22 一人歩の探索
「管理ユーザー:アイゼンによる新規登録申請を受諾いたしました。外部ハッチ解錠します」
空気の抜けるような音がして、目の前の壁が突然、裂けるように左右に開いた。
音が止まった時には、壁に飛竜騎士団すら悠々と潜れるような大きさの穴が出来ている。
オレとフルートだけがその様子に驚き、一歩後ろに退いていた。
レーグネン達、魔物陣は当然としても、グリューンが平然としているのが気にかかる。じっと観察していると、こちらの視線に気付いて頭を掻いた。
「いや、シャッテンの館もこんな感じだったからな」
「シャッテンの館に行ったのか?」
「行ったと言うか、入ろうとしたけれども素通りせざるを得なかったと言うか」
「そう言えば、あんたら魔王領東方から北方に戻ろうとして、朱雀兵に追っかけまわされたとか言ってたが……」
そして、最終的には、魔王領西方から王国東部へ移動する飛竜騎士団に乗せてもらっている。
つまり、封鎖された国境をすり抜けようとして朱雀兵に見つかり、仕方なく魔王領を横断した、ということか。
「飛竜騎士団とうまいこと会えて良かったよ。あの時始めて、シャッテンがいて良かったと思った」
「えー? あの前にも色々助けてあげたじゃないですか。予約済みマッスル14号」
「その呼び方やめろ」
あれ以来知らぬ間にえらく仲良くなったなあと思っていたが、まあ、1月半にわたってそうして逃亡生活を共にしていたのなら、距離が縮まるのも宜なるかな。
入り口の前で、レーグネンはくるりとこちらを振り向く。
「朱雀は死んだが、操っていた朱雀兵がどうなっているかは未知数だ。今のシャッテン達の話を考慮すれば、魔王領全土に兵は広がっているはず。まず頭を叩くのは問題ないが、叩いた後のことを考えねばならぬ。飛竜騎士団よ……後のことを頼んでも良いか?」
「――我らに、残れとおっしゃいますか?」
朱雀との激突で騎士団長を喪った飛竜騎士団の中から、小柄な竜がするりと首を伸ばした。副団長だ。
彼女の声は冷え切っている。ここまで来て、という思いがあるのだろう。
ここに来るまでの犠牲を考えれば、当然のことだ。それに、この魔王城は、ドラートの館のように、中に入れぬサイズという訳でもないのだから。
「団長ならば、最期までお供すると申し上げると思いますが」
「団長ならば、俺の言う意味を理解してくれるだろう。最悪のことを考えているのだ」
「……青龍将軍の言葉ならまだしも、今のあなたの命は承服しかねます」
きっぱりと断る彼女に対して、レーグネンも一歩も退かず紅の瞳を輝かせる。
「最悪、とはドラートを倒せなかった時のことではない」
「では何を?」
「魔王城は兵器としても利用できるのだ、何としてもドラートにこの船の支配権限を渡す訳にはいかぬ。いざとなれば、魔王城ごと諸共に死ぬことも覚悟して入らねばならぬ。そうなった場合のことを言っているのだ」
副団長が一瞬、息を呑んだ。
しばらくの沈黙を挟んでから、目尻を釣り上げて踏み出してくる。
「……お言葉ですが、シャルム王子と軍を分割したのはそのためなのでは?」
「俺はシャルムと手を組んではいるが、彼に今後の魔王領をすべて任せられるとは思っておらぬ」
「そういうお話ならシャッテン将軍……は無理でも、アイゼン将軍に後を託されるべきでは?」
「あ、私は最初から計算に入ってないんですね。いや、分かってましたよ……別に、拗ねたりしませんよ……」
言いながら、うじうじと後ろに下がるシャッテンに、グリューンが「うぜぇなぁ、しっかりしろ」と声をかけているのが見えたが、まあそれはこの際、本題ではない。
アイゼンが目を剥いて首を振る。
「待て、私はそういうの苦手だ。押し付けるのはやめてくれ」
「一国の将が何をおっしゃるか」
「私は将とかそういうのは趣味じゃないんだ。戦場を駆け回っているのが好きなだけだ」
「まあ、登録して貰ったばかりだが、俺がいなくなったら管理者権限を付与出来るのはあなた……と一応シャッテン……だけだから、あなたが残るのは妥当かもな」
「――レーグネン! そういうどっちが残ってもどうでも良い、みたいな態度はよせ」
「俺は行く。誰かが残る。これは決定事項だ」
「あ、じゃあ私が残るんで、皆さんお気兼ねなくいってきてください」
「おい! シャッテンに残らせたくなくば、どちらか残れ! これに今後の魔王領を任せる気か!?」
乱入したシャッテンを餌に、レーグネンが宣言した。
顔を見合わせたアイゼンと副団長が、ぼそぼそと相談を始める。
「……どうする」
「アイゼン将軍は、譲るおつもりはないのですか?」
「ない。……仕方ない。コインでも投げるか」
「ちょっとぉ!? 何で私が今後の魔王領を牛耳っちゃダメなんですか!」
激高するシャッテンに向けて、全員の冷静な視線が集まる。
代表するように、レーグネンが口を開いた。
「そもそもあなた、本気で魔王領を管理するつもりあるのか?」
「全員、私の子どもたちにしちゃえば良いんじゃないですか?」
一瞬の沈黙の後、アイゼンの投げたコインに対し、副団長は小さな声で「表」と囁いたのだった。
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オレの目の前を、アイゼンのふかふかの尻尾が、どことなく嬉しげに振れている。
手の上のコインが裏を示しているのを見て、微笑みを浮かべられるフルートも、我が妹ながら奇特な方だと思う。
「お前、止めなくて良かったのか?」
「アイちゃんが行くんだもの。わたしも行くよ。それに――」
フルートの太い腕が、オレの肩を叩く。
「――ぅお兄ちゃまも行くんだもの」
向けられた笑顔がどうしようもなく眩しくて、思わず顔を逸らした。
逸らしてから、必死に何かを言おうと探して、結局はつまらない返事を残す。
「……オレもだよ」
「知ってるよー!」
笑いながら、フルートはオレの横を駆け抜けて、アイゼンの方へと向かっていった。
その背中を見ながら、後ろからシャッテンがつまらなそうにぼやく。
「……私は残りますってあれほど言ったのに」
「まあ、お前さんの場合はあの発言が決め手だったな」
「シャッテンだけは、残しては死なぬと決意したぞ」
「え、そうです……? うふふふふ……そこまで言われちゃあ仕方ありませんねぇ」
レーグネンの言葉に何やら嬉しそうに返しているが、多分そういう意味じゃない。
しかし、誰もシャッテンにそのことを教える者はいなかった。
最終的にリナリアや騎士団長を外に置いて、この6人で突入することになった。
戦力としては非常に頼もしい――はずなのだが、残念なことに、その力を振るう機会は思っていたよりも少ない。
「……どうも静かだな。朱雀兵がいない訳ではないが、もっといても良さそうなものだ」
前を歩くアイゼンが、飛び出てきた朱雀兵をその爪の一閃で斬り伏せてからぼやいた。
先程から、行く手を阻むものに時折出会いはするのだが、魔王領全土に広がっていたという程の戦力とは思えない。
朱雀将軍と共に襲ってきた人面鳥兵達を含めて考えても、少なすぎる。
警戒しながらじりじりと進むオレ達に、レーグネンが後ろから指示を出す。
「管制室――俺の部屋へ行こう。王弟ドラートがいるとしたら、そこしかあるまい」
「分かった」
頷いたアイゼンに向けて、レーグネンは微笑みを浮かべた。視線が間にいるオレを捉えた途端、淡い微笑は消え失せたが。
表情を消したレーグネンが歩く速度をあげ、オレの脇をすり抜けていく。
一瞬だけ、長い銀髪がオレの腕を掠めたが――そんな感触はすぐ空気に溶けて、消えた。




