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14 有志者の訪れ

 言うべきでない、と思っていたのだと思う。

 極端に言えば、そんな気持ちを持つことすら許されないと。


 本来の長である父親と引き離され、一族の少年たちを何とかまとめ上げねばと気負った。

 10年――暢気な田舎のクソガキだったオレが、一人前の戦士に成長するのに、十分な時間だ。

 成長した……つもりだったんだ。


「……タオ達のことさえ、きちんと信頼出来てないのにな」


 自分のバカさ加減で、目まいがしそうだ。

 誰もそんなことオレに強いてたワケじゃないのに、気付かずに。


 好きだと言えば良かったんだ。

 好きになって、構わなかった。

 

 頭を押さえながら、ふらふら出入り口へと向かっていると、最初の持ち場に戻っていた元見習い騎士のペルレが、オレを見つけて駆け寄ってきた。


「ヴェレ隊長、朱雀将軍の様子はどうで――うわ、その顔は!? 腫れてますよ!」

「ああ、いや。これは朱雀……将軍とは関係ない」

「あっ待ってください、何か冷やすものを――」

「いらん。それより、表にいた朱雀将軍の兵はどこへ行った?」


 ペルレの言葉を遮って問うた。

 先程は騒然としていた入り口が、いつの間にか皆どこかへ散って静かになっている。

 朱雀の連れていた兵達の姿も見えない。


「はい、一部は朱雀将軍の護衛で館へ残っていますが、他は街の方へ潜伏するそうです。もしあの数が我々とともに一度に決起すれば、王都は荒れるでしょうね……」


 確かに、連れてきた兵に加えて、近衛隊や王弟配下の騎士が朱雀と手を結んでいるのだ。ロクなことにならないのは目に見えている。魔物が暴れることで、王都の世論を開戦に持っていこうとしているのかと思っていたが……何やら、それ以上にまずい話になりそうな。

 もしかすると、武力による権力の奪取をねらっているのではないだろうか……?

 証拠が見えたら、シャルムに伝えてやった方が良いかも知れない。死人からの忠告など、信じてくれるかどうかは分からないが。


 そんなことを考えながら、扉を出て行こうとしていたら、何故かペルレがオレの顔をちらちら見つつ、追いかけてきた。


「隊長、どちらへ行くのですか? 良ければ、我々が間借りしている室で休んで行かれてはどうでしょう? あの、それ放っておくと本当にヒドいことに……」


 どうやら、心配してくれていたらしい。

 親切は親切と素直に受け取った方が良いのかも知れないが、何となくそんな気になれなかった。


「構うな。オレは少し頭を冷やす必要がありそうだからな」


 苦笑して断ると、意外そうに瞳を丸くした元見習い騎士と目が合う。


「……何だよ?」

「いえ、隊長が笑っているのを初めて見たので……何だか」


 そうだっただろうか? そうかもしれない。

 特に、王国民に対して笑って見せるなんて、ここしばらくなかったような気がする。


「……何だか、少し安心しました。隊長も、そういう顔をするのですね」


 心から安堵した様子のペルレを見て、オレはため息をついた。

 本当に……何をやっているんだろう、自分は。

 隠したところで、感情がなくなるワケじゃないと知っているはずなのにな。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 館を出て宿に戻れば、室内にはレーグネンの残した荷物が散らばっていた。

 片付けるのが苦手なアレが寝る前にその辺に放りっぱなしにしたものを、翌朝にリナリアが片付ける。それがいつものパターンだった。


 襲撃の騒動で踏み荒らされた床に、いつも着ていた白いローブを見付けて、黙って拾い上げる。

 土埃のついた表面を叩くと、レーグネンの纏う甘やかな香りが宙に漂って――思わず、ローブごと胸を押さえた。

 強く、きつく。


 もしも、この部屋に誰か他の人間がいて、オレの様子を見ていたとしたら、残されたローブを抱きしめているのだろうと指摘されたかも知れない。

 その不在に堪えかねて、せめて残り香だけでも欲しているのだろうと。


 幸いなことに、ここにはオレの他には誰もいない。

 だから、そんな指摘をする存在はなく……結局は、自分で勝手に気が付かざるを得なかった。

 ああ、なるほど。

 残り香だけでこうなってしまうのが、オレにとってのアレの存在なのだな、と。


 その香りと頬の疼きに叱咤されたように、ようやく少し頭が整理できてきた。

 状況は、どれも1つのことを示している。


 レーグネンを、助けねばならない。

 一族の安住の地を見付けるために。

 妹とアイゼンの思いに報いるために。

 そして、何より――己の心に忠実になるために。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 タオがオレを尋ねてきたのは、その夜、早々のことだった。

 しかもその連れが、クヴァルム領で別れた同族の娘シェーレだったので、ますます驚いた。

 室内に通し、2人に椅子をすすめてから尋ねる。


「シェーレ、何故ここへ」

「昼間、私の主人たる商人が王都へ到着しましたので」

「昼間に着いたばかりなのか?」

「ああもう、マジでそいつ一直線だったから。着いた途端にあんたの居場所を聞きにおれんとこ来てたんだから」


 ちったぁ落ち着けって前から言ってんだけどな、とタオが顔を顰めながらぼやく。

 見れば、何故かオレと同じく左頬を腫らしている。


「おい、タオ。あんたの方は誰にそんな……」

「私です」


 あっさり手を挙げたのはもちろんシェーレだ。


「ヴェレ様を殴るなんて、何があろうと許せませんでした」

「いや待て、これに関してはオレが悪い……」

「――と、ヴェレ様はおっしゃるだろうと思って、私が殴っておきました。これはヴェレ様のためではありません。腹が立った私のためです」

「しかし、タオは……」

「おれだって、多少は悪いと思ってたから受けたの。あんたが気にすることじゃねぇよ、若長」


 その何というか――きっかけは確実にオレなのだが、2人の中で完結してしまっている言い分に呆れるとともに、何となく笑いがこみ上げてきた。

 どうやら、こんな他人の利益とは無関係の、己のためだけの行為というのも、ある程度は許されるものらしい。

 今まで、オレがそれを認めようとしなかっただけで。


「話は聞きました」


 シェーレが椅子に腰掛けたまま、身を乗り出す。


「ヴェレ様は、先日の青龍将軍を……」


 そこで言葉に詰まったように、そっと視線を逸らす彼女に向けて、オレは――静かに頭を下げた。


「――悪かった」

「ヴェレ様!? 待ってください、何を謝るのですか!」

「今までオレが不誠実だったことを。何でもオレが勝手に決めて……その結果がコレだ。1人でぜんぶ背負ったつもりになっていた。本当は、味方だって大勢いたのにな」

「ヴェレ様……」


 タオがそっぽを向いて「分かりゃ良いんだよ」と呟いたところで、隣に腰掛けたシェーレに足元で蹴りを食らった。


「いや、シェーレ。今回はオレが悪い。どうかタオを責めないでくれ。何せ、オレは謝っておいて、続けてあんたらに頼みごとをしようとしている、どうしようもない男なんだ」

「ああ、クソ。本当にどうしようもねぇよ、あんたは!」


 がたん、とタオが席を立つ。

 シェーレが苛立った様子でもう一度蹴りを放ったが、タオはその蹴りを足を滑らせて軽く避けた。

 そのまま、こちらへ歩み寄ってくる。


「頼みったぁ何だ!? さっさと言え!」

「言って良いのか?」

「何でも勝手に決めたとか言ってやがるがな、あんたが矢面に立ってたのはこっちだって知ってんだよ! おれらを守ろうとしてんだって知ってるよ、バカ! そんなヤツの頼みを、聞きもしないで断ると思うのか!?」


 大体のことは聞いてやる、と言外に告げてから、タオはふん、と鼻息荒くオレの前で腕を組んだ。


「……そんで、どういう手順で助けんだ。どうせもう色々考えてんだろが、おれはあいつの鎖の鍵なんざ持ってないからな。こうやって容赦なくダメ出しして、多少はマシな計画にしてやるから、言ってみろ」


 言わずとも、頼みの内容は既に伝わってしまっているらしい。

 シェーレは、と視線を向ければ、こちらもこくりと頷き返してくる。

 オレは一度天井を見上げて、少し考えてから――口にすることにした。


「……ありがとう」


 既に2人とも理解しているはずの感謝を。

 それでも言葉にすることの大切さを、認識した証として。

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