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11 無責任の実態

 脇腹を掠めるように抉ったオレの剣を見下ろして、グリューンが痛みに奥歯を噛み締めた。

 しかしそこは、さすがの騎士団長だ。

 頼りない足元を踏みつけて、握った剣をもう一度振ろうとしている。


「くっそ……てめ、こんなことで――」

「おお、すまんな、騎士団長殿。しばらく休んでおれ」


 レーグネンの宣告とともに、グリューンの背後から両肩の上を通って、2本の太い腕が突き出される。

 そのまま、完全に背後に無警戒だった喉元に巻き付き、絞め始めた。


「――ぐぅ……!?」


 怪力に持ち上げられ、浮いたつま先を暴れさせながら、振り切ろうと必死でもがく。

 だが、ぎりぎりと狭まり続ける腕には勝てず、緩んだ手から剣の柄が落ちた後、グリューンの動きは止まった。


「お、おい。ったのか?」

「何をバカな。生きておるよ。気絶させただけだ」


 呟いたレーグネンの声に合わせて、首を絞めていた腕が緩み、騎士団長の身体がそこからどさりと地に落ちた。

 伏せたグリューンの鎧の向こうに、紫斑の浮き出た男の死体が、虚ろな視線で立ちすくんでいる。

 死体――つまり、シャッテンの、死霊術師の仕業か。

 生前はさぞかし力自慢だったのだろう。裸の上半身にはがっちりとした筋肉が蓄えられていた。

 幾ら負傷していたとは言え、素手でクヴァルム騎士団長を絞め落とすだけのことはある。


 しかし、筋肉男の姿を見た途端、レーグネンが不服げに眉を寄せた。


「……おい、シャッテン」

「何ですか、レーグネン」

「まさか、これがおっぱいの大きいのではあるまいな?」

「お望み通りのおっぱいが大きい方です」


 シャッテンの宣言と同時に、筋肉ゾンビがむきっと胸筋を動かして見せる。キモい。

 数秒毎に切り替わるポーズを見て、レーグネンが足を踏み鳴らして大声で叫んだ。


「――このバカ者が!」


 状況として、オレも窮地を助けてもらったことになるのだろうが……いや、まあ今回はレーグネンの罵倒に同意しても良いと思うんだ。

 どう考えても、これは詐欺だろう。

 そこはかとなくやる気を奪われつつ、それでもオレは重い身体を無理やり動かして、倒れ伏すグリューンの傍へと向かった。


 近付いてみれば、確かにグリューンは生きていた。

 脇腹から溢れる血液をそのままに、何とか呼吸はしているようだ。


 どうせなら、息の根を止めてくれれば良かった――とは、行き過ぎた願いなのだろう。

 ただオレが手を汚したくないだけなのだから。

 情けない考えを自嘲して、それから、グリューンの首を落とす為に剣を振り上げ――


「――もー、あなたも良い加減にしろ! 俺の周りはバカばっかりか!」


 駄々っ子のように暴れるレーグネンに蹴られて、手を止めた。

 止まった剣の向こうから手を伸ばしてきたレーグネンが、オレの首元を掴む。


「折角止めてやったと言うのに、何でそうかたくななんだ、あなたは!」

「何でってな、レーグネン。お前もさっき聞いただろうが。オレ達は『穢れの民』、お前でさえも忌避したあの力を持つ一族だぞ。オレが死に、長の血を引く人間が父だけになった今の状態で、この国の派閥は危ういバランスを保っているんだ。それを、『実はヴェレは生きてました』『魔王軍に与してました』などという噂が流れてみろ! どうなることか想像もつかんわ!」


 首元を掴んでいる小さな手を握り返して、レーグネンの身体を引き寄せた。

 当然ながら、少女の身体に比べれば上背はオレの方がある。

 引き寄せたところでしかし、何となく違和感を覚えた。

 並んで見たときに、何か以前よりもレーグネンとの視線の差が縮まっているような気がするのだが……あ、いやいや。それどころじゃなかった。

 見下ろすように凄んでやれば、体格の差に怯えたレーグネンは身を縮めて――オレの足を思い切り踏んづけてくる。


「――いてぇ!」

「バカで哀れな愛玩動物が珍しく長文喋ったと思ったら、結局はバカなことしか言えんのか! 噂が流れるのが嫌なら頭を使え! 短絡的な結論に流れるな!」

「……頭使えって……」


 靴と言うより、踝の辺りを思い切り蹴飛ばされたような感じだ。

 変な痺れが足全体に走っている。

 微妙な表情になっていたのだろう、オレの顔を見て、レーグネンは顎を上げて嘲笑った。


「そんな泣きそうな顔で、あえて生命を取ろうとせずとも……つまりは騎士団長殿の口を塞げば良いだけなのだろ?」

「泣きそ……って、おま――いや、待て。口を塞ぐってどうする気だ。喉でも潰すのか」

「何でそんな不穏な方法しか思い付かぬのだ、このバカ。普通に幽閉すれば良いじゃないか」

「幽閉……?」

「レーグネン、またあなた、私に何か押し付けようとしてませんか!?」


 筋肉男の脇から、黒衣の死霊術師が話に割り込んでくる。

 わしゃわしゃと肩まで伸びた金髪を自分で乱しながら、レーグネンに向けて歩み寄ってきた。


「どうせあれでしょ、この男を魔王領まで連れ帰れとか言うんでしょう!?」

「おお、良く分かったな。どうやら俺のペットより、あなたの方がまだまともな頭をしているのかな。さすが四神将軍の一、話が早い」

「分からいでか! あなたいっつも私に尻拭いばっかりさせて……!」

「俺だって、あなたの後始末はもう勘弁だ。しかしそんな気持ちを見ぬふりして、こうして遠路はるばる助けに来てやってるのだぞ? それもこんなか弱い身体で無理に無理を押して! この恩に報いようと、ちっとは思わんか? ん?」

「恩に報いるとか、自分で言うところが嫌なんですよ、あなたは!」

「恩であることは否定できまい」


 ぴしゃり、と叩きつけるように言い切ったレーグネンは、再びオレの方へと向き直った。


「……と、いうことだ。要はこの国で噂が広まらなければ良いのだろ。攫ってしまえ」

「おま……!」


 どうやって運ぶつもりか、と問おうとした途端に筋肉ゾンビがムキムキとポーズを決めたので、尋ねるのを止めた。さすがにこれ以上バカ呼ばわりされるのも業腹だし、聞くと後悔しそうな気がする。

 ちなみにこれは皮肉だが――随分と乗り心地の良さそうな輿だと言える。


「双方、異論はないな?」

「ありますよ!」

「聞かぬ。異論がなければ、まずは止血だ。早めにここより離れて、シャッテンに魔力が戻った辺りで、治癒の魔術を使わせよう」

「はいはいはーい! 異議あり! 異議あり!」


 片手を上げるシャッテンをまるっと無視して、レーグネンはオレに向けて顎をしゃくる。


「さあ、そこに伏せているのはあなたの友だろうが。止血して船に乗せろ。折角の王国潜伏、水路の話を聞いた時から、一度は自分で試してみようと思っていたのだ」


 何事もなかったかのように指図してくる姿を見て、先刻までのオレへの憎悪はどこへいったのか問い詰めたくなったが――結局、問うことはしなかった。

 答えが怖いなどとは言わない、決して。

 ただ――問う機会を逸しただけだ。それだけだ。


 どうせ相手は魔王領のレーグネン。冷酷で切れ者と噂の、魔王領きっての魔術使い。

 憎悪を隠してオレを油断させ手玉にとることくらい、簡単なものなのだろう。

 ならばこちらだって、それに乗ってみせてやる位は訳もない。

 精々、恩を売ったつもりでいれば良い。所詮は打算と利害の繋がりだ。

 そうでなければ……罪もなき自国の民を殲滅し尽くした男など、傍に置く理由もないだろう。


 そんなことを考えながら、黙ってグリューンの傷を縛る。

 ついでに目が覚めても動けないように手足を縛り上げてやると、筋肉ゾンビが不器用な動きでその身体を担ぎ上げ、船着き場に止まっている小舟に乗り込んでいった。

 その逆三角形の背中を見ながら、そっとレーグネンが呟く。


「……あれをおっぱいとか呼ぶのはないだろ」


 自他の立場がどうなのかは別にして、やっぱりオレは、その意見には同意せざるを得ないのだった。

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