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17 一部分の瑕疵

「アイゼン……!」


 飛竜を飛び降りたレーグネンが駆け寄った先には、白虎将軍が横たわっていた。


「あっ! ……ぅぅぅぉお兄ちゃまーあぁっ!」


 入れ替わるように、アイゼンの隣に膝を突いていたフルートが、オレの胸に飛び込んでくる。

 飛竜を降りたばかりの不安定なところにタックルを食らう形になったが、何とかバランスを戻して踏みとどまった。


「ぅうぉ兄ちゃま……!」


 涙でぐちゃぐちゃの顔に問うのは、少しばかり恐ろしい。

 だが、聞かずにいられるワケもない。


「フルート、アイゼンは……?」


 腹を決めて「無事か」と問えば、フルートは涙で詰まった声で頷いた。


「生き……生きてる……っ!」

「……そうか!」


 生きているなら何とでもなる。

 オレが言うんだから、本当だ。

 だが……「じゃあ、何でそんなに泣いてるんだ」とは余計な言だろう。

 咄嗟に浮かんだオレの思いなぞ、所詮は他人の感想で、置いていかれそうになったフルートからすれば、そう簡単に割り切れることではない。


「ねぇ、アイちゃ……アイちゃんはぁ……っ、何で……あんな……っ」


 泣きながら体重をかけてくるフルートの身体を支える(重い)。そのまま、ざりざりと足先を地面に引きずって、横たわっているアイゼンとその傍に跪くレーグネンの方へと向かった。


「何だ、ガラにもなく落ち込んで。『私という者がありながら』……とでも言うつもりか? お前らしくない」

「ぅお兄ちゃまのバカっ! しょんなこと言うわけないぢゃない……っ! でも、何でばだぢ気付かながっだながっでぞでがだざげだぐで……!」

「何言ってるのか分からん」


 鼻水が垂れて、我が妹ながらちょっと見れた顔じゃなくなっている。

 我が妹であるが故に前後の文脈から「そんなに悩んでいることにどうして気付いてあげられなかったのかしら」みたいなことを言っているのだと予想はつくのだが。

 顔を拭いてやりたくとも、生憎ハンカチーフなんて洒落たものは持っていない。

 仕方なくそのまま引きずってレーグネンの横に立った。


「レーグネン、アイゼンはどうだ?」

「うん……リナリアがうまく怪我を塞いだようだ。まだ意識は戻っていないが、呼吸も安定しているし――」

「――いや、起きているよ」


 ぼそり、と下から掠れた声がした。


「――ぅアイぢゃんっ!」


 べったりともたれていたオレを突き放して、フルートがアイゼンの頭の横にしゃがみ込む。


「大丈夫!? どこも痛くない!?」

「ああ、ルーか。大丈夫だ。……どうやら死ねなかったようだな」


 乾いたアイゼンの唇が音を出さぬまま、確かに「レーグネン」と名を呼んだ。

 レーグネンは、答えようと一瞬首を傾げたが、すぐに呼ばれたのは己ではないと気付きふと視線をそらす。

 フルートが声を殺して涙を流し始めた。


 湿っぽい空気が周囲を取り巻く。

 オレはと言えば、目の前で繰り広げられる光景全てに、イラッとしていた。


 苛立った理由は分かっている。

 アイゼンが何もかも諦めているからだ。

 そんなどこも見てないような……折角の黄金の瞳を濁らせて。

 ――まだ、生きていると言うのに。


「……おい、あんた」


 足で突いてやろうかと思ったが、いくら魔術で塞がっていても、さすがに怪我人に乱暴を働くのは控えた。代わりに頭の上に顔を下ろして真上から視線を合わせる。


「……ヴェレか。君も無事だったか、良かったな」

「何を他人事みたいなこと言ってるんだ。あんたがオレを狙ったんだろう」

「まあな。だが……そこのレーグネン(・・・・・・・・)が君を守るなんてことは、分かりきってた。どうやっても私に勝ち目などなかったよ」


 勝ち目がないんじゃない。

 勝つ気がなかったんだろう?


 朱雀に情報をバラしたのも、オレを狙ったのも同じ理由だ。

 ただ……レーグネンに引導を渡して欲しいというそれだけで。

 人の気持ちを踏みにじるような行為だが、それでもレーグネンの手にかかりたかったのだ。

 そのことを、レーグネンもフルートも分かっていて……だからこそ何も言えない。


 フルートなんか……見ろ。涙ガマンし過ぎて額にシワが寄ってるぞ? 鼻水垂れてるしすごい顔になってる……まるで小鬼ゴブリンだ。

 オレの可愛い(マッチョ)妹に小鬼ゴブリン顔をさせるヤツなんぞ、心底気に食わない。

 だから、眉を釣り上げて見下ろした。


「アイゼン、オレは心から残念だよ。あんたがあのまま死ななかったことがな」

「……何を言う?」


 あんたは何もかも諦めてるから、将来この世界がどうなろうと気にならないなんて思いこんでいるのかも知れないが――そんなワケがない。

 だって、あんたはまだ生きてるんだから。


「――もし上手いこと死んでたら、どうなってたか教えてやろうか」

「どうなってたか、だと?」


 金色が、真上のオレに少しだけ焦点を絞った。

 その視線を感じて、オレは唇を歪める。


「……まず、この女はオレのものにする。魔王だか青龍将軍だか知らんが、うまい具合にオレに惚れてるらしい。据え膳はありがたく頂くことにしてるんだ」


 言いながら、レーグネンの肩を抱き寄せる。

 引かれたレーグネン自身が、誰より先に目尻を釣り上げて何か言い返そうとしてきたので、咄嗟に唇を重ねて言葉を封じた。……封じたは良いが、そんなオレの後ろでフルートが「ぅお兄ちゃまサイテー!」とか言いつつ指の隙間からチラ見している。ちょっと鬱陶しい。今は黙ってろ。

 しばらくして唇を離すと、目を潤ませたレーグネンは、ほうとため息を吐いて大人しくなった。

 アイゼンから驚きと非難の混じった視線を受けながら、その隙に言葉を続ける。


「さて、次は妹だが――」

「ま、まさか貴様、幾ら魅力的と言っても、正真正銘血の繋がった妹まで手ごめにする気じゃ……」

「バカ! 可愛い妹に誰がそんなことする――何言ってんだ、可愛いとか言っても妹はそういう対象じゃなく……いや、そんなワケがなくもないが、それよりもほら、アレだ。えっと……あ、思い出した。誰かのとこに嫁に出そう。王弟ドラートとかに、和平の証とか何かそんな感じで」

「何を!? あんな性根の腐ったおっさんにルーを良いようにさせる気か……この鬼畜! 変態! 最低男!」


 がばっ、とアイゼンが勢い良く起き上がった。

 レーグネンの肩を抱いたままのオレの手を払い、掴みかかってくる。


「許さん、絶対に許さんぞ! 私という乙女の守護者がこの世にある限り、レーグネンのこともルーのことも、その毒牙にかけることは許さん! 特にルーは……あんな薄汚い男にやるくらいなら、例え獣人の……それも半死人のような女であったとしても、私と共にいる方が遥かにマシだろう!」

「……分かってんじゃねぇか。まあ、それはあんたがここで死んでたら、っていう仮定の話だ。生きてるなら、とりあえずはオレの思い通りには事は進まないってことだろ」


 良かったな、と呟いて、フルートの肩を叩いた。

 フルートは両目を見開いて、立ち上がったアイゼンを見詰め――その視線に気付いたアイゼンの手が、掴んでいたオレのシャツからゆっくりと落ちた。


「ルー……」

「……アイちゃん。そうだよ? アイちゃんが死んじゃったら、わたし、どうなっちゃうか分からないよ? レーグネンさんを追っかけるアイちゃんみたいに、わたしもアイちゃんを追っかけていっちゃうかも」

「いや、待て。ルー、違うんだ。それは……そういうのは良くない。だって私は……」

「わたしがダメなら、じゃあ、アイちゃんだってそういうのは良くないのよ……」

「だが……私の場合は、だって、もう辛くて仕方ないんだ。レーグネンが……ここにいるのはレーグネンであってレーグネンじゃないなんて……」


 アイゼンの言葉は何もかもめちゃくちゃで、その乱れ具合はさっきのオレと大体良いとこ勝負だった。理性で決めた答えじゃないから、全然うまく語れない。

 ただ圧倒的に悲しい気持ちだけが真実なのだろう。

 はらはらと涙の溢れる頬を両手で挟んで、フルートは正面から彼女の顔を覗き込む。


「……ねえ、アイちゃん。もっと教えて、その話。昔のレーグネンさんとアイちゃんの間に何があったのか。どうしてアイちゃんがこんなに寂しいと思ってるのか……私に教えて」

「でも……だがそれは……ルーよ、君には辛い話じゃないか。そういう昔の話は、嫉妬というか、ジェラシィというか――」


 だから口には出せずに、1人で抱え込んで爆発した。

 言いたいことは分かる。

 だが――覚えておけ、アイゼン。

 オレの妹は、そんな器の小さな女じゃない。


「あのね、アイちゃん。わたしはね、アイちゃんが好きなの」

「うん……でも、だからこそ――」

「――だから、わたし、アイちゃんが好きなものは全部ぜんぶ好きになるのよ。アイちゃんのこの金色の瞳を通して」

「ルー……」


 見詰め合った2人は、そのままゆっくりと腰を下ろす。


「ね、アイちゃん。全部教えて。あなたの目で見たことを。あなたの口で」

「うん……ルー」


 そっと頬を寄せ合う2人の横を、オレはしなだれかかってくるレーグネンを引きずって静かに離れた。


「すまなかった……」


 背中に、アイゼンの呟きが聞こえたような気がしたが、もう振り返りはしなかった。

 それにしても、行きも帰りも別の女を引きずって歩くことになるとは……もしかするとオレは本当に、アイゼンの言うとおり変態男なのだろうか……。


「……ぬし様」


 ため息混じりの冷たい声が頭上から降ってくる。

 夢見心地の顔でオレにもたれていたレーグネンが、はっと顔を上げて肩から離れた。


「――うむ、リナリア。留守番、ご苦労だったな」

「声が裏返ってます、主様」

「さあ、今度こそ行くぞ。シャッテンが心配なのだ」

「1ミリたりとも心配してないんだとは思いますが、まあ、そこは黙っておきましょうか」


 ふい、と視線を逸らせた緋色の女の表情に、嫉妬の色を見たのはオレだけだろうか……。

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