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11 一人前の伝心

 飛竜達は、この青海を渡るルートを完璧に頭に入れているようだった。

 青龍将軍の指示で、何度も繰り返し航行したのは事実らしい。


 普段であれば一昼夜で抜けられる距離だと言う。

 ただし、今回は騎乗する我々がいるのと、魔王領に到着した際の朱雀の待ち伏せを危惧しているのだそうだ。途中で何度も島に降り、休息を取っている。


「……待ち伏せされている、と考えるのか?」


 3日目の夕方、降り立った無人島で野営の準備をしながら、レーグネンに尋ねる。

 もしも待ち伏せされているというなら、わざわざ海路できた意味がない。陸路で敵地を攻めるのと何が違う。


「そう高い可能性ではない。されている、かも、というところだな。何せドラートの館で敗走を強いられたのは青龍将軍麾下の飛竜騎士のためなのだから、向こうとて海路を使うことくらいは想像に難くあるまい」


 枯れ枝を拾うオレの後ろを、特に何をするでもなくついてくる。

 どうせついてくるなら、手伝ってくれるとありがたいのだが。


「しかし、海路から来ると分かっていたとしても、魔王領から王国へ抜けるルートをグルートが特定するのは難しいと思うのだ。海路については我らに一日の長あり。海獣達も海のもの故、青龍将軍に従うものなれば、残る朱雀麾下の兵で迎え撃ってくる可能性があるのは人面鳥兵ハルピュイアイくらいか」


 手が動かない割に、口だけは良く回る。

 ある意味それがレーグネンの役割のようなものだし、手を動かさないのはいつものことなので何も言わずにおこうかと思ったが、振り向いたときのこちらの視線で勝手に何かを察したようだ。

 軽く唇を尖らせながら、そそくさと寄ってくる。


「……くっちゃべってないで、何か手伝えと言いたいのだろ」

「まだ何も言ってない」

「まだっていうことは言いたいのだろが。ヴェレの言いたいことなど、俺にはお見通しだ」


 拗ねた顔でそんなことを言われても、何故拗ねているのか分からない。


「……見通したのなら、素直に手伝ってくれたら良いだろう」

「ヴェレの言いたいことを見通していたとしても、俺には何をどう手伝えば良いのか分からんのだ。昨日も一昨日も木の枝を拾って燃やしていたが、それは何か意味があるのか?」

「意味なぁ……」


 ……予想していたより、だいぶ手前から説明が必要だったようだ。

 実戦より理論から入るタイプなのかもしれない。


「暖を取る、調理する……あとは、野生の獣避けにもなる。この辺りはまだ魔王領から離れているし、敵に見つかる可能性がないなら、焚かないより焚いた方が良いだろう」

「暖を取るなら、抱き合って眠ればそれで良くないか? あなた自分で分かっているか知らんが、相当体温が高いぞ? でかいしぎゅってするし、夜中に背中が熱くて困るくらいだ」

「知らん」

「もうちょっとこう……ひんやりできんか?」

「知らん!」


 自分の体温など、自分で分かるワケがない。ましてや調節など出来るものか。

 腕の中に抱え込んだときの柔らかい感触を思い出したので、何となく誤魔化すように拾った枝を振った。


「そもそもそれじゃ、あんたは良くてもオレは寒いだろ」

「そうか。なら手伝ってやっても良いが……どういうのを拾えば良いのだ? 見ていると、枝なら何でも拾っている訳でもなさそうだし。何か基準があるのか? 形か? 種類か?」


 何も知らない割に、オレが枝を選んで拾っていることには気付いているのだから、目敏いと言うか何と言うか。最終的にはそのちょっと不安そうな上目遣いがあざといとでも言ってやろうか。

 単純によく乾いて燃えやすそうなものを拾っているだけなのだが、この集団行動の途中でそんなことが出来るワケもないのに、偉そうな態度で閨を仄めかすようなことを言うから、ちょっとばかりからかってやりたくなった。


「そうだな、手伝うなら葉が良く茂っていて重そうなヤツを拾ってくれ。できれば青々としているもの。葉の部分はよく燃えるから。それに重いということはそれだけ燃料が詰まっているということだから――」

「――それ、ウソだろう」


 言葉の途中で遮られ、呆れた顔で睨まれた。

 ……何故バレた。


「あなた、今、何でバレたか不思議に思ってるだろう」

「何故分かったんだ」

「顔を見れば分かる」


 あっさり言い切られ、そんなバカなと否定しようとして――ふと、思い付いた。

 もしも、本当に顔を見てバレてるなら、オレがここまで青龍の上で考えていたあれやこれやも、もしかして全部バレているのだろうか。

 腹の前にレーグネンの細い背中を置いた状態で、目の前にさらけ出された白いうなじに歯を立ててやりたいとか、揺れたふりして手をあててやろうとか、脇腹を撫でると知らない振りをしながらも微かに震えた背中にこちらも昂ぶったとか……。


「――俺が当ててやろうか?」

「……何を」

「今、何やらエロいことを考えておるだろう」


 完全にバレていた。マズい。

 逸らした視線を追いかけるように、レーグネンが顔を覗き込んでくる。


「何だか、最近あなたの表情が読めるようになったのだ」

「……」

「――と、いうのは半分ウソだが」

「……ウソか」

「半分はな。あなた、ウソついたり本当のことを言おうとして、緊張してるときは口数が多くなるの、気付いていたか?」

「口数が多い?」


 どうだろう、そうだろうか。

 言われて思い返してみると、心当たりがなくもないような。しかし。


「しかし、ウソをつくときも本当のことを言う時もそれでは、ウソか本当か分からないだろう」

「そこんところは嫁の勘だな。顔を見ればどっちかは分かる」


 最終的には表情で判断されているらしい。

 とりあえず、必要以上には読まれてないようなので、安堵の息をついてから、覗き込んでくる瞳にまっすぐ相対した。


「奇遇だな。オレも最近あんたの考えてることが読めるような気がするんだ」

「ほう、では当ててみせろ」


 楽しそうに歪んだ唇に、黙って自分の唇を重ねる。

 しばらくして身体を離すと、拗ねたように睨まれた。


「……俺はそんなこと考えてなかったぞ」

「オレがしたかっただけだ」


 みるみる内に赤く染まっていく頬を見ながら、よっしゃ勝った、と心の中で快哉を叫ぶ。

 コレとの付き合いは、どうも勝ち負けを意識せずにはいられない。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 枝を抱えて飛竜達がのんびりと草をんでいるところへ戻ってくると、草原の反対側から同じように枝を抱えたアイゼンと我が妹がやってきた。

 仲良く半分ずつ枝を分け合って、空いた片手で手を繋いでいる。

 どれだけ仲が良いのだろう、この2人。


「ぅお兄ちゃま! レーグネンさん!」


 こちらに気付いたフルートが、笑顔を浮かべ、枝を握った手を頭上で振った。

 軽く頷き返すと、澄ました顔のアイゼンが寄ってくる。


「今夜はここらで野営としようか。君達は2人きりになりたいと言うかもしれないが、こんな時だから我慢してくれ」

「それはあんたらだろう。戻ってくるときまで、こうして手を繋いで」


 見せ付けるつもりか、と続ける前にフルートの太い腕にばっこんばっこん殴られた。


「きゃー! ぅお兄ちゃまったら!」

「痛……っ! 待て、フルート――痛い!」

「そっちだってずっといちゃいちゃしてる癖にぃ! もう!」

「痛い! やめろ、フルート! 痛いって言ってるだろ、枝が刺さる!」


 照れ隠しに暴れまわるフルートの手を、抱き寄せるようにそっとアイゼンが止めた。


「落ち着け、ルーよ。こういうときはな、誰だっていちゃいちゃ(・・・・・・)するのが当たり前なんだ」

「だってぇ、アイちゃん!」

「ルーは、こうしていくさに赴くのは初めてかも知れないが、戦いの前は大切な人といたくなるものだ。……私には分かるから」


 ふとアイゼンの視線がフルートから外されて、海の向こうへ向けられる。

 どこか昏い瞳は、今までに重ねられた死を思っているのだろうか。

 どこへともなく向けられていた黄金は、心配げなフルートの視線を受けて、ゆっくりと細められた。


「アイちゃん……」

「間もなく自分が終わるかも知れない。それはその覚悟を持って臨むにしても、大変な恐怖だよ。自分を失う方が大切な人を失うよりはマシなのかも知れないけれど、ね」

「アイちゃん? アイちゃんは、死んだりしないわよね……」


 不穏な物言いに、縋り付くような声でフルートがその手を取った。

 握った手は、そっと上から包み込むように外される。

 その一瞬の不安の後に、アイゼンは頷き返した。


「もちろんだよ、ルー。私は死なない。だが、長い時間の中に死を捨てた我らでさえそうなのだから、いわんや命短き人族をや……だろ、レーグネン?」


 話を振られたレーグネンの方は、徹頭徹尾そっぽを向いたまま聞こえなかったフリをしていた。

 その態度だけで、レーグネンが何と答えたいのか、分かったような気がする。耳元に囁きかけた。


「……そんなことを改めて言われずとも、勝手にいちゃつくから放っておけ――とでも言うか?」

「!? 何故分かった!」


 弾かれるようにオレの方を振り向いた顔が本気で驚いていたので、思わず苦笑してしまった。

 なるほど。言わずとも分かるとは、こういうことか。

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