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1 無分別の質問

「たった1人に襲われた程度であれば、青龍を召喚する程のこともなかろう。そんなに大げさな呪文もいらんのだよ」


 うねりながら森の中を貫く街道は、晴れて差し込む陽光すらも木々が遮り、真昼というのに薄暗い様子である。


 先を行くレーグネンが、私への説明に辟易した様子で小石を蹴った。

 辟易しているのは良く分かったが、追求の手を止めることは出来ない。レーグネンの戦力としての有用性を把握しておくことは、私にとって重要である。

 つまりは――先日、どうやってかの夜討ちを退けたのか、という話なのだが。


「私が聞いているのは、その『大げさな呪文もいらん』がどの程度か、ということだ」

「だーかーらー! ちょちょっとこう、アレをこうするくらいの手間だ。心臓を貫くくらいなら、何とかなる」

「分かるか!」

 

 何とかなる、というのはどの程度なんだ。

 1対1なら何とかなるなら、2対1ならどうなんだ!?

 その辺が知りたいんだって言うのに――

 

「……もう! あなた、しつっこいな! 分からぬなら分からぬで、分からぬままにしておけ! 俺だって魔法も使えぬ者に、1から10まで教えてられんわ」

「もうちょい分かりやすく説明すりゃ良いだけだろうが!」

「俺のせいにするな! あなたの理解力が足りぬのだ」


 ――これだ。

 相互理解の意識に欠けてるんじゃないか。


「大体、あなたの方はどうなんだ! 俺はあなたがどれくらい使える人間かも知らんのだが!」

「……そんなの、どうやって説明すりゃ良いんだ。見てりゃ大体分かるだろうが」

「じゃあ俺のだって見てれば分かるだろ! ほら、お互い様だ!」


 納得しかけて、うっかり黙った。

 まあ、そう言われてみりゃ……自分の実力を説明するって難しい。

 こんなものは相手との相対差だ。

 言葉を失った私が黙ったところで、ふん、と息を吐いたレーグネンが道の先を見てうんざりした声を出した。


「……それにしても、まだ歩くのか」


 疲れたのであろう、とは推測出来るが、嘘をついたところで道のりが短くなる訳でもない。

 無言で頷き返すと、何やら口の中で悪態をつき始める。


「そもそも何故、人間の王国はこうも道が悪いのだ。このような道幅では駅竜車も走れんぞ。俺がこの地を治めてさえいれば、まず最初に道を整えるのだが」

「駅竜車……待て、それはどういうものだ? 貴様の青龍のようなもので――空を飛ぶということか?」


 くるり、と振り返ったレーグネンがにんまりと笑った。


「ほほぅ……王国には、駅竜車がない、とな?」


 このヤーレスツァイト王国と魔王領は、長く争い続けていたが、現在は一時停戦状態にある。正式な和平や終戦を宣言せぬままに、休戦協定のみが交わされている状況だ。

 となれば、我らにとっては魔王領が敵国であることに変わりはない。そのような状況で、相手国の将軍位にあるものに自国の軍事補給に関わりそうな情報を述べて良いものか……と、一瞬考えてから――諦めた。

 私が答えずとも、レーグネンが王国内に深く入り込んでいる今の状況であれば、どこからでも情報は得られるだろう。


「駅竜車――その単語で示される輸送方法はない。説明を受ければ、近いものはあるやも知れんが」

「亜竜はいるのか? 我が青龍に見た目は多少似ているが、四足で這うだけの生き物で知能は低い。馴らせば道を覚えるくらいはするが」

「知らん」


 亜竜――どうやら、魔王領固有の生物らしい。

 魔王領と王国は国境を接しているが、彼我の生物分布に大きな隔たりがあることは、広く知られている。王国にはいない、変わった生物が向こうには存在するのだ。トロールのような幾ばくか知的な生物から、知能の低い動物まで。


 そのような王国では見ない生き物の数々を総じて、王国では『魔物』と呼んでいる。

 ――勿論その『魔物』という呼称には、レーグネンのように角の生えた亜人類も混ざっているので――つまり、魔王領に存在する生物は、人間になじみの深い『動物』以外は、全てが『魔物』である、と述べられるだろう。


「ふむふむ、なるほどなぁ。こちらではそれも通じぬのか……。駅竜車とは亜竜に引かせる車だよ。一定の金を出せば誰でも乗れる」

「誰でも? 民間の者でもか? そんなに誰でも受け入れて、目的地が皆バラバラの場合はどうするのだ」

「むしろ己の竜車を持たぬ市井の者の方が良く使うさ。俺もそんなに使うことがある訳ではないが……1台に10名も乗るかな? 目的地ごとに何台も用意しておくのだ。直轄領から南方へ向かう駅竜車、東方へ向かう駅竜車……と。そうして進路を決めておいて、その止まる街々で乗る者、降りる者を集める」

「乗りたい時に、既にいっぱいだったらどうするのだ」

「次に行く駅竜車に乗れば良かろうよ。何日の何時に出発する、と予め決まっているから。急ぐのならば急がぬ者に代わって貰えば良い」


 なるほど。それはずいぶんと便利なものだ。

 補給と直接は関係ないかも知れぬが――いや、一定の時間に決まった場所へ向けて出発するならば、定時連絡の際に補給をするようなものか。それが、軍事目的ではなく、民間でも利用されているとは面白い。


「車だからな、ある程度の道幅と舗装がなければ使いづらい。このような獣道ではほぼ不可能だ」

「獣道とは……ここは森の中だからな、足元に不具合があるのも仕方あるまい」

「それにしても、もっと道を切り拓こうとは誰も思わぬものか。この辺りを治めているのは誰だ?」


 中央時代の情報を頭に浮かべながら、どこまで答えるかを取捨選択する。

 私の頭には、この周辺の領主の名が幾つか上がっていたが、そのような情報まですべて喋る訳にはいかない。


「……森の中にまで、境を主張する者はいない。どこの領主も手付かずだろうな」

「手付かず!? では、この道は誰が作ったのだ」

「街を移動して物を売る周辺の民だろう。誰ぞが何度も通る内に道になったのだ。いずれにせよ、『これから作るぞ』と言って作るようなものではない」

「……何と言う……」


 閉口した様子のレーグネンを見ながら、私は今の発言を思い返した。

 なるほど、道を作る、か。面白い発想だ。

 己が土地を持たぬ私には、治政、という概念は存在しないが、軍の指揮者としての知識はゼロではない。いずれ停戦が破綻した暁に、そのような制度があれば兵站が楽になりそうだと、そんなことを思う。


 現在の王国では水路の方が盛んに利用されているが、陸路を整えるというのも……そう言えばかつて偉大な国王が着手したというような話があったような。


 1人感嘆する私を見ぬまま、レーグネンは見事な銀髪をくしゃくしゃにして、頭を振っている。


「ほんっとうにあなた方人間の発想は分からん! そも以前から考えていたのだが――」


 何を考えていたのか、その続きを聞く前に、レーグネンはぴたりと口を閉じた。

 見れば、前方からすれ違う商人が近付いてくるところだった。

 細い道を行き交う為に、私達は道の端に身を寄せる。


「どうも」


 向こうの先頭にいる商人から笑顔で挨拶されて、ただの少女の振りをしたレーグネンも、薄っすらと微笑みを浮かべた。

 商人の後に続く数名は、荷運びと護衛の人夫。更にその列の最後に、私と同じ黒髪の――北方人の娘が剣を携えて歩いていた。


「おや……」


 私の前に立つレーグネンも、そのことに気付いたようだ。

 少しばかり不思議そうな顔をしているのは、多分――娘の衣服が一団の中で飛び抜けて粗末であったからだろう。

 こちらを見上げてくるレーグネンを無視したまま、私と娘は一族だけが知る手信号ハンドサインで、お互いの旅の無事を祈りあった。


「……先程の娘は、あなたと同じ髪と目の色をしていた」

「同族だからな」


 きゅ、とシャツを引かれた。

 見下ろせば、紅の瞳が見上げてくる。


「あなたとともにいると、『北方人』という言葉が何度も聞こえる」

「『けがれの民』とも呼ばれるぞ」

「……穢れ? 北方人、という言葉を発する時でさえ、蔑称の響きを伴っているというのにか」

「蔑称だからな」

「……俺から見れば角も尻尾も羽もない、同じ人間のように見えるが……あなたは何者なのだ?」


 何者か、と問われれば、そのまま『北方人』である、としか答えようがあるまい。

 私はシャツを掴んだままのレーグネンの手を払い、先に立って歩き出した。

 背中を追いかけるように、レーグネンの声が響く。


「――『北方人』とは、何なのだ! 何故、あなたは俺とともに旅をしている!?」


 迷った末に、私は振り返り、2つの問にまとめて答えることにした。


「貴様が『主人』としておらねば――私が1人で街道を歩いておれば、否応なしに目立つだろうな。そういう存在だ」


 見開かれた紅の瞳が次の問を発する前に、正面に向き直り、歩き始めた。

 ……何でもかんでもくんじゃねぇ。

 オレにだって、話したいこととそうじゃねぇことがあるんだ。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「……で、魔王領の将軍を1人、捕えたとか言ってたぜ」

「東西南北のどいつだろうな? 四神将軍とか聞いたが」


 街の酒場で漏れ聞こえる噂話に、正面に座ったレーグネンが聞き耳をたてている。

 ようやく街道を抜けて街へ着いたのだから、少しくらい気を抜けば良いものを、と思わなくもない。


「白虎将軍はもうだいぶ前から虜だって話だから、それ以外の3匹だろう」

「……3匹」


 背後の声に、ぼそりと突っ込みを入れたのはレーグネンだ。

 話している傭兵風の2人の男には聞こえていないだろうが、苛立ちを交えた声は不穏当な様子ではある。


「レーグネン、貴様、余計な騒ぎを起こすなよ」


 私の声が聞こえているのかいないのか、長い銀髪の影になって、手元に視線を落としたレーグネンの表情は見えない。


「――どうやら、玄武将軍だと聞いたぞ」

「北方のシャッテンか……」


 がたり、とレーグネンが椅子を引いた。

 慌てて伸ばした手は、ローブの裾をかすって空を掴んだ。

 ――やべぇ!


「――シャッテンが何だと言うのだ!? 詳しく教えてくれ!」


 振り向いて掴みかかった少女に、男達は目をぱちくりしていたが……すぐにニヤニヤ笑いながら立ち上がった。


「何だぁ? 可愛い嬢ちゃんが――絡んでくるねぇ?」

「こんなところへ何の用だ? お供連れてるったって、この辺は嬢ちゃんが来るようなとこじゃねぇぞ」


 ちらりとこちらを見た男の視線が……完全にオレをナメくさってる。

 オレは無言で立ち上がる。慌てた様子のレーグネンが、テーブルを回ってオレの横へ駆け寄ってきた。


「おいおい、北方人の後ろへ隠れるのか?」

「穢れの民が、王国民に手を出したらどうなるか知ってんだろうが」

「麗しい俺の愛玩動物ペットを『穢れ』とは何を言うか! この下等民族如きが!」


 近寄ってくる2人の男の言葉を受けて、私の背中を盾にしながら大声で叫び返している。

 ……が、悪手だ。最初の男達以外にも、そこら中で聞きつけた酔客が立ち上がった。


「下等民族だ!? 言うに事欠いて、こいつぁ……!」

「ガキが――魔物みたいなこと言いやがって!」

「なんだ、こいつら。お仕置きが必要なんじゃねぇか?」


 下等民族(・・・・)と煽ってくるのは、魔物が人間に対して良くやる手だ。

 聞いた人間は、誰であろうが腹が立つに違いない。

 案の定、苛立った様子であちこちから近づいてくる男達に向けて、オレは――私はゆっくりと腰を落とした。相手が酔っ払いで助かった。素面だったら、レーグネンの正体――とまではいかずとも、何かおかしいと思われたかも知れん。


「――北方人が勝手に手出ししたなら問題だろうが……我が主の危険を避ける為ならば、問題にはなるまいな」


 握り込んだ拳の向こう、不思議そうに首を傾げたレーグネンの姿が見えた。

 分かってねぇのかよ、あんたの売った喧嘩だ。

 こういう場では物の聞き方ってのがあるんだよ、ってのは……先に教えてやっておいた方が良かったかも知れねぇけどな。


 早々に殴りかかってきた男を捌きながら、オレは心の底で後悔した。

 聞かれたくねぇこともあるが、言っとかなきゃいかんことも――色々あるみたいだ。

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