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2 一元的な問題

「お、これは噂で聞いたことがある銘柄だな。王国東方では面白い風味の酒が穀物から作られておるとか……」

「ふっふっふ……実を言えば私の支配する西部の果実酒は、敵対する王国にすら密輸されるくらいの代物でしてね。王国民が飲みたがるくらい美味いということらしいですが、さて、王国ではそれに比する酒は作られているものなのか……」

「ん? ここは1つ比べてみるか?」

「おお! いっちゃいますか!」

「よし、行くぞ! リナリア、盃を持て!」

「……君らな」


 壁のようにそそり立つ酒棚の内側から声が聞こえてくる。

 無駄に盛り上がっているレーグネンとシャッテンに向けて、ため息をついたのはアイゼンだろう。

 ドラートが放棄していった酒など、何が入っているかも分からない。良く飲む気になるな、などと思ってみるが、将軍ともなれば、そんな小さなことに拘泥したりはしないのだろうか。

 ……いや、やっぱり脳天気なだけだろう。


「お茶を淹れましたので、こちらへどうぞ」


 盃を所望されたことを無言のうちにスルーするリナリアに促され、アイゼンに襟首を捕まれて、魔王領の将軍コンビは渋々姿を表した。


 少し落ち着いて話がしたいということで、主の逃げ去ったドラートの館、客間の1つを勝手に占拠しているが、まあこれくらいは勝者の権利として許されても良いだろう。

 戦場が静まった後、再び日は暮れかけている。客間に差し込む夕日は紅く、黙って火を灯して回っているグリューンが動くたび、室内に長く伸びた影が揺れた。


 シャルムは王宮の様子を見に戻っていて不在。我が妹フルートは、タオやシェーレ達北の民を率いて、そんなシャルムのサポートに回っている。


 つまり、ここにいるのは魔王領の面々とオレ、そしてシャッテンと同行していたクヴァルム伯爵領の騎士団長グリューンだけなのだった。

 オレも最初はシャルムに付いていこうかと思っていたが、フルートと話し合った結果、それぞれに分かれることにした。魔王領に自分達の居場所を求めるつもりならば、その現状は大切な情報になるはずだ。

 本当はその前に無理やりシャッテンに押し付けてしまったグリューンと話がしたかったのだが……何故か常にシャッテンが近くにいてうまく時間が取れなかった。

 グリューンもシャッテンがいることに不自然そうな様子を見せなかったので、長い間一緒にいるとこういう感じになるのかも知れない


 ちなみに、飛竜騎士達はここにはいない。竜が館の扉をくぐるのはサイズ的に困難だったからだ。

 飛竜騎士と言えば……オレはどこか人間の感覚でものを考えていたのか、「飛竜に乗った騎士」だと思いこんでいたのだが、どうやら違うらしい。「飛竜の騎士」――つまり、飛竜自体が騎士階級の魔物なのだそうだ。その上、まさか草食とは思いも至らなかったので、先程その当人の飛龍から初めて声をかけられて驚いた。

 いや、普通の人間なら驚くと思う。自分の数倍の高さから突然、「君、ここらで一番美味しい草はどの辺りに生えてるね?」とか言われたら。

 対朱雀戦を終えて、一息ついた今、飛竜騎士達は栄養補給のため、館の周りで大人しく草をんでいる。


「それでは、異国の地ではあるが、臨時で四神将軍会議でも開こうか。残念ながら朱雀は欠席――いや、除籍となるが」


 正方形の卓の内、いつの間にか最も奥の席を陣取ったレーグネンが、ゆったりと腰掛け、組んだ膝の上に絡めた指を置いた。そこが一番上座になるのだが、席を取るやり方がさり気なさ過ぎて、誰も文句をつけられぬままだ。

 さして気になることもなさそうに、北部を支配する死霊術師ネクロマンサー玄武将軍シャッテンは、レーグネンの右手側の椅子を引く。グリューンがその背後を守るように立っているのは、長旅の間に2人の間に生まれた絆によるものか。

 西部を司る白虎将軍アイゼンは、小さく舌打ちをしてレーグネンと対面するように下座に座った。


「……君も座り給え」


 朱雀がいない空いたままの一角を、アイゼンに勧められる。グリューンはともかく、リナリアの方が先ではないかと視線を送ったが、給仕に勤しむ美女には完全にスルーされた。

 他に空いた席もなし、レーグネンの左手側に腰掛ける。

 全員の前にリナリアの淹れた茶が置かれ、リナリアがレーグネンから一歩下がった位置――いつもの位置へと戻った。それぞれが茶に手を伸ばし、一息ついたところで、くふ、と笑ったレーグネンが組んでいた両手を外して広げる。


「――さて、再びまみえることは出来ぬやもと、一度は覚悟もしたが……こうして顔を合わせることが出来たのは僥倖だ。今宵の議題で最も重要なものは何より1つ。朱雀によって奪われたらしき我らが魔王領の今後について、である」


 話を振られたと思ったのか、オレの正面で茶を啜っていたシャッテンが、青白い頬を微かに緩めた。


「はいはい。えぇえぇ、大変でしたよ! お聞きになりたいでしょう、レーグネンと別れた後、私がどこで何をしていたか。私と、我が愛らしい下僕しもべマッスル13号、予約済みマッスル14号が如何に苦難多き道を辿り、こうして無事この場に居合わせることが出来たか――」

「予約済みマッスル14号とは?」

「俺にそういう変な仇名つけるなって言っただろ!」


 割と本気の力でシャッテンの背後からツッコミが飛ぶ。

 予約済みマッスル14号とはグリューンのことらしい。どういう経緯でそんな仇名がついたのかは図りかねるが――いや、薄々分からなくもないが、詳しくは知りたくない。

 ツッコミついでに横から顔を出して、卓の上に手を突いたグリューンが眉を寄せた。


「俺がここにいるのは、行き掛けの駄賃ってところなんだがな。折角いるからには口を出させて貰う。シャッテンに任せていたら、嘘か本当か分からない大ボラ聞かされて終わるから」

「おや、予約済みマッスル14号ったら、私について随分理解を深めてくれたのですね。それでこそ私の予約――」

「――その呼び方やめろっつーの! 良いか、お前さん方はもう知ってるのか知らないが、今の魔王領は国境を封鎖している。入る者も出る者も制限されて、行き交う情報も定かじゃない。……が、行き来を許された少数の人間がいる。その中に見覚えのある顔があったから、話を聞くことが出来た」


 クヴァルム伯爵領を守護する騎士団長が、顔を見知っている人物。

 それは、つまり。


「――つまり、王弟派と親しくしていた人間だけが、国境を行き来しているということか?」

「ああ。さすが『轟雷のヴェレ』。察しが早いじゃないか」

「……あんたのセリフをそのまま使うわけじゃないが、その仇名、もう止めてくれ……」


 昨今、本物の轟雷に触れることが多くなったせいで、個人的に黒歴史だったと感じるようになってきた。

 オレの最後の懇願を無視して、レーグネンがグリューンとシャッテンに視線を向ける。


「国境を封鎖しておるのは朱雀の兵、で間違いないな?」

「ええ。私達は王国の西部から魔王領東方へ入ろうとしていましたから、あなたの守護地域のはずなのに、何故ここに仲の悪い南方の朱雀兵がいるのかって不思議には思いましたよ? でもまあ、そういうこともあるかなって」

「そういうこともありますよね、どうもどうも……とか言いつつ堂々と魔王領へ入ろうとして、朱雀兵に死ぬほど追っかけられるハメになったよ。それ以来、俺はこいつの言うことは一切信用しないことにした」

「未来のマッスル14号はイジワルですね」

「その呼び方もやめろ」


 会話が最終的に呼び名に関する掛け合いに落ち着くというパターンを、旅の間に身につけたらしい。呆れた様子で2人を見ていたアイゼンが、ようよう口を開いた。


「……つまり、朱雀の言っていた通り、魔王領東方までが朱雀の手に落ちているのは確実なんだな?」

「まあ、虎の子の飛龍騎士までここにおるからなぁ。実はあなたがいない間に、朱雀の手は既に西方に伸びていたのだ。それを止めていたのは『東方将軍レーグネン』と『北方将軍シャッテン』。その2人ともが魔王領を留守にしているとあっては、朱雀の一人勝ちは当然とも言える」


 分かりきった事実を述べるつまらなそうな顔で、レーグネンはカップを持ち上げ、茶を口に含んだ。

 その態度が火を着けたらしい。アイゼンはまなじりを釣り上げて声を荒げる。


「それが分かっていて、何故君は魔王領を空けた!? 飛龍騎士まで連れて……君は――魔王陛下は――いや……便宜上、私は君をレーグネンと呼ぶが、まだ認めた訳ではないぞ! 君自身だってそう言っていたな、そうだろう?」

「便宜上でも、俺をレーグネンと認めてくれるのは嬉しいな。しかし――」


 カツン、と音を立ててカップが卓に置かれる。


「――全ての問題はそこに端を発しているのだ」

「……そこ、とは?」

「つまり、俺がレーグネンであり、魔王であり、そして結局はそのいずれでもない、という事実からだよ」


 一度伏せられた紅の瞳が、何の感情も浮かべぬまま、そっと瞼を上げる。


「……元より、多くの魔物は滅びを内包した存在なのだ。俺は――魔王は――レーグネンは、その状況を打開しようとした。そして失敗した、とそういうことだ」


 卓の空気が冷えたのは、レーグネンの言う意味を魔物達が理解したからだろうか。話の大本が分からぬまま身を乗り出したオレを、正面からシャッテンが睨み付ける。


「……待ってください」

「何か言いたいことがあるかね、シャッテン?」


 どこかやけっぱちな様子でレーグネンが先を促すと、シャッテンは苛立った様子で卓を叩いた。


「――待ってください。今、何と言いましたか!? 我が敬愛する魔王陛下があなたですって!? どういうことですか、こんちくしょう!」

「いや、だからそもそもさっき説明したじゃないか。そこにいるレーグネンが自分が陛下であるなどと言っていると……あり得ないと笑い飛ばしたのは君だぞ?」

「何であなたはいつも、自分の聞きたいことしか話を聞かないのだ」

「あり得ません! 顔が似てるからって適当言わないでください! 証拠はどこですか、証拠は!」

「……だから、その話を今してるんだ。混ぜっ返すなよ……」

「な? こいつがいると話が進まんだろ? やっぱり玄武は外した方が良いのじゃないか、アイゼン」

「そういう訳にもいかないだろう……」


 状況が良く分からないまま激昂し始めたシャッテンを、レーグネンとアイゼンは呆れた様子で眺めた。

 正直オレも話に乗り切れてはいないのだが……それでも、シャッテンを恨めしそうに見るレーグネンの言葉は、理解出来なくもないワケだから、玄武将軍のどうしようもなさも大概だ、ということだろう。

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