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10 不料簡の最後

「私達とともに、戦乱からこの地を守っては頂けませんか?」


 領主の提案を聞いて、愛らしい少女の顔をしたレーグネンが薄く笑う。


「殲滅したトロールの代わりに、か?」

「そうです。力は有効に、ね。例え北方人とあっても、力さえあれば私は構いません」


 北方人、の単語とともに、一瞬だけ領主の視線が私に向けられた。

 冷えた感情のない視線。まるでモノを見るような。


 しかし、漆黒の髪や瞳、外見的に明らかな北方人の特徴を持つ私は、この手の視線は慣れている。

 ぴくりとも動かずに、レーグネンの答えを待った。

 悩ましく伏せた睫毛に影が落ちる。


「……そうさな、考えなくもないが――」


 ――もしも。

 もしも、ここでレーグネンがこの話を受けたならば、我々はここで袂を分かつことになる。


 私の目的は、王都にある。

 彼の目的地が王都でなければ、我々はともにいる必然性がない。


 そんな私の注目などどこ吹く風で、レーグネンは薄桃色の唇から、ちろり、と舌を出した。


「――考えなくもないが、俺は一度ひとたび俺を騙した者を、信ずることは出来ぬ性分でな」

「いや、勿論それは……」

「トロールがあなたの配下にあるのなら、何故、旅人に討伐など頼んだのかね?」


 領主はそのまま口を閉じた。

 その沈黙につけこむように、紅の瞳がにんまり笑う。


「トロールは珍味としてこの上なく人肉を好む。この麗しくも愛らしい俺を――奴らの餌にしようとしたのだよなぁ」

「……それも既にゴルトからお聞きでしたか」


 特に本人から聞いた訳ではないが――私にすら、容易に予想がついたことではあった。


 話の運びからして、ひとまずレーグネンにはその気がなさそうだと、私は安堵の息を吐く。

 彼の目的が王都シュトラントでの白虎将軍アイゼンとの邂逅であることを考えると、多分頷かないだろう、とはそもそも思っていたのだが。

 ……思っていたが、こいつならその場のノリとかで面白そうなことをやりかねない、という疑いは根深く残っていたのだ、一応。

 呪い返しなどという状況で苦しんでいる間抜けさ加減を考えれば、私の疑いが正当であることは明確だ。


「何にせよ、無理に俺を仲間に引き込もうとせずとも、口など金で塞げば良い。俺は恨みを忘れはせんが、無意味な復讐を考えるような暇がある訳でもない」

「……そうですか、では残念ですが」


 領主の手から当初の提示額より倍額近い金を受け取って、私とレーグネンは館を後にした。

 当初の予定通り、その夜の夕餐は今までになく豪勢であったことを、付記しておきたいと思う。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 真っ暗な夜道を、月影に紛れるように歩く。

 誰にも、姿を見られてはいけない。


 見られてしまえば、疑いを避けられない。

 血に染まったこの肢体を見られてしまっては。


 既に寝静まっているだろうとの推測で忍び込んだが、何故かまだ起きていた領主は、私の姿に気付くと激しく抵抗した。

 返り血を浴びぬように、などと気を遣う間もない。悲鳴が上がるより先に首を跳ねることを、何より優先した。


 一度宿に戻って着替えを取り、水浴びでもした方が良さそうだ。

 この時間の水は冷たいだろうが……領主殺しの疑いを負うわけにはいかない。

 私は誰にも気付かれぬように、あくまで穏やかに、道中を王都へと向かわねばならないのだ。


 ひっそりと宿に戻ってきた途端、辺りに漂う血の匂い――己の身体に染み付いたものとは別の――に、気付いた。

 心臓がどくり、と一度、大きく脈を打つ。

 月明かりも届かぬ暗闇に包まれた部屋の中央、1人立つ影に紅の双眸だけがぎらりと輝いていた。


「……ヴェレか」


 だるそうに呟いたレーグネンの真っ黒な影は、即頭部から伸びた角を携えている。

 元の姿に戻った青年将校の足元に、死体が1つ。

 レーグネンの姿が戻っているということは、魔法を――襲いきた脅威に魔法で対抗したということなのだろう。


「どうやら領主どのは、我らの口を塞がねばご安心めされぬようだ」


 近寄って見れば、寸分の狂いなく心臓を穿たれた死体は、領主の館の使用人である初老の男だった。


 ふと、最初に領主の館を訪れた時に、リナリアが階段の一番下を歩いたことを思い出す。

 もしかすると、アレは――オレがスカートの中覗くんじゃねぇかとか心配してたんじゃなくて、この男を牽制しての行為だったのだろうか。


 私達の姿を見たはずのこの男、口封じしようと先程館の中を少し探ってみたのだが、その姿は見当たらなかった。

 まさかの行き違い、こんなところにいたとは。

 うまいことレーグネンが片付けてくれていて、助かった。


「夜討ちなぁ……討ったつもりで討たれるとは、領主どのも甘い」


 くす、と力無く笑ったレーグネンの紅い瞳が、真っ直ぐに私を見た。

 その視線で、私の向かった先がレーグネンに知れていることが、理解出来てしまった。

 ゆらゆらと揺れる銀の髪の向こうで、薄い唇が歪む。


「一応は尋ねておこうか。領主どのとあなたの目的は、別の方向を向いていたのだな?」

「……そうだ」

「くくっ……愛玩動物のあるじたる俺は、そのことも知らんのだな」


 笑いとも苦鳴ともつかぬ息を吐いた直後、レーグネンの身体が縮み始めた。

 長い銀髪を揺らして、ぐらりとバランスを崩す。

 私はその身体を支える為に一歩踏み出し――踏み出してから、少し迷った。


 この、血に塗れた腕で、人を支えても良いものか。

 旅人を餌に魔物と手を組むような、領主などという薄汚い男の血に塗れた――その男よりも更に薄汚いオレの腕で。


 間に空いた一歩の距離を詰め切れぬ私に向かって、レーグネンの方が踏み込んでくる。

 ぶつかるように私に全身を預けたまま、柔らかい少女の姿へと変わった。


「……全面的に俺を信じろとは言わぬが、何をするつもりかくらいは教えてから動いて欲しいものだ」


 ぼそり、と囁いた言葉は、何も告げぬまま領主の暗殺を行った私を咎めるものなのだろう。

 きゅ、と小さな手が一度私の背中を握ってから、ゆっくりと力を抜く。


「悪いが、俺はここまでだ。後の始末は頼む……ぞ」

「……あ? 始末って――」


 完全に力を失った少女が、私の腕の中で瞳を閉じた時。

 ――私の足元には、大変マズいことに大人の男の死体が1つ、転がっていた。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 この後、私は――オレは、魔力切れのレーグネンをベッドに放り出し、即座に床を掃除し、夜の内に死体を森の中へ捨て、血まみれの衣服を着替えた上で、全く動きもしないレーグネンを背負って、諸々の事件が明るみに出る前に街を出るというものすげぇ忙しい1夜をおくることになったのだが――まあ、その話はあんまり詳しく説明したくない。

 すっげぇ地味な単純作業をひたすら行う、長い長い夜になったから、ってのが、理由の1つ。


 ――もう1つは。

 私も、夜討ちなどという卑怯な真似が、堂々と胸を張って語れることだとは思ってないからだ。

 きっと、それを躊躇なく選ぶ辺りが、薄汚い私の限界なのだろう。

 ――たとえそれが、私の望む正義の為であったとしても、だ。

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