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6 不祥事の始末

「やっぱぁ追いかけてきてたか」


 剣を構える私の姿を見て、ゴルトが口を歪めた。

 何か言い返そうかと一瞬考えたが、特に言いたいこともない。黙ってじりじりと距離を詰める。


「あんたがそこにいるってこたぁ、あれかい? さっきの声、青龍将軍も近くにいるんだろ?」


 トロール達よりも、ゴルトとの距離の方が近い。

 手強さから言っても、あっさりこいつをぶっ殺しておいて、トロールへ向かう方が良さそうだ。


「あーあ、悪ぃな隊長……こうやって何度も戦う宿命なのかねぇ。おれらぁ、よっぽど星の巡りが悪ぃらしい」

「謝罪はいらん。勝てると思うなら、黙ってかかってこい」


 挑発とともにトロール達の動きを視線で牽制してから、真っ直ぐにゴルトを睨みつける。

 相手はさして怯える風でもなく、へへっと笑い声を上げると、距離を詰めるオレとは逆にじりじりと後ろに下がった。


「やぁ、隊長も相変わらずだなぁ。おれより強ぇのがいっぱいいるのに、わざわざかかってくワケがねぇでしょ」

「確かに惰弱な人間などには、任せておけぬようだな」


 ゴルトの抜けた穴を埋めるように、1体のトロールが私の前に進み出てくる。

 隙のないその構えに、内心の緊張を押し殺して――私は唇を歪めて応えた。


「では、貴様から来るか」

「――こう!」


 踏み込みと同時に、真上から重量と腕力に任せた斧が振り下ろされる。半身をずらして切っ先を避けたが、風圧だけで身体が揺らぐ勢いに、髪が逆立つ。

 勿論、こちらだってただ圧倒されているだけではない。所詮単体では無力な人間と言えども、私だって『轟雷の』と言われた戦士ではあるのだ。魔物の起こす雷には、到底届かないとしても。

 地面に刃がめり込んだ瞬間を狙い、真横から剣を振る。予想を超える素早さで、一瞬早く身を引いたトロールが再び斧を振り上げた。

 だが、それこそが私の狙い――剣を即座に振り戻し、そのがら空きの足元に向けて刃を叩き込んだ。


「っがあぁぁっ!?」


 痛みで身をよじるトロールの、濡れた悲鳴が洞窟に響く。

 さすがにトロールの筋肉は硬い。両足を断ち切るまではいかなかったが、左足は吹っ飛び、右足の半ばで剣が止まった。止まった直後に即座に引き抜き、びりびりと震える手のひらを無視して、そのまま剣を振り上げる。


「とどめだ――!」


 脳天に剣を叩き込もうとして――目の端に嫌な光景を捉えたような気がして、剣の軌跡を変えながら身体を引いた。

 風切り音とともに、目前を矢が突っ切っていく。

 出処を辿れば、後ろに下がったゴルトが弓を引いている。


「ちぃ、外したか」

「貴様――」

「おっと、隊長さんはトロール達と遊んでな! こっちは後ろのヤツ放っちゃおけねぇだけだ」


 ぎりぎりと軋む弓弦の狙いは、私の背後――レーグネン!

 この状況で振り返ることなんか出来ねぇオレには分からんが、移動したゴルトから姿が見えてしまったらしい。


 ――マズい、呪文詠唱中で隙だらけのアイツが、こっちの状況なんか見てるワケがねぇ!


「レーグネン!」


 叫びながら、オレは背後に駆け戻る。

 目を閉じて呪文を唱えるレーグネンの身体に飛びついて、一緒くたに洞窟の向こうへ転がった。

 背後から追いかけてきた矢が、オレの脇を掠めて地面に突き刺さる。

 うまく一射を避けたことでひとまず安心した途端、自分の腹の下の柔らかい少女の身体が、いつになくぞくぞくする感触で悶えていることに気付いた。


「……っふ、『我が名は青龍統べる――主』ぃ! おい、どけろ!」


 オレに押し潰されたレーグネンが、何とか抜け出そうと動き回っているらしい。

 おかしな背徳感がちくちく胸を突く中、こみ上げてきた何かを抑えて、オレは身体を浮かした。

 腹の下から這い出してきた少女が、痛みに顔をしかめながら、悪態混じりに最後の呪文を吐く。


「痛いわ、この……言葉より先に身体で現すつもりか、変態が――!

 『――東方将軍レーグネンなり』――ヴェレ、そこに直れ!」


 轟音とともに土煙を吹き上げながら現れた青龍は、洞窟の天上に頭をぶつけた後にきょろきょろと周囲を見回した。結果、自分がえらく狭い場所に召喚されたことに気付いたらしい。不機嫌そうに巨大な黄金の両眼の間にシワを寄せている。その様子はどことなく迷惑そうな顔にも見えて……ちょっと面白い。


「青龍か!?」

「将軍がそこに!」


 のたうつ青龍の尻尾や身体に巻き込まれて跳ね飛ばされないように注意しながら、そろそろとトロール達がこちらから距離を空けていく。

 トロール達を敵と認めた青龍が、狭い洞窟の中を不器用に身体をくねらせながら、そちらに近寄っていくのを見て――ようやく少し安堵した。


 安堵したところで、砂嵐の中から男の姿に戻ったレーグネンが、こちらに向かって駆け寄ってきた。


「――ヴェレっ!」


 紅の瞳に怒りを乗せて、シャツの胸ぐらを掴まれる。

 男にしては細い肢体だが、腕力はそこそこにあるらしい。それに――魔王軍の4分の1を支配する威圧感のある視線で睨みつけられれば、さすがのオレもどうしようもなく腰が引けてしまう。

 が、ここで負ける訳にはいかない。男のプライドに賭けて、必死に睨み返した。


「あなた! リナリアの予想通り、本当に少女に性欲を覚える変態だったのか! 言葉も通じぬ愛玩動物の分際で、まさか本気で俺に手を出そうと思っていたとは――見損なったぞ!?」

「だ、誰が言葉も通じぬ愛玩動物だ! 通じとるわ!」


 どうやら先程、矢を避けさせるために押しのけたのを、欲情に任せて押し倒された、と勘違いしているらしい。

 あまりの勘違いに閉口しそうになったが、そこを推してきっちりと反論した。

 言い返しておかなければ、この先で何言われるか分からん!


「黙って欲情しておるだけならまだしも――手出ししようと言うなら、こちらも容赦はせん!」

「欲情しとらん! 今はそれどころじゃないだろ! そんなことより、あいつらをどうにかしろ」


 体勢を整え始めたトロール達をちらりと見たレーグネンは、しばし――唸りながら頭を抱えた後、何かを決意した様子で俺のシャツを離した。

 ぽつり、と諦めた様子で、呪文を解き放つ。


「『艶冶なる我が下僕、清浄なる碧空の覇者――青龍よ、疾走はしれ』……」


 そのやる気のない呪文を聞いて、トロール達を牽制していた青龍もまた、遠慮がちに中途半端な咆哮を上げた。

 洞窟を崩さぬように慎重に頭を動かして、さっき見たばかりの轟雷を放つ。

 閉ざされた洞窟の中を縦横無尽に駆け巡る雷に灼かれ、敵は次々に真っ黒い炭と化していった。

 敵が全滅したことを確認したように、暴れまわり洞窟の中全体に破壊を振りまいた青龍の姿が、幻のように霞んで消える。


 ――オレ達の、勝ちだ。

 なのに。

 どさり、とオレの横に膝を突いたレーグネンが、悔しそうに喘ぐ。


「ああ……今度こそ絶対大丈夫だと思ったのに……この程度のヘタレなら行動に移す勇気など持ち得ぬだろうと思っておったのに……。まさか、俺の魅力がこうも簡単にむっつりを奮起させてしまうとは――」

「おい、何の話をしてる!?」


 手近にあったレーグネンのツノを握ろうとしたが、掴んだ傍から縮んでゆき、最終的に長い銀髪の下へ消えてしまった。少女化が始まったらしい。

 同時にくらりと揺れて、後ろに倒れそうになる身体を、慌てて支える。

 途端、怯えた瞳に見上げられて、イラっとした。


「何もしねぇっつーの!」

「……俺の汚れなき純潔もここまでか。目が覚めた時には新しい俺、こんにちは……」

「聞こえねーのか、何もしねぇよ!」

「だってそんなこと言いながら、あなたの眼はいつも俺の身体を舐めるように見てる……と、リナリアが言っていた……」

「――はぁ!?」


 み、見てない! リナリアならまだしも、こんなガキそんなに――いや、ちょっと膨らんだ胸元どのくらいの大きさなのか考えたりとか、時々ローブがはためいて色気のない下履き見えてたりとか、そういう時にはまあ、ちら見……


「怖いよう、怖いよう……リナリア……」

「しつこい、何もせんわ!」


 しくしくと泣く少女の姿を見ていたら、自分自身の心も折られそうになる。

 オレはロリコンでも変態でも鬼畜でもない。

 こんなのなら、男の姿で胸ぐら掴まれてる方がまだマシだ。


「ヴェレ、信じているからな……絶対絶対、信じているからな……あなたはあくまで女好きであって、幾ら麗しい少女とは言え、中身が男である俺に手を出すような……そんな……嗜好は……」


 全く全然これっぽっちも信じてない顔で、オレから眼を逸しながらそんなことを呟いたレーグネンは――ついに気力が尽きたのだろう。ことり、と身体の力を抜いた。

 揺さぶっても眼を開けない。今度こそ魔力とやらがなくなり、気を失ったらしい。

 涙に濡れた頬で、肩を縮こませるようにして眉を寄せた少女の姿は――おい、これ客観的に見たら、どう見てもオレ犯罪者だろ。


 苛立ちと何か別の焦りに煽られて、レーグネンの身体を抱えたまま立ち上がったオレは――さっきまでトロール達でひしめきあっていた洞窟の中を見渡す。

 ここに今、人の姿を保っている存在は、オレとレーグネンしかいない。

 オレの元部下ゴルトもトロール達とともに――先ほどの雷で一瞬にして燃え尽きた。


 これが、青龍将軍の本来の力――の、はずだ。

 それが、何故こんな力ない少女の振りをしているのか。


 さっきの恐ろしい勘違いもそうだが、どうやらオレ達は少し情報交換をしなければいけないらしい。

 お互いに利用し利用されるだけの関係と割り切っていたが――そうも言っていられない状況を、相互に抱えているようだ。

 レーグネンが目を覚ましたら、尋ねなければ。そして話さねば。

 ……そうしねぇと、オレ、本当に変態のレッテル貼られる!


 そんな決意を静かに胸に抱え、オレは歩き出した。

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