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4 一人物の虚構

「複製。クローン。再生産。何と言っても良いですが、まあ、同じですよ。我らの母なる魔王陛下が編み出した魔術で、古い身体から新しい身体に乗り換えるんです」

「母はやめろ、こんな気持ちの悪い息子を持った覚えはない」


 うっとりと話すシャッテンの言葉を否定したついでに、レーグネンが再び話の手綱を取る。


「元々人族も含めた魔族というのは偶然同じ宇宙船ふねに居合わせただけの者達だったのだ。宇宙船ふねには人族も竜族も、アイゼン達人虎族やシャッテンの不死族、色々な一族が乗っていた。しかし、その多くが宇宙旅行(ふなたび)の途中で繁殖力を失ってしまった。その中でも、何とか自然繁殖を保った人族達や、『自己複製』の魔術を持つ一族――触手族がいたのは、幸いだったと言えるのだろうな。『俺』は触手族の魔術を研究し利用し、それぞれの種族の血統と知恵を保つことを魔族中に広めた。その功績と折衝役としての能力を認められ、その後魔王の座に長く君臨することになる。これが宇宙旅行(ふなたび)の中で起きた1千年は前の出来事……」

「それじゃ、あんたは……」

「自分の身体が何代目に当たるのかなど、数えるのも止めて久しい。この身に寿命が訪れる度に、複製と乗り移りを繰り返し、生命を繋いで生きてきたのが、我等魔族という生き物だ」

「千歳……」


 思わず呟くと、左手側から女の抑えた笑い声が聞こえてくる。


「君達王国人の多くは、四神将軍というのは代替わりしながら定められた領地を治めていると思っているらしいが……そうじゃない。私達はずっと私達なんだ。自然繁殖の能力を保っていた人族が独立してしまったのもそれが理由だろう。『乗り移り』の魔術は彼等と相性が悪くてね。独立した彼等以外にも王国との戦争などで複製出来ないまま消えてしまう仲間もいたから、結局は魔王領の魔族数は減少の一途を辿っている――それが、私達に共通する問題だよ」


 アイゼンがどこか皮肉を含んだ――しかしぎりぎりで理性を保っているために、全体としては落ち着いているように聞こえる――声でレーグネンの後を続ける。

 しかし、その金色の瞳は、声とは裏腹にレーグネンを強く睨み付けていた。


「しかし、君の――いや、あなたの『乗り移りの儀式』はまだ先だったはずだ! それに、レーグネンとあなたは確かに同じ竜族だが、だからと言って私が見間違えるようなことがある訳がない! レーグネンは――あなたは、絶対に別の存在だった。だのに、あなたはそうではないと言う。一体あなたに何があったと言うんだ!?」


 叫ぶアイゼンの声は、ほとんど悲鳴のようにも聞こえる。その悲痛な声には、既に答えを理解した者特有の拒絶が含まれていることを、オレの耳は微かに聞き取っていた。

 その切ない願いを受け止めて、レーグネンは――いや、魔王は?――皮肉に唇を歪める。

 アイゼンの言葉を嗤っているのではない、自分自身を嘲笑っているかのように。


「新たな可能性を生み出すことが出来なくなってから1千年。このままでは行き詰まるだけだと、かねてより『俺』は考えていた。そこで、魔王領の未来を負う『魔王』は、魔王領きっての魔術使いである『レーグネン』に協力を依頼し――『俺』達は、秘密裏に研究を進めた」

「研究とは、一体どんな……」

「幸い、『魔王』と『レーグネン』は同じ竜族だ。繁殖と言うなら、自分達がその実験体になるのも簡単だと思えた」

「繁殖――ちょっ!? 何の実験やってるんですか、このクソトカゲっ!」


 シャッテンが慌てて椅子を引いたのを、グリューンが背後から両肩を押さえつけて止める。


「落ち着け、シャッテン。とりあえず最後まで話を聞こう、な?」

「あああああっ! これが落ち着いていられるものかぁっ!」

「うん、まあ大体シャッテンの予想通りだ」

「ああああああああっ! 私の敬愛する魔王陛下に何ということをしようとしているのですかっ!?」

「――安心しろ、失敗した」


 暴れていたシャッテンの身体から、一気に力が抜けた。


「……失敗……ですって……?」

「我らの失われた繁殖能力を復活させるために、十分に研究を重ね、小型の魔物で何度も実験を繰り返した。実験段階では成功していた魔術だったが――甘く見た。『俺』達、竜族という大きな存在に魔術をかけようとした途端に、失敗した。もしくは……自分の身体にかかっていた複製の魔術と何か干渉を起こしたのかも知れないが。結果として、あの『レーグネン』ですら、魔力の暴走を抑えきれなかった。制御を失った魔力は対象であった『魔王』と『レーグネン』に作用し、その目的たる遺伝子の混合だけを果たした結果――2人は消え、俺が生み出された」

「消えた……つまり、君は」

「俺はかつて魔王でありレーグネンであったが、今となってはそのどちらでもあり、どちらでもない。2人の遺伝子と記憶を引き継ぎはしているようだが、間にかなりの抜け落ちがあってな。全くの別人とは言わぬが、同一性を保っているとは言い難い。能力ですら、それぞれの半分を受け継いでいると言えるかどうか。今の俺にできるのはせいぜい青龍を呼び出すことくらいだ。かつて魔術研究に没頭した溢れんばかりの知識と情熱も、魔王領一の魔術使いと呼ばれた魔力も今の俺にはない。あるのは……そうだな、『両親』譲りのこの美貌と、『レーグネン』の魂を主と戴くリナリアから捧げられる愛情だけか」


 最後には誇らしげに胸を張って見せたが――その姿を見て、アイゼンは苦笑を浮かべるだけだ。


「……ああ、そういうところは変わらず君らしいようだが――」


 引き上げた唇は震えだし、柔らかな毛皮に包まれた尻尾は大きく膨らみ、金色の瞳が逸らされる。


「――もしも君が純粋に元通りのレーグネンなら、自分のことは最後まで言わなかっただろうね。自分の不利になることは身命を賭けても隠し通す。彼はそういう男だった」

「なるほど。では、魔王ならどうであったろうな?」


 逸らされたはずの視線が、怒りを込めてレーグネンのとぼけた問いを貫く。


「もしも陛下であれば、もっと早く――再会した直後に話してくださっただろう。あの方はそういう誠実さと、その誠実さが生み出す価値の重要性を良く知る方だった……」

「どちらにしても、俺のやり口は中途半端ということか。全く、魔術の暴走というのは面倒なものだ。この結果は誰が望んだものでもない。俺は勿論、以前の『俺』達もせめてどちらかを百パーセント引き継いでくれれば良かったのにと悔やんでいるだろう」

「今の君がそれを口にするとは――いや……すまない。ちょっと、頭を冷やしてくるよ」


 明らかに言葉を飲み込んだのだと、分かった。

 果てるまで従うと定めた主と千年を共にした盟友を、『お前のせいで喪った』だなどと、口には出せぬと自戒したことが。


「つまり、あなたは――っむぐっ!?」


 空気を読まないシャッテンの方は読まぬまま何かを口にしようとしたが、背後のグリューンがこれ以上ないタイミングで言葉を止めた。

 もがくシャッテンを抑えたままのグリューンの瞳が、正面のオレに向けられる。

 その無言の中に何かを読み取ったような気がして、オレは黙って頷き返した。


「――よし。じゃあ行くぞ、シャッテン。お前が飲んでみたいと言ってた王国産の酒、王都の方の酒場に行けばあるだろう」

「ちょっ……酒でごまかされるような私では――」

「すげぇ旨いから。騙されたと思って行ってみ?」

「……とりあえず行ってみましょうか」


 何とか誤魔化されてくれた、のだろう。

 大人しくグリューンの後に続いて席を立ち、部屋を出ていこうとする……が、途中で振り返って何か言おうとした瞬間に、立ち上がったアイゼンがその肩を掴んだ。


「私も行こう。君と盃を酌み交わすのも、いつぶりだろうかな」

「い……っ!? 痛たたたたっ ちょ、アイゼン、痛いですよ! あなた、こないだまで捕虜だったんでしょう? ちょっと休んだ方が良いんじゃないですか?」

「……少しばかり飲みたい気分だ。そうでもしなければ眠れそうにないから」


 乾いた笑い声とともに、アイゼンが肩越しに振り返る。


「ヴェレ……すまないが、後のことを頼む」


 視線は微妙に逸れて、結局『レーグネン』には向けられぬまま、3人は部屋を出て行った。

 残されたのは、オレとリナリアと――レーグネン。


 リナリアは無言でカップを片付け始める。

 その様子をぼんやりと見守りながら、レーグネンがぼそぼそと呟いた。


「……まあ、この明晰で優美なる俺ともなれば、孤独など感じることもない。かつての『魔王』や『青龍将軍』の力には及ばぬとは言え、それぞれの良いところを受け継ぐ俺なれば、元の『俺』達とは違った長所もあろうと言うもの。青龍もリナリアも俺を愛してくれておるからして、孤独など感じることはない。そうだろう?」


 オレは答えなかった。

 答えるまでもない。


 途中からずっと気付いていたのだ。

 対面のアイゼンや、立ち上がっているシャッテンには見えなかったかも知れない。

 卓の下、膝の上に置かれたままの指先が、細かく震えていることは。


「……レーグネン」


 呼びかけると、何かを覚悟するように肩に力が入った。

 縮こまった身体が不自然な一瞬をあけてから、傲慢に顎を上げてみせる。


「……何か? 流麗なる我が愛玩動物よ」


 今のレーグネンは、ここまで共に旅をしてきたあの少女の姿ではない。

 かつて敵味方としてまみえた青年将校。

 だから、その紅い瞳に絶望の色を見たのは、オレの勝手なのかも知れなかった。


 戦場において、決して怯まなかった魔物将軍。

 彼らの捧げる尊敬と信頼を一身に受けていたであろう魔王領のあるじ


 今、オレの前にいる彼は、多分そのどちらでもないんだ。

 ただ誰かを――誰もを失うことに怯え、その多弁の中に嘘ばかり振りまき続けた孤独な魔物。

 オレは黙って椅子を離れ、レーグネンの傍へと向かった。


 ここまでに押し付けられた虚構の精算を、しなければならなかった。

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