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6 無理解の救出

「おい、集まれったって、全員こっち来んじゃねぇ! お前とお前、持ち場に戻れ! 言ってあっただろうが、1人は見張りを残せって」


 必死で指示を出すグリューンと、混乱でまともに動けてない素人兵ども。

 どうやら、街で音や光が騒ぎを起こしていた時点で、経験の長い奴らはそちらの見回りに出てしまったらしい。残ったのはこんな、組織だって動く経験の浅い奴らばかり。

 よくもまあ、レーグネンもここまでクヴァルム伯爵側の状況を見切ったものだ。

 昼間、街中をうろうろしていた時に随分よそ見していると思ったのは、この為だったのだろうか。


「くっそ……ゾンビが出やがったってことは、玄武のヤツは――!」


 グリューンの慌てた声に、オレは小さく頷いた。

 この屋敷には魔術封じを施してある、と先ほど言っていた。

 死霊使いを捕らえておくのだから、きっと同様に玄武シャッテンの力が使えないような細工を何かしてあったに違いない。

 それが解けているということは、つまり。

 ――玄武は今、自由に動けている、ということだ。


「おい、行くぞ! とにかく一度は様子を見に行かにゃならん」


 何の疑いもなくオレに背を向けたグリューンを見て、オレは拳を握った。

 斬らなければ。

 いや、しかし――



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 ――マズい。

 目前に迫る巨大な斧の刃を、避ける方法はなかった。

 盾はさっき空中のハーピーにぶち当てる為にぶん投げたし、剣は今まさにゴブリンの身体を貫いていて、引き抜く余裕がない。

 斧を振り上げたトロールの口が歪み、黄ばんだ牙を覗かせる。


 一瞬の隙が命取りになるのが戦場だ。

 が、間に合わないとしても、大人しくこいつの餌になるつもりはない。

 まだ痙攣しているゴブリンごと剣を振り上げる。

 こっちが一刀両断された隙に、向こうにも一太刀ぐらいは……と、腕に力を込めた瞬間。

 白銀の光が煌めき、斧とトロールの腕が一緒くたに真横へ飛んでいった。


「バカ! 何を大人しく覚悟した顔してんだよ、このむっつりが!」

「……むっつりは余計――っだ!」


 切り落とされた腕を抑えるトロールの胸元に踏み込み、今度こそゴブリンの身体から抜き放った剣を太い首元に叩き込んだ。

 頭を失った巨体がぐらりと傾いだ横を走り抜け、振り向けば、グリューンがにやにや笑いながら剣を振っている。


「今ので貸し1つだぞ。王国守護軍の隊長殿に貸しが出来るなんてなぁ、何を奢って貰おうかねぇ」

「栄誉あるクヴァルム騎士団の団長殿が何をせせこましいことを言っている」

「うちぁあくまでクヴァルム伯爵の私兵だからな。国王陛下の直轄とは貰ってるお給料が違わい」


 そんなことを言いながらもからから笑っているので、まあ、結局はどうでも良いんだろう。

 剣についた血しぶきを振り落として、グリューンへと歩み寄った。

 少し真面目な表情になったグリューンが篭手に包まれた手を伸ばしてくる。


「遅くなって悪ぃ」

「いや、友軍の到着は有り難い」


 その手を取って握り返してから、改めて剣を構えた。

 隣に並んだグリューンが空を見上げて、顔を顰める。


「まんまとあいつに嵌められた。途中で河を氾濫させてやがってな。足止め食らったぜ……」


 視線を追いかけて顔を上げれば、碧空を舞う青龍とその背に座っている魔物の姿がある。

 長い銀髪を風に遊ばせて、側頭部に伸びた一対の角を振っている。

 紅の瞳が、まるでこちらの姿が見えているかのように、真下を征く我らに向けられた。

 薄い唇の端が吊り上がる――笑っていやがる。畜生。


「青龍将軍レーグネン、か……」

「一斉攻撃のはずが、時間差が出来ちまった。王弟殿下の策は失敗だな」

「過ぎたことを言っても仕方ない。むしろ足止めを食らって良くこの速さで来たな」

「クヴァルム領にはかの有名な大河――クヴァルム河があるからな。氾濫した時の対処はお手のものさ」

「ああ……クヴァルム河へと引いた運河があるのだったな。伯爵の屋敷を中心に、都を貫くように運河を掘ったとか」

「西方は海がないからな。王都と貿易するにゃ、河をうまく使うしかないだろ。いつか遊びにきたら案内してやるよ」


 笑顔で誘われたが――私はそれには応えなかった。

 答えられる訳がない。

 私は誰とも親しく付き合うつもりがない、などとは。

 グリューンに悪意があるのか、善意だけなのかの判別もつかぬのに。


 無言のまま、私は剣を振り上げ――ちょうどグリューンの背後に迫っていたゴブリンを突き貫いた。


「……うぉっ!?」

「油断大敵だ」

「うわ、ありがとさん。あれ、まさかこれでお返しされちゃったってことかぁ? 俺はもっとこうさぁ……」


 それ以上は聞かず、駆け出した私の背後で、ため息をついた音が微かに聞こえた。

 私は聞こえぬ振りで、掲げた剣を振る。


「――友軍が来たぞ! 王国守護軍、前進せよ!」


 呼応してあちこちから湧き上がる声で、音は掻き消えた。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 迷っている内に、グリューンは庭を駆け抜け、建物の中に足を踏み入れた。こちらの思惑など知らぬげに屋敷の奥へと進んでいく。

 心を開いて語り合える親友、などではない。決して。

 だが――戦場を共にし同じ相手を敵として、生命を救い救われたことがあったのだ、お互いに。

 その恩を、すり合わせた心を。

 名付けるなら。

 ……やはり、友と呼ぶべきなのだろう。


 ばたばたと荒い足音を立てる背中をもう一度見て、首を振った。

 斬らねばならぬ。

 私がここにいると、グリューン本人はまだしも、その雇い主たるクヴァルム伯爵に知られる訳にはいかない。

 それも、こんな――言わば私に鎖の付いていないような状態では。


 斬らねばならぬ。

 王都に辿り着くまでは、誰にも知られてはならないのだから。

 斬らねば――


「おい、ヴェレ。この辺りから慎重に行くぞ! 向こうも警戒してるはずだからな」


 何も知らぬグリューンは、こちらを振り向きもせずに足音を忍ばせ始めた。

 私はその無防備な背中に向け、一歩足を踏み出す。

 振り返らない彼の、その首元へと手を伸ばし――


「――おや、随分遅いご到着で」


 聞き慣れぬ声に、指先が止まった。

 即座に抜いた剣を振り切ったグリューンは、さすがと言うべきか。

 私は一歩下がりながら、グリューンの肩越しに声の主の姿を見る。

 薄暗い室内の灯りの中で、くすんだ金髪は肩に届くか否かというところか。長めの前髪の向こうから細められた碧眼が覗いている。その背に負った黒い翼は折りたたまれてはいるが、明らかに人間ではないことを示していた。

 漆黒のローブは金糸の刺繍で飾られている。高価なものだと一目で分かるが、今は――血と埃と泥で汚れていた。


 ――玄武将軍、死霊使いのシャッテン。

 宵闇の王。死者達の主。死を奪う者――!

 状況から判断して、その名を頭に浮かべる。

 顔を合わせたことはなかったが、グリューンの様子から見て、間違いはないだろう。


「騎士団長殿には大変お世話になりまして。お返しと言っては不十分かも知れませんが、まあ……お気持ちと思って頂ければ」


 シャッテンの背後で、がしゃり、と鎧が鳴った。

 見れば、その向こうには蒼白な顔色で、焦点の合わぬ眼をしたクヴァルム騎士団員達が並んでいる。


「ははっ……アンデッド避けのまじないは、こうも早く切れるもんかね」


 グリューンがやけっぱちのような声で笑った。

 無理もない。幾ら分かっていても――生前は部下であった者と対峙するのは、精神的にキツい。

 己の部下であった者が、安らかな死を許されず、こうして剣を向けてくるなど――


 それでもさすがに一団の長であるグリューンは、立ち直りが早かった。

 2、3度頭を振ってから、顔を上げた時には、既に吹っ切れた眼をしていた。

 私の方を見ぬまま、こちらに向けて鞘ごと剣を投げてくる。見慣れた私の剣だ。


「頼むぜ、『轟雷の』」


 言い置いて、シャッテンに向けて駆け出すその背に。

 隙だらけの背中に。

 私は。

 オレは。

 握りしめた柄を。

 鞘を引き抜いて、追いすがり――


「――ヴェレ!」


 振りかぶった瞬間に、真横から何か軽いものがぶつかってきた。

 オレの胸元に張り付いているのは、小さな身体。

 目深に被っていた薄汚れた布の奥から、紅の瞳が見上げてくる。


「このばかヴェレ! あなた、こんなところで何してるのだ!? 熱があるのに出歩いたりして、心配するじゃないか!」


 ……何もクソも。

 どっちが心配したと思ってんだ、このアホ。

 一気に脱力した身体から力が抜けて、振り上げた腕を黙って下ろした。


「……心配させたのはお前だ、レーグネン」


 何とか口にした言葉は、自分で思ってたよりも小さい。

 それでも、オレを見上げてくる少女はその声を聞き取っていたらしい。

 びっくりしたように瞳が丸くなり――すぐに、くすっと笑い声が聞こえた。


「……リナリア以外に、俺を心配してくれるような者がいるとは思わなかった」


 穿ち過ぎかも知れないが、そんなにも自分のことが好きだったのか、と言われているようで――そのからかうような声色も腹立たしかった。

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