23 一纏めの敵
その後も、さしたる抵抗もなく、魔王の居室――管制室?――へと到着した。
とは言え、扉から堂々と踏み込むのが危険なことくらいは分かる。
さて、どうしようかと扉の前で立ち止まったオレの後ろから、「はーい」と気の抜けた声がした。
「開けた瞬間に、青龍ぶっ込むっていうのはどうですか? 例のヤツどばーっとぶっ放して」
危なっかしいことを言うのは、当然ながらシャッテンだ。
呆れた顔でレーグネンが答える。
「『俺』の部屋には、魔族複製のための設備も保管してあるのだぞ? メンテナンスは行っているが、全壊すれば極小の部品の金型から作り直しだ。分かっておるのか?」
「私、複製とか興味ないので」
「あなたの興味は関係ないぞ」
「皆、私の子ども達で良いじゃないですか」
「まず前提条件を合わせぬとあなたとはまともな会話にならん訳だな……知っておったが」
ため息をついた後、部屋の扉に向かってレーグネンは指さした。
「俺が実行したいのは、中の装置を破壊せずに安全に部屋の中の様子を確かめる方法だ」
「ファールツォイクに聞けば良いんじゃないですか?」
「ファールツォイクは管理ユーザの情報については、機密として扱うようにインプットされている」
「ったって、最上位管理ユーザは魔王様じゃ……あ」
「……ま、そういうことだな」
レーグネンの諦め半分の言葉とともに、アイゼンがこちらに向けて首を竦めて見せた。
どうやら、魔王と四神将軍の間にも、優先度の違いがあるらしい。
「私が再登録したのでは、元の魔王陛下と同列の管理権限を取り戻すことは出来ない。良くて自分と同等だよ」
「今の最上位管理ユーザは、私とアイゼン、そしてレーグネン……」
「入口で確認したが、朱雀将軍は我々を迎え撃つ前に、王弟ドラートを同格に登録してから進軍したらしい。ま、妥当なところだな」
「……つまり、あなた方とドラートがここで相討ちになれば、最上位ユーザは私1人になると……?」
「だからあなたを置いていかなかったのだ。ざまあ見ろ。あと、さっき飛竜騎士団の副団長も最上位に登録したから、今逃げてもあなたが最上位ユーザを独占することは出来ぬから、心しておけ」
「なんですか、もう……夢がないなぁ」
『最上位管理ユーザ』とやらが、そんなに良いものなのだろうか。
会話の内容から推測するに、この魔王城の最高決定権を持ったモノ、ということのようだが。
いくら異界の素材で出来ており、人格があるかの如く喋るとは言え、城は所詮城だ。支配下においたところで、何が出来るでもない……はずだ。
「まあ良い。どうも玄武がいると話が進まぬ」
拗ねた表情のシャッテンを置いて、レーグネンはアイゼンに顔を向けた。
「元は『俺』が居室にしていた部屋だ。ここに入る裏口などがないことは、この俺が一番知っておる。結局は正面突破しかない。故に、俺が先を行く」
「待て、レーグネン。私が」
「本当は約立たずのシャッテンを突っ込ませたいが、目を離すと何をするか分からぬ。ならばここは、俺が――」
「――やめろ。オレが行く」
扉の前で押し合う女達を左右に避けて、オレは剣を抜いた。
顎でアイゼンに「開けろ」と指示を出す。
一瞬、目を丸くしていたアイゼンは、オレの視線の本気を見て取ると、頷き返し声を上げた。
「ファールツォイク! この扉を――」
「――待て、アイゼン!」
制止の声はレーグネンだった。
慌てて駆け寄るその乱れ様を見て、少しだけ溜飲を下げる。
ざまあみろ、はオレの台詞だ。あんたがオレのことで焦っていると、いつだってそう思う。
そう、多分そういうことだ。見返してやりたいだけだ。
……単純にあんたに危ない橋を渡らせたくないだなんて、そんなことじゃない。はずだ。多分。
レーグネンがすがりついてくるより先に、天井から尖った男の声が流れた。
「――管理ユーザ:ドラートが、他の管理ユーザとの面会を希望しています。管制室の中へお入りください」
「なんだと!?」
レーグネンが問い質した時には、既に扉は開いていた。
オレは彼女に視線を向けぬまま、剣をぶら下げて中へと入る。
扉をくぐれば、室内は意外と狭い――いや、空間は十分にあるはずなのに狭いと感じる程モノが溢れていた。よく分からない形の鉄くずの塊が積み上がる隣のテーブルには、奇妙な色の液体を湛えた幾つものガラス瓶がところ狭しと広がっている。その横の壁には引けば何が起こるのか分からないレバーが縦横無尽に並び、それぞれのレバーの解説のように、雑な走り書きでボロボロの紙切れが折り重なって張られている。
何よりも部屋の中を圧迫しているのは、中央にある巨大な水槽だった。
天井近くまで高さのある水槽は、薄紅い液体を満々と湛え、その中身はこうして見入っている間も気泡が上がり続けている。
多分この水槽が、レーグネンの言っていた『複製』のための水槽だろう、とは予測がついた。
水槽の横に立つ男が1人。
赤みがかった茶の髪は、甥っ子である王子シャルムに良く似ている。
似ているというのにーーどこか冷えた血の色を思わせるその男は。
「……ドラート!」
叫ぶと同時に、抜いた剣を振りかぶり駆け寄ろうとした。
ドラートはこちらを見もせず、オレの背後をーー背後のレーグネンに視線をあてたまま、片手を上げる。
その上がった手から、赤い光が走る。
炎だ、と気付くより前に、後ろからぶつかられ、押し倒されるように前方に転げた。
「バカ! ヴェレ、バカ! ぼんやりするな!」
オレの背に乗ったレーグネンが背中をへちへちと叩く。
幾らその感触が心地よかろうとも、戦場で躊躇するほどには、オレもアホではなかった。
即座にレーグネンの身体を抱え、横に回るように動く。
次の瞬間には薄皮一枚を掠めるように、炎がオレの脇腹を掠めていった。
止まらぬまま横に転がって、腕の中のレーグネン諸共、壁際にあった鉄くずの山の裏へと駆け込む。
そこでようやく一息ついて両手を緩めると、否応なしにオレの身体に引きつけられていた女が銀の髪を振り乱しながら、顔を上げた。
「――っは! 死ぬかと思った!」
「ああ、おかげで助かった」
「違う! あなたがぐいぐいくっつけてくるから、呼吸が止まるかと思ったのだ! 助かったと思っておるならもそっと丁寧に扱え!」
「あの場所にあんただけ置いてきても良かったんだ、そうすれば今頃こんがり焼けて減らず口も叩けぬようになっていただろうな」
「その前に俺があなたを助けないという選択肢もあるぞ。その場合には――」
「――おい、お前さん達! 不毛な夫婦げんかは犬も食わんぞ! そんなことより、何であいつが――ドラート殿がこうもぽんぽんとワケの分からん魔術をかましてくるのか、説明してくれ!」
横から投げられた声はグリューンのものだ。
ここからはかろうじてフルートの逞しい二の腕しか見えないが、どうやら他のメンバーも扉をくぐったところでオレ達同様炎に襲われ、部屋の反対側の物陰に隠れているらしい。
オレ達の勝手な会話を聞いて、ドラートが掠れた笑い声を漏らした。
「……貴様らには分からんか? まあ、そうかも知れんな。だが……レーグネンなら、魔王なら分かるだろう? 俺が何者か、何故こうして炎を操るかなど、誰よりも貴様が知っているはずだ」
オレの胸元で、レーグネンは小さく息を飲む。
「グルート、貴様……複製を――いや、身体の複製をせぬまま、意識を他人に複製したな!?」
悲鳴のような叫びが聞こえたのか、ドラートが――いや、朱雀将軍の意識を移された、既にドラートとは言えない誰かが高笑いを上げた――。




