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13 無器用の誓約

 機嫌の良さげな笑顔で、シャッテンは筋肉ゾンビに向けて合図を送った。


「さて、少し先、川のあの辺りまで進めば魔力封じも切れそうです。さあ、おっぱい君、荷物を背負ってくださいね」


 言われた通りに唸るグリューンを黙って抱え、筋肉ゾンビが出発の準備を整える。

 この筋肉の塊を「おっぱい君」と呼ぶ精神は、オレとレーグネンには決して理解し得ないだろう。


 クヴァルム騎士団が粘る魔力と格闘している間に、船は魔力封じの効果範囲を越えた。

 瞬間、笑みを強めたシャッテンの足元から、今まで以上の闇が噴き出してくる。


「ひあぁ……!」


 同時に、悲鳴を上げたレーグネンが魔力を剥がそうと足をばたつかせた。……シャッテンのこの力、地味に有効だが、問題は味方にも威力が及ぶ点だと思う。最初にグリューンから逃げる際に発動させた時は、まだ効果範囲の外縁だったから逃げおおせたが、ここまで近寄っていては、完全にこちらも足止めを受けることになる。

 今は移動が船に任せられるが、もしもお互いに地上で敵と対峙していたとしたら、双方気持ち悪さにもがくだけの訳の分からない戦となっていただろう。

 ワンピースの裾が捲れるのも構わず暴れ、ひぅひぅ鳴いているレーグネンを見て、シャッテンは笑い声を上げる。


「いやぁ助けて頂いてありがとうございました、レーグネン。せめてもの感謝の証として、あなたの言う通りこの荷物は生きたまま魔王領で保護しておきましょう。本当は、我が城に置くなら不死者にしてしまいたいところではありますが……」

「よ、よせ! 貴様、グリューンを――」

「……ありますが、あなたのペット君がご執心なようなので、そこは我慢するとしましょう。

 『生と死司る地の王玄武 主の命に従い癒せ愚者の疵』」


 シャッテンの呪文とともに、闇がねっとりと筋肉ゾンビの身体を這い登り、肩の上のグリューンにまとわりついた。


「何の攻撃だ?」

「癒やしの魔術ですよ、見れば分かるでしょう」

「分からん……あなたの魔術は全て暗黒の呪いのようにしか見えん。これ、本当に大丈夫なんだろうな?」


 ぶんぶん首を振って今まで以上に魘されているグリューンを、レーグネンまでが心配そうに見やっている。

 失礼な、とシャッテンは一言で切って捨てたが、レーグネンと同じことをオレも思っていたので、失礼とかではないと思う。

 シャッテン曰く、大暴れしたりしなければこれで生命には別状ない、とのことなので、大丈夫……なのだろうか。


「何でそんな目で見るんですか!? 大丈夫ですって」

「……いや、イマイチ信用ならないのだ」

「信じてくださいよ、私を」

「一応念押ししとくが、もしも知らない内にグリューンがゾンビになっていたりしたら、もう二度とあなたには東方領うちでとれた作物のお裾分けとかしないからな……?」

「大丈夫ですってば! ただの治療の術ですから!」


 レーグネンの脅しが本当に有効なのかは微妙だが、そこまで言うのなら信じることとしようか。

 いや、そもそもシャッテンの言うことを信じる以外に、我らに選択肢などないのだが。

 レーグネンとしてもこのシャッテンに頼るというのは、苦渋の選択なのだろう。

 ぐむむむむ……と変な唸り声を上げながら、更にもう1つ、頼まねばならぬことを思い出したらしい。


「この流れで頼むのは本当に不安だし癪だし、俺の大事な人をこんな奴に託して良いのかとも思うのだが、このままにしておけば、次のチャンスはえらく先になってしまうし……ええい、ままよ! ヴェレ。リナリアを……リナリアの種を出してくれ」


 言われて思い出し、懐から以前渡されたリナリアの『種』とやらを取り出した。

 手のひらに乗るほどの大きさの、髑髏の模様をした丸いもの。

 オレの手の上を見ながら、シャッテンが思い出したように頷く。


「リナリア……ああ、あなたの身の回りの」

「そうだ。種に込めた魔力を使い果たしてしまった。今の俺では、彼女を元に戻せるだけの魔力を出せぬ……から……」

「なるほど、では私が代わりに魔力を込めれば良いのですね。私が! この、シャッテンが! キモいキモいとレーグネンに言われ続けたこの! 魔王軍北部方面玄武将軍シャッテンが! 良いでしょうとも、快諾いたしますよ!」

「あああああ……やっぱり不安だ……」


 何やってんだ、こいつら。

 オレは頭を抱えて悩んでいるレーグネンの右手にリナリアの種を乗せてやった。

 その種に向けて手を伸ばしてくるシャッテンを、レーグネンが左手で牽制する。


「ま、待て! 少し心の準備を……」

「え? そんな勿体付けるんですか? 私、帰りますよ?」

「いや、ちょっとだから待てって! あ、分かった。足りぬとは言え、俺も魔力を込めよう。一緒に、ほら……」

「初めての(?)共同作業ですね」

「キモい」

「帰ります」

「ちょ、待て!」


 繰り返される漫才を見てる内に、素朴な疑問が湧いてきた。

 こいつら、本当に将軍なんだろうか。将軍であることが嘘でないとしたら、魔王軍ってどういうところなんだ。

 王国の位階と単純には比較出来ないとは言え、騎士団長のグリューンと、西方隊長のオレがあんな感じのやり取りだぞ? 多少はくだけてるが、まあ大人の付き合いだぞ?

 それと比べると、ちょっとアホ過ぎないか、こいつら。

 そんな呆れを抱えて眺めている内に、将軍達の結論は出たようだった。


「では、一緒に」

「ああ、行くぞ」


 結局、共同作業で手を打つらしい。

 レーグネンの手のひらに乗ったリナリアの種に、シャッテンが上から手を乗せた。


「行きますよ――『永久の眠り妨げられし、哀れなる我が下僕』」

「『艶冶なる我が下僕、清浄なる碧空の覇者』」


 唱える呪文が重なり、広がる。

 ぶわりと吹き上がった魔力の圧に、シャッテンのマントと、レーグネンのワンピースがともに揺れた。

 眼を上げた2人の視線が、その手の上で合わさり――


「――『玄武よ、蠢け』!」

「――『青龍よ、疾走はしれ』!」


 ――小舟の上、闇を招き広げる風が翻った。


「――っ!」


 オレは必死で船縁にしがみつく。

 どろりと黒く重い風に横殴りに吹き付けられて、指先が外れそうになる。が、外したら吹っ飛ばされる。ぎりぎりと握って、風に取られそうになる身体を船へと張り付けた。

 吹き散る闇の向こうでは、筋肉ゾンビの力強い腕がグリューンをしっかりと押さえている。腰を落としたぶれない姿勢に、今だけオレも、あの逞しい腕に掴まりたいような気持ちになった。

 もう、ただの気持ちの悪いどろどろでも、暴風でもない。

 質量を持った重い空気は、それが攻撃ではないにも関わらず、近付くだけで脅威だ。


 ついに、指がもたないかと思った瞬間に、ぶわりと風が舞い散った。

 一気に圧力の薄れた空気の中、ようやく一息ついてレーグネンの方――船の中央へ目を向ける。

 側頭部に伸びた2本の角、すらりとした肢体の魔族の青年は、一瞬オレの方を見てにやりと笑った後に、自分の腕の中へ視線を戻した。


「……リナリア」


 切ない声は、ここまで会えずにいた悲哀を十分に湛えていた。

 ――散々馬鹿にしていたこのオレにさえ、伝わるほどに。

 彼の胸元に、目を伏せた緋い衣服の女がおさまっている。

 その白い瞼が上がるのを待ちきれず、レーグネンの身体が縮み出す。


「くっ……リナリア――!」


 唸り、手の中のリナリアを庇って自分の背中から船へと倒れ込んでいくのを――踏み出したオレの腕が何とか抱え込んだ。

 どちらも軽い方ではあるが、2人分はさすがにキツい。

 それに何だかレーグネンの頭が前より近くにあるような……?

 考えている暇はない。

 滑り込むように身体を緩衝材にして、船底へ横たえた。


 呪文の完了とともに、粘着く闇もキレイさっぱり掻き消えている。

 硬い船の底板を背中に感じて、ようやくほっと息をついた。

 少しばかり気を抜いたところで、一気に疲れが出てきたらしい。そう言えば、熱があったんだった……。くらくらして、立ち上がる気になれない。


 目を閉じたままのリナリアと動かなくなったレーグネンを、オレの肩越しに、上からシャッテンが覗き込んできた。


「まー、可愛らしいこと。いつもこうして黙っていればよろしいのに」


 これには、同意しても良いと思う。

 ただし、黙って立っていれば良いのに、と思えるのは、シャッテンも同類だ。口には出さないが。

 シャッテンは声に笑いを含みながら、一歩後退る。


「……しかし、この貸しを返してもらうときが楽しみですねぇ、レーグネン。死霊術師に貸しを作るということが如何なることか……いずれ、身を持って味わって頂きます」


 ばさり、とシャッテンの背中で空が鳴った――いや、夜闇の色と同じ黒い翼がその背中に広がっている。今の音は翼がはためいた音のようだ。

 白い顔に三日月形に刻まれた疵のように、赤い唇が大きく歪んで見える。

 その瞳がオレを捉えていることに、しばらくしてからようやく気付いた。


「他人事のようにぼんやりしていますが、貸しを作ったのはあなたも同じなのですよ、レーグネンのペットさん」

「……オレかよ」

「当然ながら。友の生命を贖った分は、後日きっちりとお支払いただきますので」


 けらけら笑う声とともに、再び羽音。

 右手で筋肉ゾンビ(と抱えられたグリューン)を抱いて、シャッテンは漆黒の翼を羽ばたかせ、夜空へと舞い上がった。


「では、いずれまた。私に借りを返すまでは、お2人とも決して死なないでくださいね」


 こうして――嫌な約束と哄笑だけを残して、玄武将軍は闇の中へと姿を消していったのだった。

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