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6 一辺倒の言い分

「こちらから攻め込もう」


 朝っぱらから出会い頭に宣言されて、さすがのアイゼンも言葉が咄嗟に出てこないらしい。

 ドラートの館の前、様子を見に来た彼女ははじめは沈んだ空気を纏っていた。無理もない、心の拠り所であった主と友を一度に喪ったようなものなのだから。

 しかし、アイゼンの姿を窓越しに見付けて迎えに出てきたレーグネンの方は、そんなことお構いなしに唐突だ。何やら昨日よりも肌がつやつやしているくらいだし。

 その頬を朝日に輝かせて、レーグネンは更に踏み込んだ。


「魔王領にはまだ、『我が』臣民が残っている。朱雀1人の思うようにさせる訳にはいかぬ。魔王城に置いてある『乗り移り』の魔術の触媒を、彼らが大人しく使わせてくれるとは思えぬし」

「……あれがなくては、我らは滅びるしかないでしょう」

「そうだ、そしてそれは俺の本意ではない」


 そもそもレーグネンは、魔物達の世の存続を強く願った結果、こんなことになったワケだ。

 それなのに、『乗り移り』とやらが使えなければ本末転倒だ。


「しかし……」


 口ごもるアイゼンは、何と呼びかけたものか迷っているらしい。

 見た目は魔王の姿をしているが、中身の傲慢さはかつてのレーグネンの思考パターンを引いているように思われる。それでいてそのどちらでもないという状況が、アイゼンを戸惑わせているのだろう。

 しばらく空を見上げて黙りこくったアイゼンが、再びレーグネンに視線を合わせてため息をついた。


「我々は、あなたの存在を如何どう捉えるべきか悩んでいる」

「悩む必要があるか? 愛らしくも勇敢な味方が増えたと思っておけ」

「……そうはいかない。魔王陛下の存在なくして、我らはこの後、如何いかに生きれば良いんだ。あなたには、今まで通り我らのあるじとして――」

「――アイゼン」


 レーグネンの声色が変わった。

 どこかふざけた様子が消えて、紅の瞳が鋭く尖る。


「俺に『魔王』の働きを期待するのは止めておけ。彼女は我ら魔族の母にして偉大なる永遠の王、しかしこの世には既に存在せぬ。今の俺は『青龍将軍』とも言えぬ状態だが、『魔王』であるなどとは尚のこと論外だ。あの底抜けなお人好しが世に2人あってたまるかよ」

「しかし、レーグネン――」

「――まだしも、その呼び名の方がしっくりくる。生まれ(・・・)てよりこの方、その名で呼び続けられてきた故に」

「――君はそれで良いのか!? だってそれじゃ……魔王領を朱雀どもから取り戻したとしても――その後、君はどうするつもりなんだ……」


 項垂れる狼人ヴェアヴォルフの背で、尻尾の先がしょんぼりと地に触れた。

 受け容れ難い存在でもあるが、かつての主と友の成れの果てであることも事実であり、その行く末は彼女にとって非常に気になるものではあるのだろう。

 が、対峙するレーグネンは呑気なものだ。


「……うむ、嫁にゆくことにした」

「よ、嫁……?」

「嫁だ」


 ずいぶんと個人的な話になっている。

 しかし、ついこないだまで男だった半分が混ざってる癖に、平気な顔で嫁に行けるとは豪気なものだ。

 誰のところに嫁に行くつもりやら知らぬが、そのつもりなら……昨晩の内に言ってくれれば、手などつけなかったものを。

 他人事の気安さと、肌を知った者が離れていく寂しさで、苛立ち混じりにこっそり舌打ちをした。

 アイゼンも目を丸くしてレーグネンを見詰めている。


「嫁に行くとは誰のところへ――いや、待て。大体分かったから、そんな嬉しそうな顔でちらちらそっちを見ながら説明しようとしなくて良い」


 さっきからレーグネンの視線が何だか鬱陶しい。

 何かを期待しているようにも見えるが、オレに何を期待しているんだ。


「……おや、言わずとも良いのか? 昨晩俺達の間にどのような話し合いがあって、如何にしてこの結論に達したか、俺は一から十まで説明するつもりでおるのだが」

「そういうのは説明とは言わない。惚気のろけ)と言うんだよ」

「くふふふふ……そのように見えるか。まあ、浮かれてるのは自覚しておるからそれでも良かろ」

「本当に……こんな時まで君は……」


 額に手を当てたアイゼンが、ちろりとこちらに視線を寄越す。


「……私はそういうつもりで、後を頼んだ訳じゃないぞ、ヴェレ」


 その言葉と、レーグネンの浮かべた満面の笑みで、ようやく自分の立ち位置を理解した。


「いや、待て。オレもそんなつもりは特にないんだが……」


 そもそも、今この場でレーグネンが言うまで、そんな話一回も聞いてねぇ。

 せめて言えよ、オレには。


「じゃあどんなつもりだと言うんだ。成り行きだけで青龍将軍を娶るなんて、君もうちょっと考えて人生送った方が良いぞ……」


 呆れた声で指摘されたが、「告白もされてないのに、成り行きもクソもあるか」とは言い損ねた。微妙に尻尾が揺れているから、その微かに喜んでるところに水を差すのもどうかと思ったので。


 祝福するつもりはあるということだろう。

 いや、こちらは祝福されるつもりはなかったのだけれども。

 黙ってその気持ちだけ受け取り、頷くにとどめた。


「色々問題はありそうだが、まあその話は後にしようか。それよりも、魔王領に攻め込むとは何か考えがあるんだろう、レーグネン? 王弟ドラートが向こうについている以上、魔王領まで侵攻するには王国西部を抜けなければならないんだぞ? 幾ら同盟相手として王子がついているとは言え、人間の騎士団同士が真っ向からぶつかって相討ちされては困る……」

「くふふっ、飛竜騎士達が王国東方諸島から飛来したことを思い出せ。東方諸島づたいに飛んで、反対側――魔王領の西部から攻め込むぞ」

「海を越えるのか……?」

「こんなこともあろうかと、飛竜騎士は魔王領と王国の間の大海を既に何度も越えているのだ。以前から王国への牽制に使えぬかと『レーグネン』が試していてな」

「……待て。そのルートだと、レーグネンの支配する東方から私の西方を通過してないか? 以前から試していたと言うが、事前に何も教えて貰ってないぞ!? 領空侵犯じゃないのか」

「ふむ、『レーグネン』は悪いヤツよな。まあ、当人はもうこの世におらんから、許しておくれ」

「何だか、今ひとつ納得がいかない……」


 不満げに黙ったアイゼンを置いて、レーグネンはにんまりと笑う。


「良いではないか、過去のことは忘れてこの先のことを考えよ」


 いつだって口だけは回るから質が悪い。

 ため息をついたオレに向けて、レーグネンは共犯者の笑みを向けてきたが――勝手にオレも巻き込むのは止めて欲しい。

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