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8 有り勝な疑惑

 1人になった途端に、館の静寂が耳につく。

 タオは良く喋る男だし、レーグネンに至っては言わずもがな。そんな魔物と数ヶ月も共にいたのだから……傍らにそれがいない今、落差がありすぎて何かが足りていないような気にすらなった。

 が、そんなものは幻想だと理解している。


 これが通常だ。この静寂が。

 私の傍に人がいることなど……それが日常となっていることの方が異常だったのだ。


 人々が寝静まった真夜中の館を1人進んでいる内に――ふと、入り口の付近が騒がしいことに気づいた。

 近づけば、この時間にも関わらず人々が集まっている。その中の1人に北の民を見付けて、私はそっと歩み寄った。


「……何があった?」

「あ、若長……」


 同胞の男がそっと身を寄せ、耳打ちしてくる。


「どうも外が騒がしいのです。見張りの兵が、異変を見付けたらしく……」

「何か、とは……?」

「それが、どうも武装した兵士の一隊が館を囲もうとしている、などと言ってるんですが」


 館を囲む? この王都で?

 大体武装した兵士とはどこの軍だ。王子か?

 いや、いくら水面下で対立しているとは言え、そんな急激な武力行使を行えば、高位貴族からの圧力をシャルムが押さえ込めるワケがない。シャルム本人だって分かっているはずだ。

 私より先に現場に着いていたとしても、所詮は北方人として顎で使われるだけの身。同胞も詳しくは知らないようだ。

 周りを見回し、他にも詳しそうな人間を探す。……いた。王国守護軍近衛隊の男が数名。あいつら、王弟派だったのか。知らなかった。

 が、今のオレが気軽に話しかけられる様子ではない。近衛隊は基本的に騎士階級の人間で構成されている。王国守護軍の西方隊長だった頃なら公的な立場は並び立っていたと言えるが、今となっては死人同然のオレが堂々と話しかけられるような相手ではない。今まで同格もしくはそれ以上に『穢れの民』がいた恨みもあって、まともに対応してもらえるとは思い難かった。


「……これ以上詳しくは知れそうにないな」

「難しいでしょうね」


 私の諦めを受けて、同胞もまた頷いた。


「だけど、おれもおかしいと思ってます。周囲が騒がしいのは確かで……こちらへ」


 示された通り扉の隙間から外を覗けば、夜闇に紛れて甲冑が微かな灯りに反射し、鈍くあちこちで輝くのが見える。


「……王弟配下の騎士ではないのだな?」

「どうも違うようですが……」


 観察してる内に、扉に向けて王弟の見張りの兵士が駆け寄ってくるのが見えた。

 私達は扉の前を退け、入り口の横で黙って様子を伺う。

 扉が開き、兵士が中に入ってくるのを、待ちきれぬように近衛隊の男たちが駆け寄った。


「どうだ?」

「はい、確かに魔物……朱雀将軍の手のものだそうです」

「約束通りか……しかし、どうやって突然ここに現れたのだろうな」


 ごそごそと話す言葉に聞き耳を立てつつ、状況を把握する。

 同胞と視線をかわしあった。


「朱雀将軍とは……?」

「魔王領の四神将軍の1人だ。レーグネン曰く、反魔王派で人間とは徹底抗戦を主張しているらしい」

「では、約束とは……」


 問われて、しばし考える。

 王弟ドラートも対外強硬派だ。敵同士ではあるが、強硬派が一時的に結んで争いへの渦を増すことも考えられなくはない。少なくとも理想主義的なシャルム王子と違い、ドラートは目的のためならその程度の現実的な判断は行う人物だ。


「王都で、何か問題を起こす気かも知れん」

「世論を停戦破棄に動かすつもりでしょうか」

「有り得るな」


 こっそりと話していた私達の方に、近衛隊の男の1人が近寄ってくる。

 顔を見て、かつて見知った人間であることに気付き――嫌な予感がした。


「おい、むっつり隊長」

「……ああ」


 とっくに忘れたはずのあだ名で呼びかけられ、うんざりする。そのうんざりまでが向こうの思惑なのだと理解していても、だ。


「こちらは客を迎えてしばし忙しくなる。手が回らぬ分は、貴様のところの手の者に魔物達の見張りをさせろ」

「……レーグネンか」

「ああ、青龍と……白虎も、だ。そう言えば、貴様は青龍とここまで共に来たらしいじゃないか。しかも今の青龍は魅力的な娘の姿をしているとか」


 ドラートからか他の誰かからか。到着前から幾度か連絡を取っていたから、近衛隊の騎士ならレーグネンのことを聞き知っていてもおかしくない。

 横にいる同胞が、少し怯えたようにこちらを見た。レーグネンを捕らえた時の私への疑いが残っているのだろう。

 私は絡みつくそれらの視線を断ち切るように顎を上げる。


「だから何だ?」

「いや、貴様に任せれば情に流されて青龍を逃してしまうかも知れん、とそういうことを考えたのだ」

「疑うなら、己で見張れば良い。私はどちらでも構わぬ」


 元よりレーグネンを助けるつもりなど毛頭ない。

 信じられぬと言うなら、私に任せなければ良いだけだ。

 私とて、そのように疑われているとしても、それを晴らすつもりもない。信頼回復の為に如何にしてもその仕事は任せてほしいと言いたいような相手でもない。

 あえて言うなら、同胞達に対してだけは、どうにかして自分の無様を挽回したいと考えてはいるが……。


 近衛隊の騎士は、ふん、と鼻で笑う。


「なるほど、情などないと言うか」

「……情などない。今頃は我が一族が尋問を行っている。己がやりたいと言うなら譲ってやる。王弟殿下に願ってみるが良い」


 そもそも、ドラートから尋問を指示されたのはタオだ。

 疑おうが何をしようが、ドラートの命に従う近衛隊が、勝手に動く訳にもいくまい。

 そのことが分かっているから――と言うよりは、私の答え様そのものが癪に障ったらしい。騎士は私を睨み付けながら、扉の鍵を投げつけてきた。

 私の胸元に向けて飛んできた鍵が、ぶつかる前に右手で受ける。力いっぱい投げつけられた金属の衝撃が、手のひらで痺れに似た痛みを引き起こした。


「貴様ら下賤の者に、死なぬ程度に加減しながら拷問することが出来るのか?」


 返答する気も起きない。黙って、手の中の鍵を確認する。

 レーグネンの引っ立てられた地下牢の鍵ではなかった。鍵の形からすると階上の……多分、フルートの閉じ込められている室の近くではないだろうか。


「白虎の身柄も貴様に預けた。下手をして逃したりしたら……分かっておるだろうな?」


 笑うつもりもなかったが、勝手に唇が歪んだらしい。

 私の表情を睨んでいた騎士が、気分を害した様子で踵を返すのを黙って見守った。


 全く、あいつもタオもオレを随分良い人のように見てくれているらしい。

 ……逃がそうなんて、考えているワケがないだろ。

 オレを信じてたレーグネンのことですら、ああして罠にかけても平気でいられるんだから。


 オレに、正義などない。

 ましてや優しさなど。

 あるのはただ……他に変えようのない一族への愛情だけだ。


 傍らの同胞が、こちらを見ている視線に疑義が混じっていることには気づいている。

 オレはそちらに向けて肩を竦めて見せてから、階上へと歩を進めた。

 白虎の見張りとやらを、引き受けてやろうではないか。タオの忠告のとおり、せいぜい心乱さぬように。

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