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5 不用意な接触

 少女の姿をしていても、その中身は魔王軍東部方面青龍将軍である。

 この2ヶ月の間に既に2度、元の姿に戻るところを私は見ていた。だから、先程で3度目と言うことになるか。


 あの魔術の才、虫をも殺さぬ優しげな風情をしている癖に、殺気と威圧に満ちた青年の姿。

 かつて戦場で垣間見た敵軍の将であると、疑いはなかった。

 たとえ今はただの少女にしか見えず、その理由さえ知らぬと言えども、だ。


 ただし、今までの2回も同様だったのだが、レーグネンはこうして青年将校の姿を現した後はきまって脱力してしまう。そして、その後しばらく寝込んで動けなくなる。

 それを考えれば、あれが彼にとって公開したくない奥の手であることも、容易に理解できる。

 だからこそ今日もまずは私が斬り込むべきだと思っていた訳だが――。


「まずいな。俺が元の姿に戻れることを、朱雀に知られるのは……」

主様ぬしさま、わたくしが――」

「うん、そうしよう」


 だるそうにリナリアの手から身体を起こしたレーグネンが、私に視線を向けた。


「ヴェレよ、リナリアを伴い、先程のトロールの口を塞げるか?」


 普段であれば、黙って頷き、終わりにしていただろう。

 自分が指示されているのは、あくまで先のトロールを倒すことであって、それ以上ではない。

 レーグネンの予定外のことがあったとしても、私は己の生命が危なくなる前に離脱すれば良いだけだ。

 それ以外のことなどは、知らない。

 ずっとそうだったのだ。今までも――そして、多分これからも。


 ――だが。


「レーグネン。貴様に伝えておきたいことが、もう1つある――」


 つい、口から漏れたのは何故か。

 ……いや、自分でも良く分からねぇ。もしかしたら、さっきトロールが逃げ出すときに、黙って見過ごしてしまった罪滅ぼしのつもりなのかも。実際、少しばかり悪いことしたとは思ってるワケだから。

 まあ、あそこで声を上げてたとしても、間に合ったかは分からんが。


 レーグネンは、閉じそうになる瞼を明らかに無理やり開いて、こちらを見ていた。

 今にも寝落ちしてしまいそうな様子なので、慌てて言葉を続ける。


「おい、寝るな! この件、他にも裏があるぜ。息の根止めてねぇ例のオレの元部下(ゴルト)もさっきのトロールと一緒に引き上げやがった。人間と魔物が何で一緒に行動してるかも謎だし、そもそも魔王領からこれだけ距離のある街に魔物が出るのもおかしな話だ。もしもあんたらの身に覚えがあるなら、あいつらはあんたらを狙ってきやがったのかも――知れん」


 普段の口調を失念してたことにようやく気付いて、最後の最後で無理やり口調を直した。

 私を見るレーグネンとリナリアが、目を丸くしている。

 うあ……失敗した。こいつらの前ではずっと隊長モードで通してたのに、うっかり忘れてた。


「……ヴェレ……それが、あなたの地か?」


 弱々しいレーグネンの問に、オレ――私は応えないことにした。特段、応える必要性も感じない。

 黙ってひたすら見つめ合う私とあるじを見て、リナリアがため息をついた。


「主様、それの態度についてはまた後で吐かせましょう。それよりも、わたくし達を狙ってきているとしたら、さっきのトロールのねぐらには、他にも誰ぞおるやもしれません。わたくしの力は幻を見せるだけ、一刻の足止めしか出来ませぬ……」


 彼女の言いたいことは良く分かった。

 言葉の後を継いで、私も口を開く。


「リナリアが時間を稼いでくれたとしても、頭数があまり多ければ、私1人では殲滅しきれん」

「……そうか……」

「主様、どうか――」


 辛そうに囁いたレーグネンの声に、リナリアの声が重なる。


「リナリア」

「どうか、わたくしを使ってくださいませ」


 見つめ合う紅と緋の瞳が絡み合って、一瞬外れた後、まるで最後の別れを告げるように、再び絡んだ。


「リナリア、すまん……」

「主様。リナリアは、今生も主様のお役に立てて、本当に幸せでした。どうか次のリナリアも愛してくださいませ」

「ああ、もちろんだとも」


 きつく指先を握り合いながら、見つめ合ったまま近付く2人の唇が――柔らかく、重なった。

 ――え、うわ……重なってる!

 重な――って言うか、めっちゃ絡んでんじゃん!

 や、幾らレーグネンの中身は男って言っても、今はちょっと違うような……あ、でも見てるオレ的にはこれはこれで美味し――いや待って、違う。そんなガン見してない。いやほら、気持ち良さそう、どうせだったらオレにしてくれりゃ……とか、そういう話じゃない!


 レーグネンの白い額に、リナリアの緋の髪が一筋落ちる。

 しばらく黙って唇を合わせていた2人の身体が、仄かに光で包まれ始めた。


「あぁ……主様」

「リ、ナリア……」

「リナリアは嬉しうございます」


 時折唇を離しては囁かれる、息だけの会話。

 段々と高まっていく2人の熱とともに、光も強くなっていく。

 ごくり、とオレが唾を飲み込んだ瞬間に、一際強く光が弾けた。眩しさで、きつく眼を閉じる。

 切なく、最後に女を呼ぶ声が、耳に届いた。


「……リナリア」


 眼を開けた時には、既にリナリアの姿は消え失せていた。

 頬に流れる雫をローブの袖で拭ったレーグネンだけが、1人、何か白い丸いものを右手に抱えて座り込んでいる。


「ヴェレ。これを預かっておいてくれないか」


 消えた女をきょろきょろ探しているオレに向けて、右手のものを差し出してきた。

 反射的に受け取った手の中に転がり込んできたのは、白くて丸い手のひらサイズの軽い石?

 手の中でころりと転がして、その石に穴が――眼窩や鼻腔、並んだ歯並びまでついてることに気付く。


「――うわ……!?」


 びっくりして落としそうになったが、何とか落ちる途中でもう一度掴んだ。

 良く見れば人間の髑髏――よりはだいぶ小ぶりだ。オレの片手で収まっちまうサイズ。


「何だこれ、髑髏!?」

「リナリアの種だよ。詳しい話は後で説明する」


 じゃり、と砂を鳴らして立ち上がったレーグネンは、先程までと違って足取りがしっかりしている。

 オレが掴んでいる『種』とやらを切なげに見下ろしてから、森の向こうへ視線を戻した。


「では、行こう。生き残ったトロールがどちらに逃げたか覚えているな?」

「ああ……」


 頷き、歩き始めたオレの後ろで、レーグネンが童女のように鼻をすすっていることに気付いていたが……私は何も言わず先に進んだ。

 これまでの経緯をほとんど知らない私が、不用意にそのことに触れても良いものとは、到底思えなかった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「どういうことだ、青龍将軍が出て来るなど聞いていないぞ!?」

「まあまあ、おれらだってそんな騙すつもりがあったワケじゃねぇよ。まさか東方将軍が人間の娘の振りしてこんなとこうろちょろしてるなんざ、誰が思う? ほら、今日までは実際、簡単にメシが食えてただろうが?」


 激高するトロールの声に、私の元部下ゴルトの呆れたような声が重なって、洞窟の奥から響いてくる。

 どうやら、この洞窟が彼らの隠れ家らしい。


「何の危険もなく人間を簡単に喰えるなど……そんな甘い話はなかったということか! 貴様や朱雀将軍の甘言に乗った為に、我が血族は滅亡の危機だ!」

おさよ、この地は場所から言えば、青龍将軍の膝下に近い」

「そうだ。魔王領に戻るにせよ、青龍将軍に目を付けられてしまっては、東方地域を突っ切れん」

「さてどうしたことか……」


 しゃがみ込んだまま壁の影からトロール達の会話を伺う私の耳は、明らかに1体と1人以外の声を捉えていた。やはり仲間のトロールは他にもいたらしい。声と気配で察するに、『おさ』と呼ばれる1体と、その他に数体。そして、ゴルト。

 どうやら、リナリアを犠牲にしてでもレーグネンを連れて来たことは正解であったようだ。


「どうしたもこうしたも……今の内に一族まとめて逃げ出しちゃどうかね? どうやら向こうは大軍を引き連れて来てるわけでもなさそうだし、今ならまだ何とでもなるだろ」

「そうは言っても、戻ったところで朱雀将軍(・・・・)に何と報告すれば良いものか――」


 『朱雀将軍』の名を聞いたレーグネンが、ぎり、と私の後ろで足を踏みしめた。

 今にも飛び出しそうなその身体を押さえながら、私はしゃがんだまま小声で耳元に囁きかける。


「……少し落ち着け。如何にしてこの場を平らげるつもりだ?」


 怒りを抜くように息を吐いた少女は、すぐに私の方を見ぬままに答えた。


「出入り口まで戻り、詠唱の声が聞こえない距離から先程の魔術を使おう。少し卑怯だが、油断している隙に全滅させるのだ。朱雀将軍の名を聞いたからには、やはり放ってはおけん」

「何やら事情がありそうだな。その話、後で聞かせろ」

「俺もあなたに聞きたいことが幾つかある。とは言え、その話を今している暇もない」

「とにかく、出入り口へ戻るか……」


 身を潜めたまま今来た道を戻ろうと、ゆっくりとひっそりと腰を上げる。

 私の姿を見た隣のレーグネンが同じく立ち上がろうとして――自分のローブの裾を、踏んだ。


「――っぶぎゃっ!?」

「このバカ!」


 スッ転がって頭から岩壁に突っ込みそうになるところを、何とかローブの襟首を片手で掴んで止めたが、変な悲鳴までは止められない。


「誰だ!?」


 当然のごとく、トロール達に気付かれた。

 オレはレーグネンを立ち上がらせながら毒を吐く。


「くそ、これだからドジっ子属性とかいらねぇんだよ!」

「ええっ今の俺のせいか!? むしろあなたの叱責の声の方が大きかったぞ!」


 はいはい、それどころじゃねーし。

 レーグネンを背後に押しやって、壁の向こうを睨みつける。


「今の内に呪文を唱えてろ」

「待て、あなた――」

「リナリアの代わりに、オレが時間を稼いでやる。てめぇの呪文が遅れるだけ、オレに死神が近付いてくると思え――!」


 剣を抜きながら飛び出すと、予想通り、ゴルトの周囲を囲む複数のトロール達。

 幸いオレのいるところはまだ通路じみた狭さで、この状況なら挟撃される心配はない。

 しかしそれにしても、力で勝るトロールをいつまでオレが相手出来るか……。


「頼むから――あなたまで、俺を置いて行かないでくれよっ!」


 背後からレーグネンの悲鳴のような声が追いかけてくる。

 直後、微かに呪文が聞こえ始めた。

 らしくもなく頼りない風情に、少しだけ心を乱されたが――すぐに忘れることにした。


 レーグネンの思いなど、知ったことではない。

 正面から信じられる相手ではないことも分かっている。

 例え少女の姿をしていたとしても、アレに気を許してはいけない――。


 今でもまだ、覚えている。

 戦場において、冷笑を浮かべ青龍の背に跨り飛翔するその姿。

 時折その薄い唇の隙間から小さな呪文を唱えるだけで、私の部下が1人消し炭と化す。

 たった1人消えただけのはずなのに、拮抗していた戦力があっという間に劣勢へと転ずる。


 私は、彼の力を良く知っていた。

 その魔術は確かに強力ではあるが、彼は決して、正面に立ち道を切り開くタイプではない。

 策を弄し罠を仕掛け、最も効率的で負担の少ない方法を取り、敵を追い込んでいく。


 魔王領東部方面――広大な魔王領の4分の1、東方領。

 その東方領に属する魔王軍の兵士を統べる、青龍将軍。

 東部方面青龍将軍レーグネン。魔王軍と敵対している王国にもその名の轟く、冷酷で切れ者と噂の、魔王領きっての魔術使い――。

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