それよりも、早く魔力を回収して、種だけでも生かしてやった方が良いですよ。今ならまだ次の花が咲くんじゃないですか? 枯れ落ちちゃったら終わりですから」


 はっとした表情で振り向いたレーグネンに向け、リナリアは煤に汚れた頬を緩めた。


「……主様、お願い……」


 哀願の声を聞いて、凍りついたレーグネンの視線を――見届ける前に、炎が飛んできた。

 慌てて身を捻る。


「バカ! ぼうっとしてんじゃねぇぞ!」

「すまん」


 グリューンの叱責に一言で答えて、再びグルートへと向き直った。

 唇を歪めた王弟の姿のグルートは、つまらなそうに上げた自分の指先を見て呟いた。


「くだらん……。同じ人族の間とは言え、穢らわしい魔物ども以下の存在になってまで、貴様らと戦わねばならんとはな」


 複製を作って、ドラートの身体に入り込んだことを言っているのだろう。

 鼻で笑ったグリューンが斬りかかりながら叫ぶ。


「てめぇで勝手にやっといて、後悔してるのかい!?」

「後悔はせん。既に我が身体は何度も複製を重ねている。身体が他人のものであろうがさしたる問題もない。堕ちるところまで堕ちたな、という程度の感慨か。一度精神ソフトウェア複製コピーを、入力インストールしてしまえば、もう後戻りも出来ぬ。混ざった記憶データは選り分けることも出来んからな……だが、我が一族には、決して同じ苦しみを味わわせる訳にはいかん」


 苦笑しながら、グリューンの繰り出す袈裟斬りと、オレの振った下からの斬り上げを両方躱した。

 身体の持ち主であるドラートは、さして優れた剣を使う男ではなかった分、違和感が甚だしい。

 あからさまな嘲笑がグルートの頬に浮かぶ。


「千年も鍛錬を重ねればこれくらいは容易いさ。どうだ、貴様も試してみるか? そこの装置で。あるいは俺を超えられるかも知れぬぞ」


 顎で指した先には、部屋の中央の巨大な水槽がある。

 その言葉で、微妙な疑問を抱いた。


「……あんた、人族には複製はさせないって言ったな」

「ああ。今の状態を神に許された状態だとは到底思えぬ。自然に生命を繋ぎ、朽ちるのが天命である。ソレ以外は偽物の生命でしかない」

「ばか! 勝手なことばかり言わないで! アイちゃんはちゃんと生きてるんだから!」


 その、『繋ぐ』ことが出来ぬ四神将軍にひどく共感しているフルートが背後で騒いだが、オレの考えていることはそれとは全く関係がない。


「ならば――複製することを求めないのに、あんたは何故、朱雀を呼ばないんだ?」


 グルートの瞳が、王子に良く似た緑が、ひたりとオレを見据えた。


「レーグネンはその水槽を壊さぬために青龍を呼ぶのを控えている。あんたも同じなんだな? じゃあ、何でだ。複製の為の装置など、どうでも良いはずだろう。何故、朱雀を呼んで部屋ごとオレ達を抹消してしまわないんだ」


 本来はもっと早く気付くべきだったのかも知れない。

 最初は、ただ元に戻る方法がそこの水槽にあるのだと思っていたのだ。ドラートの身体からグルート自身の身体に戻るために、水槽を破壊せずにいるのだと。

 だが……それが目的ではないなら、何故、部屋に踏み込んだ時点でオレ達を朱雀の攻撃で吹き飛ばしてしまわないんだ。


「……朱雀を召喚するには精神集中の時間がかかるからだ、と説明しても良いのだが、それでは納得せんのだろうな、貴様は」

「これだけ軽々あしらわれるようなら、その召喚とやらも並行してできそうな気はするな」

「ヴェレとおれの2人がかりだってのに、これだもんな」

「ふむ、これだけの力量差、口々にそう言われるのも分からぬではない。確かにまあ、出来ぬでもないが――」

「――違うな。何を創ろうとしているんだ、あなたは」


 背後から高い女の声が響いた。

 涙を含みながらも美しい、凛とした女の声。

 振り向かずとも分かる、オレの世界で最も愛しい女の声だ。


 グルートの唇が、あからさまな笑みの形に刻まれる。


「魔王よ。貴様も知らぬことが、この世界にはあったのだな」


 オレの横まで歩み出たレーグネンは、グルートの言葉を無視して、手の中の白い髑髏様の塊をこちらに差し出してきた。


「リナリアの種だ。もう、任せても良いですね、と言っていた。グルートを倒して、改めて復活の儀を行う時まで、あなたが持っていてくれ」


 言いながら、オレの腰に結わえていた小物入れを開け、種をしまって口を閉じた。

 持てと言うなら、オレが持たねばなるまい。

 託された者の、答えとして。


 視線でグルートを牽制していたつもりだが、グルートの目はもうオレを見てはいなかった。

 レーグネンの姿だけを追いかけるその瞳には、何か物狂おしいものすら感じる。


「……さて、そこの複製装置で何を創る気だ、朱雀将軍よ」


 向き直ったレーグネンは真っ直ぐにその視線を受け止め、そして問うた。


「創る、とは?」


 馬鹿にしたように問い返すグルートに、レーグネンは落ち着いた声で答える。


「複製はせぬのだろ? ならば新しい肉体をその装置で創って、その肉体に何かを入れるのだ」

「何を入れると言うんだ?」

「それは、あなたが知っているだろう」


 微動だにせぬ睨み合いが続いた後、吹き出したのはグルートの方だった。


「……千年経とうが貴様は変わらんな。そうして何でもかでも、全ての者が己の言うことを聞くと思っているのだろう」

「誰のことだ? 魔王か、青龍将軍か。今の俺は――」

「――エルケーニヒ、少し黙れ。貴様の希望通り、説明してやろう」


 静まり返った部屋の中央で、こぷり、と水が揺らぐ音がした。

 例の水槽に視線を向ける。

 水槽の中央に、何か小さいものが浮かんでいて、そこから気泡が吐き出されていた。


「貴様の連れているその愛玩動物とやらには、神がいるだろう」


 問われたレーグネンは、そのまま視線をスライドさせてこちらを見た。

 オレは頷いて返す。


「主神ヴォーダンだ。彼に何者かの生命を捧げることで、『穢れ』の力は発動する」

「そうだな。神と言う名の高位生命体。エルケーニヒ、貴様さえその存在をしかと捉えておらぬ、この星の先住民族だ」

「――は。……待て」


 一瞬、動きの止まったレーグネンに向けて、グルートは笑みを深めた。


「北方人どもだけが先住民族だと思っていたか? 千年をぼんやり過ごしてきたな、エルケーニヒ。北方人どもの上辺だけの言葉を信じたか」

「……いや、待て。幾ら高位生命体とは言え、俺達はこの星に降りる時に地表のスキャニングを行ったのだ。その時に見付かった言語操作可能な程に発達している生命体は彼等――北の民達だけで――」

「ああ、実際に見るまでは俺も半分程そう思っていた。俺――いや、俺の容器そとがわに残っている記憶を、しかとこの手にするまでは、な」

「つまりあなたは、王弟ドラートの記憶を喰らうために、そうして自分の精神を移したのか? ドラートの肉体へ」

「そうだ。北方人どもの神とやらに、可能性を感じたからだ」

「可能性……?」

「俺達と手を組み、この世界ほしから不要物を排除する、その共謀者となり得る可能性だ」


 こぽり、と再び水音。

 グルートの言葉に夢中になっているレーグネンは、どうやら気付いていないらしい。

 俺はさり気なく彼女の肩を掴んで、自分の方に引き寄せた。

 グルートの視線が、ちらりとオレを見る。


「……貴様は、もうそこの愛玩動物から聞いたか?」

「何を」

「ヤツらが『穢れ』の力と呼ぶ、あの光のことだ」

竜人ドラゴニュート達を全滅に近い状況まで陥れた、アレのことか?」


 自らの罪を晒された驚きで、思わずレーグネンから一瞬手を離す。

 レーグネン自身は意識しての言ではないと分かっていたが――それでも、反応せずにはいられなかった。

 グルートの目が、オレを嘲笑った気がした。


「あの光はな、存在を統合する(・・・・・・・)ものだ。捧げられた生命を取り込む時、それを礎にして、存在の余ったエネルギによって因果を遡及し、生者をも吸収する――」


 滔々と喋り続けるグルートから、レーグネンがふとこちらを振り向いた。


「……どういう意味だ?」

「オレに聞くな。こういうのはあんたが専門だろう」

「しかし、あなた方の神の力の話だろう? 理論的にどういう力なのかは、あなたの方が詳しいのでは……」

「オレが知ってるのは、主神ヴォーダンは確かに北の島に存在し、その偉大なる存在により『穢れ』の力は発揮されるということだけだ」

「――何故それを早く言わんのだ!」

「いや、問われなかったから……」


 それに、理論がどうとかそういうことは、長の息子たるオレだって分からない。

 分かるのは、主神ヴォーダンの存在と、捧げた生贄を因として7代遡って消滅する結果だけだ。

 困惑したような表情でオレを見ていたレーグネンが、はっと顔を上げ、グルートに視線を戻す。


「……ちょっと待て! グルートよ、今の話の流れ――どういうことだ!? まさか、そこの水槽で創ろうとしている肉体は――」


 グルートは満面の笑みを浮かべて、頷き返した。


「エルケーニヒよ。貴様の全てを俺に捧げよ。俺と貴様の(・・・・・)存在を統合し(・・・・・・)――その知識を持って、俺がこの世界を清浄なる姿に戻してやろう」


 その言葉を引き金にしたかのように、部屋の中央の水槽が激しく泡立ち始めた。

 水槽の中から無数に気泡が吹き上がり、止まらぬ水音が不安を煽る。


「――レーグ……!」


 思わず、すぐそばにあるその身体に手を伸ばそうとした瞬間――室内を、目が眩むほどの光が満たした。

 目の前が真っ白になる。

 その光が、かつて我が民を守るため、幾度か目にしたヴォーダンの力の源たると気付いた時には――既に、眩まされたのは目だけではなく、耳も、鼻も何も効かなくなっていた。


 まるで、何もない虚無の空間に1人立っているかのように、オレの身体には外部からの刺激は何一つ届かなくなった。

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