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8 不平等な信用

 オレの腕の中に、柔らかくて小さなイキモノがすっぽりと収まっている。

 腕の中のソレ、はくぷくぷと心地よさ気な寝息をたてては、時折ぐしゅぐしゅ鼻を鳴らした。


「リナリア……」


 ああ、呼んでいる。

 彼がその名を呼べば、即座に現れる緋色の女。

 「ぬしさま」と愛しげに囁く声が、今にも聞こえるかと身構えたが――その声はいつまで経っても耳に届いては来なかった。


「リナりぁ……」


 あの女がレーグネンをこうも待たせる訳はないと、その違和感がきっかけで――意識が浮上した。

 目を開いた瞬間に、目の前にさらさらと流れる銀髪と白い頬があって、驚愕した。


「あんた――何やってんだ、おい!?」

「りにゃりぁ……」


 ぐしゅん、と大きく鼻を啜ったレーグネンを押しのけ、オレはベッドを出た。

 寝起きからびっくりして、心臓止まるかと思った。

 まさか自分でも気付かぬ内に、夜這っていたのだろうかと冷や汗が出たが、よくよく見れば、いまだレーグネンがむにゃむにゃしているのはオレのベッドだ。

 反対側の壁にくっついてる方が、レーグネンのベッド。

 どうやら、夜中に寝ぼけたレーグネンが、オレのベッドに潜り込んできたらしい。


「……驚かせんなよ」


 ようやくほっとして、両手で顔を擦った。

 落ち着くと今度は逆に腹が立ってくる。

 りにゃりにゃ言いながら寝ているレーグネンの頬を軽く叩いた。


「りにゃ……いひゃい……」

「おい、起きろレーグネン。貴様、何でこっちで寝てるんだ」

「んにゅ……りにゃりや、おはよーのちゅー……」

「するか! ってか、あんたら今までそんなことしてたのか!? うらやま――や、ちが、鬱陶しい! 起きろ、レーグネン!」


 襟首を掴んで乱暴に揺すると、さすがに顔をしかめたレーグネンが紅の瞳を開いた。


「りなりあがおっさんになった……?」

「誰がおっさんだ!」

「……ああ、ヴェレか」


 大きなあくびをしてから身体を起こしたレーグネンは、きょろきょろと周囲を見回して、初めて――リナリアの不在を思い出したらしい。

 ごしごしと目元を擦りながら、はあ、と大きく息をついた。


「しばらくは、おっさんと2人か」

「だから、誰がおっさんだっての! そんなに2人きりがイヤなら、さっさとあの女を復活させろ。こないだの口ぶりから考えれば、それが出来るんだろうが。その方がオレだっておっぱ……違う、あんたの勝手に振り回されずに済むってもんだ」

「……あなた、意外に良く喋るな」

「んなっ……!?」


 言われて初めて、隊長モード切れてたことに気付いた。

 妙に饒舌になりかけてた自分にブレーキをかけて、3度深呼吸した。

 きりりと表情を引き締めてから、しばし、レーグネンと沈黙をもって見つめ合う。

 先に根負けしたのは、例によってレーグネンの方だ。


「まあ、喋りたくないと言うなら、それでも良いが」


 再びあくびをしてから、ベッドから立ち上がってオレを見下ろす。


「リナリアがいないなら、仕方あるまい。ヴェレ、着替えを手伝え」

「――誰が手伝うか!」

「このボタン外してくれ」

「外さん!」

「下着は誰が洗濯するんだ?」

「自分でやれ!」

「着替えはどこにある」

「知るか!」


 オレは頭を抱えながら再びベッドに沈没した。

 ダメだ、こいつ。

 全然全くこれっぽっちもリナリアなしで生きていける感じがしない。

 顔を上げれば、1人でいつものローブを着ようとして、変なところで腕が引っかかって頭が出ないレーグネンが、肋から下――柔らかそうな下腹と白い下履きと、そこから伸びる肉の薄い2本の足を全開でオレに見せつけながら、胸を張る。


「ほら、あなたが手伝わないから、こんなことに」

「お前は1人で着替えもできんのか!?」


 オレからすれば割と切実な問題だったのだが、レーグネン的にはそんなことは当たり前らしい。


「青龍将軍ともあろうものが、1人で着替えなどするものか」


 将軍ってそういうものなのか!?

 隣国とは言え、ずっと敵対し続けていた魔王領とは、友好的な交流など全くなかったから、その文化などは知る由もなかったが……我らがヤーレスツァイト王国で言う『貴族』のような位置に当たるのだろうか。幼少期から1人では着替えもしないような?


「リナリアは魔王領東部方面のみに自生する花の精でな、俺の最も古い侍女なのだ」


 そんなことを言いながらも、もごもごと身体をひねる度に余計に絡まっていく様子を見過ごせず、立ち上がったオレは、仕方なくローブの裾と袖を摘んで手伝ってやることにした。

 ……別に、味も素っ気もないぺったんとは言え、裸身に近い少女の身体が目の前で踊っているのが目の毒だとか、そういう理由じゃない。そういう理由じゃない、絶対。

 ようやくローブの襟から首を覗かせたレーグネンは、まだ袖口を探りながら、説明を続けている。


「俺がこの姿になった時に偶然居合わせ、そのままついてきてくれたのがリナリアだ。彼女がいなければ、俺の生活は8割方成り立たないことが分かっている」


 分かっているらしい。


「分かっとるなら、早く――」

「出来るものなら、すぐにでもやっている」


 ぺいっ、とようやく袖を探し当てたレーグネンが、両手を伸ばすついでにオレの手を振り払った。

 空になった両手で、めくれ上がったままのレーグネンのローブの裾を直してやれば、ようやくちらちらしていた白いものが隠れた。


「リナリアは、魔力で咲き、魔力を溜める花だ。溜めていた魔力を俺に返した為に、種に戻ってしまった。もう一度咲かせるには大量の魔力が必要なのだが――今のこの姿の俺には、そんなものは望めん……」

「そうなのか」

「だが、俺の愛しいリナリアを、このままにしてはおけぬ。勿論、俺自身もこのままただの少女として一生を送るつもりもない」

「そ、そうなのか……?」


 ちょっと心配。

 いや、だってあんた、その姿、割と気に入ってるじゃないか。


「良いか、元より我らはこのヤーレスツァイト王国の王都を目指していた」

「ああ」


 目的地くらいは、さすがのオレも聞いてはいた。

 ……と、言うよりは、オレの目的地と同じなのだ。

 だからこそ、共に旅をしている。もしも目的地が違うのならば、別の同行者を探さねばならなかったところだ。

 そうだ――オレ――私には、目的があるのだ。


「王都シュトラントに、何があると思う?」


 からかうように見上げてくる紅の瞳を、私はただ黙って見下ろした。

 しばらく口を閉じていると、つまらなそうな顔をしたレーグネンが肩を竦めて、勝手に答える。


「王都には、俺の仲間が1人囚われているのだ。あなた方人間の虜囚となっている哀れな同胞だ」


 言われて思い返せば、すぐに思い当たった。


「そう言えば、長く白虎将軍を捕虜としているそうだが」

「そうだ。白虎将軍アイゼン。俺と同じ、魔王陛下を支える四神将軍の1人だよ」


 ふふん、と顎を上げたレーグネンが、調子こいた笑みを浮かべる。


「彼がいれば、俺を元に戻せる。元に戻りさえすれば、こっちのものだ。魔王陛下に楯突こうとする朱雀の野郎を放ってなどおくものか」


 しかし、青龍将軍が魔術と策略の雄と評価されているのとは違い、白虎将軍はパワーファイターだったはずだが……わざわざ人間の領域に踏み込まずとも、魔王領の中には、他にも適した人物がいそうなものに思える。

 私の疑問を見抜いたように、少女ははっとした表情で、ちらりと顔をそむけた。


「……不思議に思っているのだろう」

「ああ」

「昨晩、朱雀の話をしただろう。魔王領は今、内乱が起こりかけているのだ。誰をも無条件に信用できるような状況ではない。ましてや……このような、自分の恥を晒すような真似は」


 なるほど。

 だから、先のトロール達も朱雀将軍の手の者と知って、全滅させたということか。

 レーグネンは、いつになく真剣な眼差しで、真っ直ぐに私を見上げてきた。


「ヴェレよ、リナリアのいない今、俺に頼れるのはあなただけだ。頼む……魔王領と、この人間の王国、共に平和を維持するために、俺に力を貸しておくれ」


 その紅の瞳が何を求めているか、明確に理解している癖に。

 私は、黙したまま、ただ視線を逸らした。


 私の求めるところと、レーグネンが望むその世界が合致するか、など分からないではないか。

 そんなにも簡単に、力を貸す、と約すなどどうして出来ようか。

 ただ、分かっているのは、今の私に利用できるのはこの愚かな旅の連れである、ということだ――

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