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7 一元化の願い

 噛み合わないレーグネンとアイゼンの会話を聞きながら、もうこんなアホは置いておいて1人で王宮に向かおうかと考えている内に、目的の人物が向こう側からやってきた。

 王室騎士団の副団長を連れたシャルム王子だ。

 略式の式服を纏った姿に目を留めて、レーグネンが皮肉に笑う。


「おや、大仰な」

「どうも私の見立てでは、あなたは緊張感に欠けるように思いまして。父が動けない今、肩書は王子とは言え、一国の代表が対するのだと分かって頂きたいと」


 胸を張るシャルムの横で、副団長がこっそりとため息をついている。

 こういうあからさまな威圧があまり好きではないタイプなのだろう。立場も所属も違うので、シャルム絡みで見かける程度しかしていない相手だが、話してみればなかなか気が合うのかもしれない。


「なるほどなぁ。しかし、旅先故にこちらは着替えの用意もないぞ。魔王城に帰れば、巷のイメージを壊さぬように、期待にそぐう露出度の高い衣装も置いてあるのだが。非礼を許しておくれ」


 言葉は一見下手に出ているように聞こえるが、両手で胸元を強調しながら上目遣いに見上げれば、それは『どうせそーゆーのを期待してたのであろ』という心の声が聞こえるようだ。


「……そういう期待ではありません」

「そうだな。そーゆー期待をしているのは、あなたではない。我が夫の方よな」

「夫? 魔王陛下に王配がいたとは初耳ですが」

いた(・・)のではない。これからできる(・・・)のだ」

「ちょ、それってまさか……!」


 慌てる様子のシャルムに対し、レーグネンが勝ち誇った笑いを浮かべる。

 勝敗の判定が全く分からないが、この勝負はどうやらレーグネンの勝ちらしい。

 オレと同じく意味が分からない顔をしていたアイゼンが、レーグネンの後ろから割り込んだ。


「何言ってるんだ、君は。魔王陛下は華美な衣装はお嫌いだったし、レーグネンはいつもその白いローブ一着だっただろう。自動で汚れも落ちるし機能的、とか言っていたがただの無精じゃないのか。露出度の高い衣装など、戦場で何の役に立つか」

「――ちょ、アイゼン! それは今言わなくて良い!」

「……何だ。はったりですか」

「そもそも、君は魔王じゃないから、魔王は辞めるんだろう? 魔王城の設備と宝物庫は君の自由にはならないぞ」

「魔王じゃないってどういうことですか……?」

「あー! アイゼン! それ、今言ったらややこしくなるだろが!」

「言われたくないなら、先に口止めしておくべきだったな。半分以上レーグネンな君が陛下のフリをして、魔王陛下の名声を貶めるのを黙認するより余程マシだ」

「そうは言ってもだなぁ……」

「ちょっと! 何がどうなってるんですか!?」


 割り込むように歩を進めてくるシャルムに向けて、レーグネンはそっとため息をつく。


「……一から説明するのは面倒なのだ」

「面倒がってないで、きちんとしたまえ。君のそういう態度を許してくれる存在は限られているのだから」


 アイゼンの言葉を受けて、レーグネンがちらりとこちらを向く。

 何故か視線が合ったので、オレは黙って肩を竦めておいた。


 ――かくして、かつての王弟ドラートの館は、そこで流された血や焦げ跡を隠す間もなく、レーグネンとシャルムの会談の場となった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 アイゼンが後から呼んできたシャッテンも加わり会談が始まった。

 場所は昨日の客間だが、今日のオレは扉のこちらで待機だ。シャルムの誘いを断り、今回は会談への参加は見送っている。

 北の民はまだ、現状を認識した上で、行く末を決める意思決定が出来ていない。昨夜のこともあるし、今のオレには北の民を代表して何かを語るつもりもない。

 一族と――特に、フルートや父と話をしなければ。


 オレをこちら側に置いたまま、リナリアがゆっくりと扉を閉める。

 物音1つ漏れ聞こえない部屋の中、会談は厳かに始まったらしい――が、その数分後に、シャッテンだけが扉の向こうから叩き出されてきた。うるさかったようだ。

 締め出された会談に心残りが有る様子も見せず、シャッテンはオレの前にある椅子に勝手に腰掛け、自分の両手をわきわきと動かした。


「……レーグネン、あいつ本当に魔王陛下の身体してるじゃないですか」


 その手の動きが示しているものが何なのか、問い質したいような、スルーしたいような。

 2人きりしかいない静かな室内で、相方の言葉を無視するのもややこしい。しばし考えてから、オレはそちらを見ないまま答えを返した。


「その表現は正確ではないように思う。本人が言うには、あれはレーグネンと魔王が混ざって失われた存在だと」

「まあ、そうなのかも知れないですけど、あの性格のベースは8割方レーグネンですからね。レーグネンとして扱うのが妥当でしょう、ちょっとばかり前よりも甘ったれてる感じはありますが。逆に外見のベースは魔王陛下が大きいような気がしますねぇ……羨ましい」


 わきわき動く自分の手先を見つめたまま、本気なのか冗談なのか分からない言葉が返ってくる。

 その無心な様子を見ていると、あれだけ「魔王陛下」に心酔していたはずのシャッテンよりも、アイゼンの方が余程ショックが大きいように思えたので、ひとこと言ってやりたくなった。


「貴公は魔王という存在の消失について、大した感慨がないようだが」


 シャッテンは、こちらを向かなかった。


「……んなこたありません、寂しいですよ、途方もなく。でも、それが本人の選択の結果なら仕方ないでしょう。終わったことは覆りませんし、生きとし生ける者は皆死ぬんですから」

「しかし、魔物達は千年前から死なずに複製を繰り返しているのだろう」

「まあ……いつも通り複製した身体に記憶と意識を上手く移せていたとしても、そもそもその魔王陛下は本当に元の魔王陛下で、ここまでの魔王陛下は全て連続したものなのかっていう疑問もありますからねぇ」


 シャッテンは笑いもせずに、ようやくオレの方へと目を上げた。

 指先の動きは止まっている。


「あなた、どう思います? 複製に意識を移すことで、私たちは永遠を生きられるのだと思います?」


 予想外に問い返されて、オレは一瞬言葉に詰まる。

 実際に複製を比べたことのないオレは、その答えを持たなかった。


「……だが、移ってきた魔物達は連続していると感じているのだろう? だからこそ繰り返されていたのではないのか?」

「……私は死霊使い(ネクロマンサー)なのでね。死は誰にも等しく訪れる絶対だということの方を信じているんです。連続してると思ってるのは本人だけで、新しい身体はいつだって新しい生命です。記憶を継ごうが、意識を継ごうが……だから、私の記憶では、魔王陛下はもう何度も死んでいて、その度に私は新しい魔王陛下に忠誠を誓っているんですよ。繰り返される毎、永遠なのはその誓いだけなんです」


 多分、魔王領でもそれは特異な考え方なのではないだろうか。そうでなければ、アイゼンやレーグネンが千年の孤独を抱えて尚、複製を作り続けるはずもない。

 だが、特異であっても真摯なシャッテンの思考を否定できるだけの持ち合わせもまた、今のオレにはない。

 少しだけ考えて、再び問い直す。


「……では、玄武将軍殿は、此度こそ、如何いかにするおつもりだ。アレを新しい魔王として戴くか?」

「ああ、ねぇ……。本人にそのつもりがないんじゃ、ちょっと厳しいですよねぇ。私の敬愛する魔王陛下の片鱗はおっぱいにしかない訳ですし。……あ、いや。そこは大事なとこですから、ないよりよっぽどマシなんですけども。ああ、おっぱい引き継いでるんだから、アリっちゃアリかもですね」

「アリなのか……」


 真摯だと思ったオレがバカだった。

 まあ、おっぱ――胸部の膨らみの大切さ、その柔らかさがどのように精神に肯定的な作用をもたらすかについては、昨晩既に実体験済みなので否定するつもりはない。


「問題はアレですよ、時々レーグネンの身体になっちゃうことです。おっぱいなくなっちゃうんですよ。本人は制御出来ないなんて言ってましたが、さっきも早速おっぱい萎ませやがって、腹立って怒鳴ったくらいで追い出すなんて非道な……」

「……なるほど。それで」


 では、室内のレーグネンは今、青龍将軍の姿をしているのだろう。

 頷いたが、既にシャッテンは聞いていない様子で独り言を続けている。


「まあ、アレが本人の意思じゃないっていうのはたぶん真実なんでしょうね。傍目で見てて思いました。前に会った時にはまだ子どもだったのも、同じ理由だと思いますけど……」

「――あんた、アレの理由が分かるのか!?」


 変化の理由が分かるなら、本人に制御させることも可能かもしれない。

 嫁だなんだという話が出た段階で、そこはかとなく不安だった問題を解決できそうな気がして、つい勢いこんで肩を掴んだ。

 シャッテンがきょとんとした目でこちらを見る。


「え? 最初子どもだった理由ですか? まだ成長してる途中だったからじゃないですか?」

「ち、違う! 男と女と――何故切り替わってるのか、ってことだ!」


 うっかりタメ口になってしまったが、こればっかりはオレは悪くないと思う。

 気になるものは気になるのだ。

 それも……もしかしたら、アレを娶らなきゃいけないかもって、期待と言うか不安と言うかまあ……悪くない未来を描こうとしている情況なら、誰だってそうだと思うんだよ。多分。

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