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23 有期限の延期

「シャルム! あなたという人は……!」


 陣の奥深くまで戻ったところで、ようやく見付けたシャルムは、突然叱りつけられて訳も分からぬまま身を縮こまらせている。

 あまりの剣幕に、同行してきたオレやアイゼンやフルートの方が驚いた。

 怒鳴りつけている側のレーグネンは、連続4度目の青龍召喚を終え、見た目にも分かる程憔悴し息を荒げている。だと言うのに、その怒りは全くおさまらない。


「全くもって何を考えておるのだ、俺の忠告を忘れた訳ではないだろう! 合図があるまで東側で待機しろと言ったはずだ!」

「そ、そう言われましても……状況が変わったのです。ドラートの援軍が海岸から押し寄せてきているのですから……」

「だが、これでは狙いが定まらぬ! 館の中にまであなたの騎士達は入り込んでいるぞ!? これで、どうやって上空から的を定めれば良いと言うのだ!」

「……上空から? どういうことです?」


 どうやら、やはりシャルムも詳細を聞いていないらしい。

 それでは、レーグネンの思うようにならぬのも当然のことだ。

 肩で息をしながら、それでも烈火のごとく怒りを吐き出す彼女を、肩を押して止めた。


「おい、レーグネン。その辺でやめとけ」


 その頃にはレーグネンは怒りのあまり、ようやく見付けたシャルム王子を陣から引き摺り出そうとしていたので、こちらも実力行使で対応せざるを得ない。軽く押しただけのつもりだったが、それだけでもふらついて倒れそうになるから、うっかり抱き寄せるように支えてしまった。


「あ、悪ぃ……」

「や……すまぬ」

「いや、こっちこそ。それより……」


 細い肩が腕の中にあるのが、何となく気恥ずかしくて、お互いに視線を逸しながら上っ面で謝り合う。

 が、そんな甘酸っぱい時間を過ごしている場合じゃなかった。


「あの、待ってください、上空からというのは、どういう意味なのですか?」

「……援軍が来るのだ」

「援軍? 魔王軍の、ですか?」


 魔王軍。

 シャルムの言葉に、その可能性を考慮していなかったオレは驚いてレーグネンの顔を覗き込んだ。

 レーグネンは形の良い眉を顰めて、シャルムを睨み返している。


「……そうだ。我が一軍の飛竜騎士達だ」

「飛竜騎士!」


 声をあげたのはオレだけだった。

 シャルムの方はあからさまに顔を顰めて、絞り出すような声で答える。


「飛竜騎士が使うのはあくまで王国の東部列島までで、そこから先へは動かさないと言っていたじゃないですか。だからこそ許可をしたと言うのに……!」

「それこそ状況が変わったということだ。俺が捕えられるなど予想外だったし、グルートがこんなに早く動くなんて思っていなかったのだ」

「だからって勝手に――途中の検問はどうしたのですか? あなたと僕が手を結んでいることなど、あの一帯の者は誰も知らないはずでしょう」

「魔王領との戦端は西だったからだろうか。東の防備が甘すぎたな」

「防備って――あなた、まさか――!」

「――ちょっと待て! あんたら以外は、ここにいる誰も話についていけてないぞ! あんたの腹心のはずのアイゼンですら、だ。きっちり説明しろ」


 オレの後ろでぽかんとした顔をしていたアイゼンが、自分の名前を聞いてはっと表情を引き締めた。


「……魔王陛下。飛竜騎士がこちらへ向かっているというのは本当なのですか? 青龍将軍に従って東部方面の守りを固めていたはずの彼らが……」

「事実だ」


 レーグネンはアイゼンの方を振り向きもせず、あっさりと答える。


「それでは、魔王領を朱雀が支配したと言っていたのは――」

「俺の配下なのだ。俺がどう動かそうが自由だろう」

「――ですが!」


 アイゼンの言い募る理由は、良く分かった。

 自国から兵を動かし、そのせいで内乱を招くなど、愚の骨頂だ。

 だと言うのに、レーグネンはアイゼンの言葉すら聞く様子を見せない。


「くどいぞ、アイゼン。青龍将軍おれ)の配下を俺がどうしようが、あなたにどうこう言われる筋合いはない」


 突き放すように宣言すると、言葉を失ったアイゼンを放って、再びシャルムに食ってかかろうとした。悔しげなアイゼンを慰めようと、フルートが肩を抱く。

 そこでようやくオレは手を伸ばして、シャルムの方へ踏み出そうとするレーグネンの身体を止めた。


「……どけ、ヴェレ」

「落ち着けよ」

「落ち着いてはおられぬ。間もなく飛竜騎士達が到着してしまうのだから。それまでに戦場を整えておかねば。俺の号令を聞かぬ兵なら、大将から指示を出してもらうしかあるまい」


 言いながら、苛立った表情でオレの手を押しのけようとしている。

 徐々に余裕を失っていく姿は、いつか戦場で相対あいたいした冷静沈着の青年将校のものとは思えない。だから、その焦るさまを見て覚えた違和感を、そのまま口にした。


「あんた、何熱くなってんだよ。らしくない」


 言った途端に、かっと彼女の柔らかい頬が赤くなった。


「――何だと!?」

「今だって、何で突然怒ってんだ。落ち着けよ」

「俺はこれ以上ないほど落ち着いている! らしくないなどと……誰のことを言っている!? 俺は秀麗にして優美、魔王領一の天才策士、東部方面青龍将軍レーグネンだぞ!」


 すらすらと名乗ったところで――じゃあ何故そんなに焦っているのかと、もう一度問おうとして。

 ……ふと思い浮かんだ理由の危うさで、口を開いたまま固まることになった。


 彼女があくまで自分はレーグネンだと言うなら、こちらの言うことに腹を立てる必要などない。

 つまり、こうして激高しているということは。


 その想像を口に出せばどうなるか、予測出来るからこそ、何も言えなくなった。

 多分同じことに考え至ったのだろう、オレの斜め後ろでアイゼンもまた、唇を噛んで沈黙を守っている。

 ただ1人、「レーグネン」という存在に何の思い入れもない我が妹だけが、息を呑む音が聞こえた。

 アイゼンの肩を支えたまま、小さく呟く。


「……ねえ、レーグネンさん。あなた、本当に本物のレーグネンさんなの?」


 反射的に言い返そうとしたレーグネンの紅の瞳が、オレとアイゼンの表情を捉えた途端――きちり、と固まった。二度、三度と瞬きを繰り返した後、一瞬開いた唇が、音も出せぬままふるふると震える。

 紅の瞳がオレ達から逸らされて――自分自身の姿など見えないと言うのに、今、自分がどんな顔をしているのか、彼女の絶望の表情だけで良く分かった。


 旅の途中で入れ替わったワケではないだろう。最初から、オレの前でレーグネンと名乗っていたのは、レーグネンじゃなかったんだ。

 置いてけぼりになったシャルムがオレの方へと説明を求める目をしているが、とりあえず無視だ。

 フルートの手をそっと外しオレを押し退けるようにして、アイゼンがレーグネン(?)の方へと一歩踏み出した。


「レーグネンじゃないと言うなら……魔王陛下の、レーグネンの姿を持つ君は……本当は誰なんだ?」


 レーグネン(偽?)の視線がアイゼンをしばし捉え……そして、オレに向けられた。

 そこに縋り付くようなか弱さを見て――思わず、手を伸ばしそうになった。触れる寸前で何とか止めたけれど。


「――レーグネン」


 代わりに、いつもの呼び名で呼びかけた。

 目の前にいるのが誰であろうが、オレはその呼び名しか知らない。

 レーグネン(仮)は殊勝な顔つきでオレを見上げている。途端に静まり返ったその態度が、今までの焦りの片鱗を覗かせている。

 この顔つき、オレにも覚えがある。断罪される直前の諦め。否定を前提とした平穏。


 いつだったか、オレの――北の民の力を説明しようとしたときの、オレそっくりじゃないか。


 自嘲混じりにその諦観を鼻先で笑い飛ばし、前に出ていたアイゼンの肩を叩いた。


「あんたが何者だろうと、オレにとってはこの際さしたる問題じゃないんだ」

「……何だと?」

「重要なのは、あんたの目的がオレと一致してること。さしあたってはこの戦いでシャルムに勝たせることだ」

「なるほど……」


 アイゼンは何か言いたげな様子だったが、フルートに手を引かれてそのまま黙った。

 名前を呼ばれたシャルムは目を見開いてこちらを見ているが、これもそのまま無視。


「分かったら、イライラしてないで腰据えて策を練れ。そんでやらなきゃいけないことを隠すな。オレにとってあんたらしいってのは、そういうことだ」

「それが俺らしさなのか」

「オレと一緒にここまで来たレーグネンは、そういうヤツだったはずだ」

「……ヴェレ」


 言い切った後、しばらく沈黙が続いた。

 誰も――当のレーグネンも口を開かない。もう一言何か言ってやるべきかと思って迷っていたが、焦った様子で近づいてくる衣擦れの音で、オレの言葉は掻き消された。


「――ぬし様! 援軍が――飛竜騎士達が到着しました!」


 緋色の衣をたなびかせて、駆け込んできたのはリナリアだ。

 呼びかけに応えて顔を上げたレーグネンは――もう、迷ってはいなかった。


「よろしい。このごったごったの状態でも、果敢にて瀟洒なる我が奇策を見せ付けてやろうではないか。俺の可愛い愛玩動物がそれこそを望んでいると、そう言うならば」


 にんまりと笑う表情は完全にいつも通りで……まあ、正直良かったと言うか何と言うか。


「……良いだろう。これが終わるまでは君の断罪は保留とする。我が友レーグネンや敬愛する魔王陛下に何が起こり、何故君がその姿をしているのか、全てはこれが終わってからだ」


 館でも同じような言葉を聞いたはずだったのだが。

 あの時よりも何倍も本気の冷たさを湛えたアイゼンの声を聞いても、既にレーグネンの瞳は揺らがなかった。

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