15 有事下の結束
館の鍵の全てを管理しているのは執事だ。
その執事は、常に王弟ドラートの傍についている。
執事もまた人間であるからには、食事や休憩が必要だ。
狙うとしたらその時間が隙になるだろう、というのが2人と相談した上での結論だった。
館中の鍵をこちらで上手く奪いおおせたとしても、すぐに気付かれては動きづらくなる。
何せ、向こうは自身の抱える騎士団に加え、近衛隊と朱雀将軍の一派まで仲間に引き込んでいるのだ。対するオレ達の方は、一族を集めたとしても、正面から対抗するには不安がある。
「寝てる間にそっと取ってこようぜ」
「起きるようなら、気絶させておけば良いでしょう。私がやります」
自ら手を挙げたシェーレに対し、タオが太鼓判を押す。
「シェーレがやるのが一番マシだろう。執事の部屋まではおれがサポートしてやる。……おい、若長。あんた、どこの鍵がどこの部屋のか大体分かんだったよな?」
「ああ、おおよそ覚えている」
「じゃあ、シェーレが鍵を取ってきたら、あんたが鍵を分けて指示を出せ。手分けして仲間を解放するんだ。あー! あの野郎と手が切れるたぁ、せいせいするぜ!」
心底すっきりした風情のタオに、オレは小さく頭を下げた。
「……すまなかった」
「うるせぇよ、謝るなバカ。ドラートは別にして、あんたについてたのはこっちの自由意志だっての」
「ヴェレ様、国に散った一族とは、こちらで連絡を取るようにしておきます。身を隠し、王都へ集うように」
「そうだな。フルートとオレは王都へ残り、後から来る一族の到着を待つようにするから。着いたらいつもの方法で待ち合わせるように伝えてくれ」
オレの言葉を聞いて、タオが眉を寄せる。
「おい、またあんた自己犠牲――」
言い掛けた言葉を、慌てて遮った。
「いや、そういうつもりじゃない。例の呪いがあるだろ。それを解く方法は多分ドラートしか知らないだろうが、聞き出そうとすれば正面から突破する必要がある。いずれはぶつかるにしても、今は無理だ。今の時点で呪いを解く方法が分からない以上、その組み合わせはもう離れない方が良いと思う。あんたは母上と、シェーレは弟と、で、オレは妹と……」
「そりゃそうだが、何も王都に残るのはあんたらでなくても……」
と、文句をつけようとして、タオは自分で思い至ったらしい。
言葉が途中で途切れて、肯定に変わった。
「……うん、そうだな。あんたらが残るのが一番良いかもな。不安がなくて」
「だろ」
頷き合ったのは、もちろん我が妹フルートのことを思い浮かべたからだ。
相方と離れないことを考えると、組み合わせの中では多分一番攻撃力がある……主にフルートのおかげで。
苦笑を浮かべているシェーレへと顔を向け、付け足す。
「シャルム王子の元にいる一族にも声をかけねばならないし、それに……オレが説明したいんだ。今、王都にいる一族にも、これから集まってくれる皆にも。自分で」
シェーレは黙って頷き、タオは肩を竦めて視線を逸らした。
それでも……2人の唇が微笑みの形に惹かれているのが、何より明らかな受容の証だった。
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翌日には、連絡の取れる一族のすべてに知らせを送った。
今の王都には、ドラートの館に軟禁されている者を除けば3分の1もいないが、ひっそりと動くにはその方が良いのかもしれない。
可能な限り迅速に。その上で、限界まで隠密に。
館から全ての一族を助け出すまでは。
一族の承諾は早かった。多かれ少なかれドラートのやりようには皆、不満を抱えていたらしい。
分かっていながら無理を強いていた自分に、今更ながら呆れを感じる。そして、それでもそんな自分についてきてくれていた一族に、抱えきれない程の感謝を。
執事の部屋から戻ってきたシェーレは、手の中にどっさりと鍵束を握り締めていた。
「執事は……?」
「鍵を取ろうとしたところで目を覚ましたので、軽く首を絞めて落としておきました。いつ気がつくかは分かりませんが、部屋の外から鍵をかけておきましたので、もう一度目を覚ましたとしてもすぐには出てこないでしょう」
オレは頷き返して、鍵束から鍵を外す。
集まってくれた一族達に、分かる限りの鍵を分配した。
「これは西翼の地下、これは中央の2階、こっちは……多分、離れだ」
どれがどの部屋とまでは分からなくても、これでそれぞれが握る鍵の数は十数個ずつ。助け出したい一族の部屋に1つずつ順に試してみても、そう時間はかからない。
「地下牢と2階の奥は、オレが行く」
フルートとアイゼン、そして……レーグネンのいるはずの場所だ。
「手分けした方が良いんじゃないのか?」
タオが尋ねたが、オレは首を振った。
「レーグネンは多分、アイゼンがいなきゃオレ達を信じてくれないだろう。先にアイゼンとフルートを解放してからの方が話が早い」
「……まあ、あんたはあいつを裏切ったワケだから、確かに信用されやしねぇかもな。一緒にいたワケでもねぇおれ達のことは言わずもがなだろうし」
人の口から聞くと改めて胸が痛い。が、事実は事実だ。
「……レーグネンへの尋問は」
「ああ、初日以外はフリだけだよ。おれらも見張られてるから、何もしねぇワケにはいかねぇけど、音と見た目ばっか派手な鞭打ちで身体にすら当てちゃいねぇ。青龍本人はちょっとばかり違和感を覚えてるみたいだが、さすがに『何故もっと手酷く拷問しないのか』とは言いやしなかった」
「そうか……」
あまり酷い目に合わせる前に決断出来て良かった……と言うのも愚かな話なんだろう。そんなことを言うくらいなら、最初から決断しておけば良かっただけだ。
本来はレーグネンにも事前に伝えておくべきだが、ドラートの手の者に見張られている状況ではそうそううまく伝える方法もない。あいつが知っていさえすれば、手信号も有効だったかも知れないが……教えようなどと思っても見なかったのだから仕方ない。
最初から裏切るつもりで、最後まで裏切らずにはいられなかった。
一族のためと、何度も繰り返しながら。
「ヴェレ様……」
シェーレが気遣わしげにこちらを見上げくる。オレは黙って苦笑だけを返した。慰められるべきことじゃない。全てはオレの引き起こした問題だ。
思考を無理矢理に切り替えて顔を上げ、一族の顔を見回した。
「さあ、行こう。ぎりぎりまで騒動は起きない方が望ましいが……いざとなったら強行突破してくれ。こんなことになってしまって迷惑をかける――」
本当にすまなかった、と続けようとしたところで――隣のタオが、ぽん、とオレの肩を叩いた。そのまま、無言で部屋を出て、自分の持ち場へと向かっていく。
それに倣うように、他の一族達も次々にオレの肩や背中に軽く手をあて、そのまま部屋を出て行く。
何も言えずに見守っているオレの横で、最後まで残ったシェーレが扉の方を見たままぼそりと呟いた。
「タオも言いましたが……自分の行く道は自分で決めたことです。私の責任は私が取ります、ヴェレ様はヴェレ様の責任を取ってください」
オレの責任という言葉が、何を示しているのか。
……多分、オレは分かっていると思う。
シェーレの言葉に強く頷き返すと、彼女は安堵したように笑顔を浮かべ、部屋を出て行った。




