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7 不心得の恩賞

「いやぁっ! 犯されるぅ!」

「起き抜けから何、人聞き悪いこと言ってんだ、あんたは!?」


 飛び起きた途端に悲鳴を上げたレーグネンの頭を掴んで、もう一度枕に突っ込んだ。


「むぎぅ!?」


 悲鳴だか非難だか分からない反論を無視して、オレはうるさい少女の顔を押さえたまま枕元に座り直した。


 宿へレーグネンを背負って戻ってきてから、既に1日半。その間、ただひたすらこんこんと眠り続けたことで、ようやく魔力が回復してきたらしい。むぎむぎと暴れる様子も、寝起きとは思えないほど元気だ。

 端的に言えばうるせぇ。

 こんな夜更けに人聞きの悪い言いがかりで大騒ぎされては困る。他の人間に聞きつけられたら……どんな窮地に陥ることやら。


 しばらく暴れ続けた後、レーグネンが突然ぱたりと力を抜いた。

 大人しくなったのかと思って手を離したら、オレの手の下から表れた瞼は諦めたように閉じられていた。


「今の俺はまだ抵抗する力も戻っておらぬ。業腹だが、あなたが本気でそれを望むならば……仕方がない。これも運命か」

「おい。何もしねぇって言ってるだろうが」

「せめて、痛くないようにしてください……」

「おま――いい加減にしろ!」


 ぶん殴ってやりたいが、少女の姿をしていては、やはりそうもいかない。

 襟首を掴んで持ち上げるにとどまった。

 凄むように顔を覗き込んだところで、間近から見上げてくるレーグネンと目が合った。

 その紅い瞳はにやにやと笑っていて――余計に腹が立つ。どうもからかわれていただけらしい。


「……趣味が悪い」

「あなたが俺に手を出すなどと思っているのは、リナリアだけだよ。少なくとも、今の俺は完全にあなたのことを信用している」

今は(・・)?」

せんに眼を閉じるまでは半ば心配もしていたがな。しかし結果として、あなたは俺が魔力を補充している間にも、何もしなかった。であれば、やはりそこは信じて良いだろう?」


 オレが何も――例えばここぞとばかりに身体を触ったり、服を脱がせて観察したりというような変態行為を何も――しなかったなんてこと、どうして気を失っていたはずのレーグネンが、自信を持って言い切れるのだろう。


「貴様、意識を失っていたのではないのか」

「あなた方が魔物と呼ぶイキモノは全てそうだが、魔力が切れれば動けなくなる。先程までの俺も同じ、魔力切れで身体を動かすことが出来なかっただけだ。しかしその状態というのは動けないだけで、意識はあるのだよ」

「意識が……」


 この2ヶ月で同じことが2度あったと言うのに、そんなことオレは何も聞いていない。

 今までは何もかもリナリアが世話をしていたから、わざわざ教える必要がなかった、ということなのだろうが……やっぱオレ達はお互いの情報交換が出来てないらしい。


 ふと、レーグネンの紅の瞳に優しい色が浮かぶ。


「だから……あなたが、動けなくなった俺をどれほど丁重に扱ってくれたのかも、知っているのだ。これは、やらねばならぬよなぁ。愛玩動物であるあなたの働きに見合う、ご褒美を」

「いらん」

「そうだな。例えば――少しくらい触っても良いのだぞ。ほーら柔らかい」


 挑発的に見上げながら、自分のほとんど平らな胸を下から掬って持ち上げて見せつけてくる。

 馬鹿馬鹿しい。

 多少なりとも寄せて上げたところで、元が平らな胸は……いや、わずかに谷間が出来ているかも知れない。


「いっ……いらんわ!」


 答える時に少し言葉に詰まったのは、断じて迷ったからではない。ただ喉に空気がつっかえただけだ。


「分かっておるよ、冗談だ」


 あっさりと笑ったレーグネンの様子だと、最初からオレがその褒美(・・)とやらを喜んで受け取るとは思っていなかったのだろう。これまた、ただからかわれているだけのようだ。

 イラっとしたが……まあ、だからと言って、意趣返しをするためだけにこんな乳臭いガキに迫る趣味はない。スルーすることにした。


 乳臭いガキで、中身は男で、しかも……実は魔族。

 鬱陶しい自己賛美と尊大な態度。

 その上――オレをからかって楽しげにしている性格の悪さ。

 どれをとってもオレの好みじゃない。


 だが、残念ながらそれでも、今はこいつと協力と言う名の相互利用をしていくしかない。

 だから、オレはため息をついてから、ベッドの上に視線を戻した。


「そんなくだらん冗談よりも少し貴様の背景について教えろ」

「背景?」

「何故魔王軍の将校が、こんなところを人間の娘の振りをして、うろうろしているのだ」

「え? 今更それ聞くのか?」


 出会って2ヶ月、ちらりとも尋ねもしなかった質問をついにぶつけたことで、レーグネンは目を白黒させた。


「そもそも、あなた、それ気になってたのか? なら、もっと早く聞けば良かったのに」

「特に気になってはいなかったが、今回のことがあって、相互理解の重要性に気付いた。お互いの目的も能力も満足に知らぬまま旅をするのは危険だ」

「気付くのが遅いと思うぞ」

「貴様だって私に聞かなかったではないか」


 そう、オレがレーグネンに目的を尋ねなかったのは、多分、オレ自身が尋ねられなかったから、だ。

 そして、尋ねられないままの方が、都合が良かったから。

 くす、とレーグネンが笑う。


「聞いてほしかったか?」

「そんなことは言ってねぇだろが……あ」


 思わず言葉遣いに地が出てしまって、1人で舌打ちした。

 北方人は野蛮だ、なんて言われて無理に直した口調は、多少使い慣れてはきたと言っても、ちょっと気を抜くとすぐに戻っちまう。

 所在なく頭をばりばりと掻いて誤魔化す。


 そんなオレを見て、レーグネンはますます楽しげに笑った。

 ゆったりとベッドから身を起こして、両の脛をぺったりとシーツにつけて座り直す。

 煌めく紅の瞳と正面から目が合って、何とはなしにドギマギした。


「……なるほど。何故あなたが俺についてくるのか、俺の美しさに心奪われたから、というだけではないことは、まあ知ってはいたが」

「待て。『だけ』は不要だ。勝手に変な理由を付け足すな」

「情報交換会といこうではないか。正しい理由を説明してみよ」

「オレは――」


 聞く耳を持たないレーグネンに説明しようと口を開いて……そして、オレはそのまま口を閉じた。

 こちらの様子に、首を傾げているレーグネンの姿は見えていても――言葉が、出てこない。 

 言えない。

 物理的に言えない理由など何もない。ただ、今まで色々なことを沈黙で受け流してきた経験が、「語ることで得られるものなどない」と頭の中で告げているだけだ。


 どうせ。

 言葉になど、何の意味もない。

 私の抱える目的など――レーグネンが知ったところで、何も。


「……言えぬのなら、仕方あるまい。俺の理由から言ってやろう。あるじの優しさに咽び泣くが良い、愛玩動物よ」

「誰がだ」


 オレの反論などやっぱ聞いていない。気軽にこきり、と首を鳴らして、ベッドから立ち上がった少女は、自分の足元に視線を落とした。


「俺のこの姿がかりそめであることは、もう分かっているな?」

「ああ」

「真実の俺は魔王軍東部方面青龍将軍レーグネン。この姿になる前、あなたともいつか、戦場でまみえたことがある」

「……覚えていたのか」


 確かに、かつて彼とは戦場で敵味方として争ったことがあった。

 とは言え、向こうは青龍の背に乗り天空を翔け、こちらは地を這う有象無象の1人。

 まさか、相手が覚えているとは思わなかったが。


「俺の記憶力は、あなたのような3歩あゆむより先に全てを忘れるだだ漏れ脳みそとは違うのだよ」

「誰がだだ漏れだ」

「そんな素晴らしい記憶力と、魔王軍きっての魔術の才と、麗しき美貌を兼ね備える青龍将軍が、何故こんなところで少女の振りをしているかと言うとだな」

「人の話を聞け」

「……全ては、朱雀の企みによるものなのだ」


 ぴり、と少女の瞳に怒りが灯った。

 魔王軍南部方面朱雀将軍グルート。

 青龍将軍が東方領魔王軍を統括すると同じく、南方領を統括するのが朱雀将軍だ。

 先日のトロールも、しきりに朱雀将軍の名前を出していたので――まあ、何某かのいざこざがあるのだと思ってはいたが。


「朱雀将軍が、何をしたと言うのだ」


 尋ねたオレの顔を正面から睨みつけて――そのこもった憎しみは、オレに対するというより、むしろオレの口から出た朱雀将軍の名に対するもののようだった。


「朱雀は――奴は――グルートは!」

「ああ」

「こともあろうに、魔王陛下のお考えを無視して、人間達と全面戦争を起こそうとしておるのだ!」


 愛らしい見た目にそぐわぬ憎々しげな声で、少女は吐き捨てる。

 黙ったまま聞いているオレから目を逸らして、乱暴に足を鳴らしながら窓へと寄って行った。


「俺はそれを止めねばならん。今までの小競り合いは仕方ない。しかし、陛下は今、あなた方人間の王国と和平を結ぼうとしている。それをひっくり返される訳にはいかんのだ!」

「それは大層な話だが……それと、貴様が少女の姿でいるのと、何の関係があるのだ?」


 窓から外を眺めるように、オレに背を向けたまま、レーグネンは一瞬躊躇してから――小さく答えた。


「……呪いをかけようとした」

「呪い?」

「魔術を封じ、姿を変える呪いだ。あの朱雀の野郎、あんまり腹立たしいから小鳥にでもしてくれるわ、と思って――」

「おま……それ……」

「――呪い返しで、このザマだ」


 窓の向こうで、ほぅ、とフクロウが鳴いた。


 自業自得。

 人を呪わば、穴2つ――どころか、自分の墓穴。

 さんざっぱら人をバカにしくさって――バカはあんたじゃねぇか!


 揶揄する言葉が喉元まで出かかっていたが、かろうじて口にするのは止めた。

 良く見れば月光に照らされた少女の小さな背は震えていて、まあ……呆れるくらいアホな話ではあるが、その境遇に陥ってる本人が、そのことは一番分かっているだろう、と思ったのだ。

 がくり、と肩を落とした(元)青龍将軍の背中に、オレが投げてやれる言葉はない。

 その夜、オレ達はいつまでも黙ったまま、鳴いているフクロウの声を聞いていたのだった――。

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