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18 一意的な方針

 再び飛竜騎士(副団長)に跨り、今度こそシャッテンと朱雀が戦っているはずの方へと飛ぶ。

 フルートとアイゼンはそのまま2人残してきた。

 意識を取り戻したばかりで戦いにまた赴くのは難しいだろうし、そもそも……2人きりにしてやりたい。今は。

 

 崖を飛び越えたところで、白い砂浜の上にそびえ立ついわおのような玄武の甲羅が最初に見えた。

 玄武の下、伸し掛かられた朱雀が、悲痛な声を上げて掻き消えていく。

 ――更にその脇で、迫りくる炎からぎりぎりで逃げ惑っているシャッテンと、シャッテンの動きが進路を塞いで、上手くグルートに攻撃を仕掛けられずにイライラしているグリューンがいた。


「ああっやっと来た! レーグネン! ちょ、ちょっと早く! 助けて! これヤバイ! です!」

「お前さん、もうちょっとその予想外の動きを……あ、クソ! 邪魔なんだよ!」

「あわわわわ! 燃えるぅ!」


 グルートの飛ばしてくる炎を不思議な動きで躱しながら、シャッテンが声をかけてくる。その避けた動きで足を踏まれて、グリューンが腹立たしげに白い砂を蹴り上げた。

 砂で勢いの減じた炎を見て、シャッテンが魔術を放つ。


「ナイスですよグリューン! 『土壁レームヴェンデ』!」


 舞い散る砂が、そのまま壁になり炎を完全に食い止める。

 ほっと息をついて本格的にこちらを見上げ、手を振るシャッテン。


「さあ、早く降りてきてください。私はもう疲れましたよー。交代の時間ですよー」


 あんたさっき、自分に任せとけとか言ってなかったっけ……?

 そこはかとない疑問はしかし、乗っていた飛竜が真横にスライドしたことで、口に出す前に飲み込まざるを得なかった。

 広げた羽の間ぎりぎりを炎が通り抜ける。

 シャッテンの言葉で、グルートもまた上空のこちらに気付いたらしい。


「――きたか、魔王!」


 言葉と共に片手を振って、炎を纏わせた。

 前方のレーグネンが、地面の近付いてきたタイミングを見計らって声をかけてくる。


「行くぞ、ヴェレ」


 無言で応え、レーグネンの身体を脇に抱えた。

 飛竜騎士がぎりぎりまで高度を落としてくれるのを待ち、その背を跳び下りる。


「主様、ヴェレ――待って、わたくしも……!」


 背後からリナリアの声が聞こえたが、落下を止めることは出来ない。リナリアの声が細く遠ざかっていくのを背中に聞きながら、砂浜に両足をついた。

 上手く着地したところに、ちょうど真横からグルートの炎が放たれる。

 レーグネンを抱えたまま走り、炎の軌跡から身体を外す。


「おい……っ!? そういう持ち方はないんじゃないか!?」

「黙れ、舌噛むぞ」

「そう思うなら手を離せ、バキゃっ……ぅ……」

「だから言ったのに」


 丁度良いタイミングで、見事に朱雀を踏み潰して消滅させた玄武の脇に寄った。その甲羅の影に、レーグネンを下ろす。

 両手で口を押さえたまま恨みがましい目で見上げてくる頭を宥めるように撫でてから、オレは玄武の後ろを炎の方へと飛び出した。

 事前にリナリアが、アイゼンから回収してくれていた剣を再び抜き放ち、グルートへと向かって斬りかかる。

 レーグネンとシャッテンにトドメは任せよう。後方支援を受けながら、オレが時間を稼ぐのだ。

 打ち合わせなどなくても、レーグネンはオレの考えていることを理解しているだろうと確信していた。飛び出したオレに向けて、レーグネンもまた何も言わなかったのがその証拠だ。


「シャッテン!」


 声をかけながら横を駆け抜け、朱雀将軍グルートに向かって踏み込んだ。

 斬り下ろした剣を、直前でグルートの抜いた刃が止める。

 燃えるような赤い短髪が目の前でちりちりと揺らめいた。

 憎しみのこもった瞳と睨み合って――背中に気の抜けた声が聞こえてくる。


「あぁ、ヴェレじゃないですか! やー、助かりました。あ、じゃあ、私はこれで……」

「おい! 何堂々と帰ろうとしてるんだ、ヴェレを助けてやれよ!」

「そう言われましてもね、グリューン。そろそろ魔力もすっからかんですし。レーグネンもいるから多分大丈夫だと思うんですよ」

「勝手に思ってろ、おれは行くぞ!」

「――シャッテン! 貴様、逃がすか!」


 一番先にキレたのは他の誰でもない、グルートだった。

 オレの腕を掠めて飛ばされた炎が、シャッテンとグリューンの方へ迫る。

 駆け出しかけていたグリューンを、あわあわと動くシャッテンは不用意に突き飛ばし、こんがらがってコケた頭上を炎が虚しく通り過ぎていった。


 グルートの眉が苛立ちで跳ね上がる。

 うまいことその瞬間を狙って、オレの背後からレーグネンの雷が飛び込んできた。


「――『艶冶なる我が下僕、清浄なる碧空の覇者――青龍よ、疾走はしれ』!」

「――くっ!?」


 危ういところで身を捻ったグルートの、空いた横腹に真横から剣を叩き込む。


「がああぁああっ!」


 苦鳴が響く――が、浅い。

 剣の動きに合わせて自ら横に跳んだのだろう。手応えで、傷が深くないことは分かっていた。

 勢いのまま砂浜を転がったグルートの真横に、こちらへ向かっていた玄武の巨大な柱のような太い足が突き立っている。

 その足がのっそりと持ち上がっていることに気付いて、グルートが慌てて起き上がろうと藻掻いて――その肩に何かがひっかかって地面に引き戻された。

 砂浜から突き出ているのは、尖った爪のついた羽――


「――人面鳥兵ハルピュイア!」


 叫んだグルートの顔色が変わる。

 先程までグルートの手先となって上空を飛び回っていた人面鳥兵ハルピュイアの爪が、今はグルート本人に向けられていた。

 いつの間にかオレの真横まで歩み寄ってきていたシャッテンが、低く掠れた声で、小さく笑う。


「生命を弄ぶものは、いつか生命によって報いを受けるのですよ。……私も含めて、ね」


 肩に、足に、横腹に、手首に――外しても外しても、砂の中から次々に突き出される人面鳥兵達ハルピュイアイの羽先に動きを阻まれて、グルートは起き上がれないまま藻掻いている。

 その身体にかざされた玄武の巨大な足底が、じりじりとグルートの真上に下りてくる。


「――クソがぁ! 何故だ、俺は、俺達ニンゲンは! 実験室で造り出された愚かな薄汚い種族とは違う! 宇宙そらを超える前から保ち続けたこの血脈をもって、いつかそこに第二の母星ちきゅうを生み出すことを使命としているのだ! 我々は偉大なる神の手により、唯一自然発生した高度な知的生命体の――」


 ぶつり、と玄武の足が地についたところで、言葉が途切れた。

 グルートの声が聞こえなくなり、途端に静寂が辺りを支配した。

 砂浜にじわりと赤が滲む。

 背後から砂浜を歩み寄ってくるレーグネンの軽い足音だけが耳に響いた。


「……終わった、か」


 柔らかい声が囁くと同時に、背中に寄り添ってくる温かさを感じる。

 オレは息を吐き、剣を振ると腰の鞘へと戻した。

 横で、シャッテンがやれやれと首を振っている。


「後は王国の王弟殿から魔王城を奪還すれば終わり、ですか。アイゼンが血迷ったときはどうなるものかと思いましたが、存外楽にいきましたねぇ、レーグネン」


 オレの背中にもたれかかったレーグネンに向かい、肩を竦めて見せる。

 背中を角が擦った感触で、レーグネンがシャッテンの方へ顔を向けたのが分かった。


「……あなた、随分ぎゃーぎゃーとみっともなく騒いでおったが、結局はトドメを刺すだけの余裕があった訳か? ならば、もっと早く人面鳥兵ハルピュイアのゾンビどもを使えば良かったのに」


 拗ねたような声は、何だかんだ言って幾分かは本気で心配していたためだろう。

 見れば、砂浜の向こうでグリューンは呆れたような顔をしている。その表情からはグリューンがシャッテンの策を知っていたかどうかまでは分からないが……まあ、こういうこともあるだろう、くらいには思っていそうだ。

 が、シャッテン本人はそんな非難の視線もどこ吹く風の様子で唇を歪めた。


「私がらなきゃ、どうせ今のあなたには出来ないでしょう? レーグネン」

「そんなことはない」

「いいえ、ありますとも。我が敬愛する魔王陛下。あなたは慈愛深きこと限りなく、その愛は自らに背くものにすら注がれる。だからこそ人族達に王国の成立を許したのでしょう? 反逆の一族を始末するに、根絶やしにするではなく、追放という手段を選んだが故に」

「……知るか。今の俺は、もう魔王ではない」


 レーグネンの答える声は小さかった。

 シャッテンの笑う声が被せられる。


「ははっそうですね、あなたが魔王のままだったらこうまでおかしな問題にはならなかったでしょうねぇ。どうせほら、アレでしょ? まだ言ってないんでしょ? そこの愛玩動物くんには」

「……何をだ。ヴェレは俺の婚約者だ。我が1千の生を全て言を尽くして語ったとは言わぬが、自らあえて秘することなどは何も――」

「――ソレですよ、その婚約者(・・・・・)ってヤツ」


 シャッテンの青白い指が、つまらなそうにレーグネンを指した。

 オレの背中で、一瞬、息を呑む音が聞こえる。

 「待て」と呟く声を無視して、シャッテンは言葉を続けた。


あなた方(・・・・)の研究は生殖能力の復帰。まさか自分達の交配を試すつもりだなんて知りもしませんでしたが……ある程度はまあ、予測はついてましたよ。グルートや王国民ら人族との交配も、その実験の中に入っていたんでしょう? 試したかったんでしょう? 未だ生殖能力を維持した種の中で、あなた方と交配可能な種となると、選択肢は少ないですもんねぇ」

「…………」


 レーグネンの答えはない。


「となればあなた、自分の身体を検体として供することを忌避しない程に研究バカであるレーグネンにとっては、今回の出会いはまたとない良い実験の機会でしょうね。――このせかいの原住異種との交配によって、生殖能力は戻るのか、なんて」


 オレに言われているワケでもないのに、何故か背筋に冷たいものが押し付けられたような気がするのが不思議だった。

 そこには、レーグネンの温かい身体があるはずなのに。

 レーグネンが何のつもりであろうが、オレには何の関係もないはずなのに――。

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