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24 有利子の返済

 リナリアの後に続いて見晴らしの良い場所へと走る。


「――あちらです」


 彼女の指す先を見れば、青空に浮かぶ幾つもの黒点が見える。

 オレの後ろを走ってきたレーグネンが、喜色満面で両手を上げる。


「うん、確かにあれこそが、待ち望んでいた流麗なる我が配下なる飛竜騎士達」

「……我が?」

「そういうな、アイゼン。ひとまずは俺が青龍将軍レーグネンである、ということにしておけ。少なくともこの戦いが終わるまでは、な」


 唇を歪める様子は完全に今までの調子を取り戻している。

 安堵半分、調子良すぎてムカつく半分で、オレはため息をついた。

 背後のアイゼンは、オレ以上にムカつきの割合が大きいようだが、ひとまずは何も言わないことにしたらしい。まあ、この状態のレーグネンに何を言っても余計調子に乗らせるだけなので、その対応は妥当だろう。


「さて……と、なれば如何にして王子旗下の騎士達を、朱雀兵達と分離させるか、だ。上空から攻撃するには、敵味方入り乱れる今の陣営では難しい」

「単純にシャルムが呼びかければ良いんじゃないのか? 総大将はあいつだ。全軍帰還しろ、と指示すれば良いだろ」


 小首を傾げて悩むレーグネンに、オレは隣から問うた。

 見上げてきたレーグネンは悪戯っぽく笑っている。


「今となっては少し遅いな。何も把握しておらぬようなシャルムのあの様子では、伝令が指揮官の居場所を捉えるだけでも一苦労しそうだぞ。戦場で大声を張り上げたとしても、さてどこまで声が届くものか。俺の声は良く通る方だが、それでもあの端までは届くまいよ。その為に戦場には鳴り物を持ち込み、撤退や進行の合図を先に決めておき、指揮官には戦いの始まる前から伝えておくのだと言うのに……」


 全く自兵の様子を把握しておらぬシャルムに腹を立てているらしい。まあ、分からなくもない。

 だが、今シャルム側で戦っているのは、シャルム自身が引き連れてきた兵だけではない。

 オレ達や北の民の他にも、後から援軍としてきた騎士達がいて、全体として統率が取りにくい状況なのだ。


「後から参戦してくれた者は、僕個人に従っている訳ではありません。王都で争いが起きているのを見かねて、僕の派閥に属す貴族が送ってくれた兵もいるのです。その者達は、打ち合わせさえしていませんから……正直、こんな状況、僕だって寝耳に水です。僕の顔くらいは知っているでしょうが、合図を送ろうにもどう言えば聞いてくれるのか……」


 まったくもって頼りない。

 援軍が来た段階で指揮官の位置や、簡単な指示は決めておけば良いというのもあるのだが、押しの弱いシャルムにはそれが出来なかったんだろう。


「こんがらがってきたな……合図に従わぬ兵など、朱雀の兵もろとも飛竜の炎に焼いてしまっても良いのでは?」

「アイちゃんたら、大胆ね。でもダメよ、人命は大切なもの。好きで合図を知らない訳ではないのよ」

「しかしだなぁ、戦場に来るならその覚悟を持って……」

「ぅお兄ちゃまだって何度も戦場に赴いているし、本人は覚悟を持っているでしょうけれど……待っているわたしはぅお兄ちゃまが帰ってこないかも知れないって、いつだって不安だったわ。敵として立ちはだかるのでないならば、攻撃したくないのは当然の気持ちよ」

「ルー……」


 何だかいちゃいちゃしながら、彼我の差を埋め分かり合っている妹達を他所に、現実的なレーグネンとリナリアは分析を始めている。


「ここで諸共に殺してしまえば、遺恨が残るよなぁ」

「はい。ぬし様の目的はあくまで王国との和平協定ですから……シャルム王子が衆望を失えば、この後の段取りにも困難が生まれるでしょうね」

「助かる者は助けておきたいな。今後、反旗を翻している王弟派を制圧するためにも、戦力は大切だ。……となれば、知っている者も知らぬ者も、どちらにも分かるような合図を出すしかあるまいな」


 ちらりと振り向いたレーグネンの視線の先には、ぼんやりと空を見上げるシャルムが立っていた。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「ああああああっ!」

「あっはははははぁ!」


 悲鳴とともに、青龍の爪先に引っ掛けられ持ち上げられるシャルムを、哄笑を上げるレーグネンが見下ろしている。

 その声に合わせるように、空を駆ける青龍は派手な咆哮を上げ、戦場の注意を一身に集めた。

 飛空する青龍の頭上という不安定な立ち位置にも関わらず、うまくバランスを取って仁王立ちしているレーグネンは、召喚の際に今度こそ男の姿に戻ったこともあって、如何にも悪役然としている。

 そんなレーグネンに向かって、シャルムは浮いた両足をぶんぶん振りながら片手で剣を振り回すが、届くはずがない。

 青龍の手に斬りつけようとしてみても、足場が安定しないせいもあって、うまく狙いが定まっていない――ように見えた。


「さあ、王国の騎士達よ。あなた方のあるじたるシャルム王子殿下は我が青龍の手の中ぞ! あなた達の中で我こそが王子の――ひいてはヤーレスツァイト王国の救世主であると思う者は、この青龍に挑むが良い!」


 絶好調なレーグネンの声が戦場の隅まで聞こえているかどうかは、この際、大した問題ではあるまい。

 レーグネンとシャルムが手を結んでいると知っている者も知らぬ者も、王子の身を案ずる者であれば皆、姿を見ただけでその後を追わざるを得ない、というのがこの策の肝要なところ……らしい。


「あっははははは! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは勇猛にて端麗なる戦場の華、魔王軍東部方面青龍将軍レーグネンなり!」


 上空を自在に飛び回る青龍とレーグネンは、戦場の隅から隅まで自身を見せ付けるように駆け抜けていく。

 正直、策がどうとか以上に調子に乗ってるんじゃないだろうかと思わなくもないが、雑多な軍をまとめるのはこれくらい雑な作戦の方が良いのかも知れない。


 ただ、バカっぽい名乗りを堂々と上げて何ら恥じずにいられるその精神性には呆れるしかないか。

 わちゃわちゃと動き回る彼らの姿を横目に、オレは更に前線へと足を運ぶ。

 撤退――ではないな、我先にシャルムを救おうと戦線を離脱する王子側の騎士達に加勢するためだ。

 追ってくる王弟側の騎士や朱雀兵達を、オレを始めとする北の民が食い止める。その間にアイゼンとリナリアの姿もちらちらと見えている。


 分かりやすい的に一生懸命になっていたためか、青龍を追う者達が、飛び込んできた飛竜騎士達の群れに気付いたのは、飛竜の鱗の反射まではっきりと見える程になってからだった。


「――おい、アレ、魔物じゃないか!?」

「竜だ! 青龍の仲間か!」


 後方から驚きと警戒の声が聞こえてくる。

 が、ここまで近付いて来た後の飛竜騎士の攻撃は素早かった。

 上空から勢いのまま滑空し、地上すれすれを朱雀兵を薙ぎ倒して飛んでは、また急上昇する。地上から槍を掲げる王弟の騎士達を見下ろすように背面飛行から炎を吐き下ろし、騎馬ごと消し炭と化す。

 グルートの召喚した朱雀が彼らを追って飛び立ったが、的の小ささと数の多さに苦労して、迷うだけだ。


「こんな……頼むから、もっと早く来といてくれよ……」


 途端に優勢になった戦場と、ここまでの苦戦を覆す飛竜騎士の活躍に、つい愚痴を零した。

 敵陣でも脅威を前にして、的を飛竜騎士に絞ったらしい。ようやく手を止めて休めるようになったのはありがたいが、今までの疲労の蓄積が大き過ぎて、やはり一言くらいは文句を言わずにいられない。


 近付いたことでようやく王子の指示が聞こえるようになったのか、王子旗下の騎士達も動きを止め、飛竜騎士の活躍を見守っている。

 そっと青龍の頭上から降りたレーグネンが、そんな彼らの間を堂々と通り、オレの方へと近付いてきた。


「優艶なる我が旗下の飛竜騎士達の働きはいかがかね? あなたも参戦していたかの国境戦の後、前線の背後を突けばさぞや劇的だろうと思ってな。急遽育成を始めたのだ」

「ああ……今回も国境を接している西方地域じゃなくて、東部列島側から回ってきたんだよな。これだけ飛べりゃ、確かに強いだろな……」


 青年の姿をしたレーグネンは、切れ長の赤い瞳を面白そうに輝かせている。

 その瞳の光だけは、女のときもほとんど変わらないから、何となく吸い寄せられるように眺めていたのだが……ふと棚上げにしていた疑問を投げたくなった。


 先の戦場のことも知っているのに。

 アイゼン曰くレーグネンと同じ姿をしていると言うのに。

 本当のこいつは、何者なのだろう。

 本当の、名前は。


「……なあ、レーグネン――」


 問いかけようと口を開いたところで――上空から、何かごちゃっとした大きなものの塊が、眼前めがけて降ってきた。


「――だああっ!?」

「ぃひひひひひひぃっ!」


 だすんっ、と砂煙を巻き上げながら落ちてきたものをしばらく無言で眺めていたが、結構な時間をあけてようやく働き出したオレの頭が、一つ一つ分解して把握し始めた。

 土台になっているのは、筋骨隆々の男――死体ゾンビ。片手ずつに誰かを抱えている。

 右手に抱えられているのは、オレの戦友、騎士団長グリューンとだった。

 そして、左手にしがみついているのは。


「あー今の着地! さすが私の可愛い子! 10点満点じゃないですか、今の!?」


 ……ついさっきまで、あれほどその到来を待ち望んでいた死霊術師シャッテンだ。

 飛竜騎士の飛び交う今となっては、いてもいなくてもどちらでも良いのだが。


「あんな高度で飛び降りるとは、殺す気か!?」

「あ、大丈夫です。死んでも私がついていれば、その場でゾンビにして差し上げますから」

「やめてくれ! そういうの本気で気持ち悪いって、俺は何度も――あ、ヴェレ」


 グリューンの目がオレを捉え名を呼んだ。安堵か呆れか知らないが……無意識にため息をついている。

 その疲れた顔つきだけで、シャッテンとの(変則的には)2人旅(と呼んで良いだろう)の最中に起こったアレやコレやが忍ばれて――オレは、そっと心の中だけで同情したのだった。

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