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3 不似合の姿

「おお、3対1か。大変だなぁ」


 睨み合う敵味方の間に、呑気な声が割入った。

 見れば、かったるそうにしゃがみこんでいるレーグネンは、明らかに自分自身とリナリアを計算に入れてない。何か言ってやろうかと思ったが、思っただけで止めた。口に出す方が面倒くさい。

 それよりは、大人しく3対1で敵を叩き伏せる方が余程マシだ。


 剣の柄に手をかけた瞬間に、向こうの身体に緊張が走るのが見えた。

 『轟雷のヴェレ』を警戒しているのだろうが……遅い。

 3人の男たちの身体が固くなった隙に、相手との距離を駆け抜け、引き抜いた剣で手近の1人を貫いた。


「……がぁっ……!?」


 血を吐いた男をねじ切りながら胴へと抜いた刃が、そのままの勢いで2人目へ向かう。

 慌てて構えた2人目が剣を抜き放つ。

 オレの血まみれの刃がその剣に向けて走り、打ち弾いた。


「――お、重い……!」


 打撃の威力に耐えきれず、向こうの剣の先が跳ねる。

 空いたガードに向けて、勢いを付けて踏み込んだ2撃目が、そのまま2人目の首を刈った。

 すっとぶ頭と吹き出してくる紅い噴水を身体の捻りだけで避けて、3人目――オレを『隊長』と呼んだゴルトへと向かう。


「ま、待て待て待て! ストップ、待って、タンマ!」


 情けない悲鳴を無視して剣を振り下ろそうとしたところで――


「――止まれ、ヴェレ」


 レーグネンの制止が飛んだ。

 ぴたり、と頭皮一枚で止まった刃の下から、千切れた茶色い髪がひらひらと舞った。落ちていく髪束を一度見下ろしてから、ゴルトは恐る恐るオレに視線を向ける。

 何の感情も浮かんでいない(はずの)こちらの瞳とぶつかって、慌てて手から剣を投げ捨てた。


「わ、悪かったよ、隊長! あんたに勝てるなんて思い上がりだった!」

「私はもう、貴様の上官ではない」


 あわあわと声を上げる男から剣を引かぬまま、隊長モードで応えてやる。

 そんなやり取りとは無関係に、背後から歩み寄ってきたレーグネンが背中に貼り付いてきた。


「んふ。さすがは美しき俺の愛玩動物。褒めてやろう」

「……ふん。何よ! 私だって活躍の場さえあれば――」


 指示を受けなかったリナリアが何故か悔しそうに地面を蹴っているが、どちらの言葉に対しても無言で通すことにした。どっちも反応しづらい。


 レーグネンもまた、答えのないオレを無視して、一歩踏み出す。

 未だ頭上ぎりぎりへ刃を当てられたままのゴルトが、ごくり、と息を呑んだ。

 童女のように腰をかがめて男の顔を下から覗き込みながら、レーグネンは笑顔を崩さない。


「さて、何故あなただけが生き残ったのか、分かるか?」

「……ほら。あんたらを襲った理由を知りたいんじゃないかな?」

「なかなか賢い。ならば、この先も生き残り続けたければ、大人しく述べるのが吉とも分かるよな?」


 んふふ、と笑うレーグネンのあざとい上目遣いが、ゴルトの瞳を捉える。

 目が合った途端、私よりは少女の方が与し易いと見たのか、ごまを擦り始めた。


「分かる分かる、良く分かってる。何でも喋るぜ――あんたぁ随分可愛いしなぁ」


 その情けなさにため息が出そうになるが、直前で堪えた。そう言えば初めて会った時から、こんなヤツだったような気がする。長いものには巻かれろ、が座右の銘なのだろう。


「んむ、俺が随分可愛いのは周知の事実だが……まあ、しかしもっと誉めても構わないぞ」

「お人形さんみてぇじゃねぇか、すべすべのほっぺたしてやがる」

「んふふ……すべすべ」

「主様、触らせてはなりませんよ!」


 リナリアの叱咤にも関わらず、満更でもなさそうに頷くレーグネンの背中を見ていると、何だか……蹴り飛ばしてやりたくなってきた。

 何の話をしとるんじゃ。貴様の可愛さなど、どうでも良いわ。

 誤魔化されていないで、早く本題に入れ。


「さて、ではそのすべすべほっぺが尋ねよう。あなたは何者で、何の為に我らを襲ったのか」

「おれぁただの辺境帰りの傭兵だ。以前そこの隊長に世話になってた……短ぇ間だったけどな」

「事実だ。1年やそこらの話だが」


 中央から西方へ異動したのが1年と少し前。

 そして今から2ヶ月前に、私は襲われ、崖から落とされた。

 今まさに目の前にいるこの男(ゴルト)を含んだ、複数の部下達に。


「んむ、なるほど。ちなみに、さきほどのむっつり何とやらは、その頃のあだ名か?」

「……おい」

「むっつり隊長な……ああ、中央時代からそう呼ばれてたらしいぜ」

「むっつりねぇ」


 くすっ、とヴェレの背後からリナリアの失笑が聞こえる。


「ずいぶん可愛らしいあだ名を貰ったものじゃない」

「放っておけ」

「よし、今日からヴェレのことはむっつりペットと呼んでやるか」

「おい!」


 ちゃきっ、と剣を鳴らして威嚇して見せると、さすがに黙った。

 それでも口の中で文句を言うのは忘れていないらしい。


「……そんな、本気で怒らなくても良いじゃないか」

「心の狭い男ですね」


 そんな心の広さならいるもんか。

 オレが剣に込めた力を緩めないのを見てから、レーグネンとリナリアは一瞬視線を交わし、ため息をつく。

 が、さすがにそれ以上は言及せず、再びゴルトに視線を戻し、尋問を再開した。


「で、その辺境帰りのただの傭兵が何故、魔物が出ると噂の場所にいる? まさか、今まで魔物の振りをして人々を襲っていたのはあなた達なのか?」

「いや、魔物の振りなんざしてねぇ。魔物はちゃんといるんだ」

「……いる?」


 きょとんとしたレーグネンの声を聞くか聞かずかの内に、誰より先にその気配(・・・・)を感じ取ったオレがレーグネンの背を引いた。


「――ゔぇれっ!?」


 変な悲鳴を上げながら後ろに引っ張り込まれたレーグネンを、リナリアが両手で抱きとめる。

 それを見届ける暇もなく、一瞬前までレーグネンがいた場所に、横合いから斧が打ち込まれた。

 即座に剣を引いて構えたオレの前で、刃から解放されたゴルトが最高速で後ろにさがっていく。

 こちらからはその姿しっかりと見えていたが――追いかける余裕はなかった。

 それよりも、むしろ――


「――主様。トロールの群れですわ」

「気配を感じるのが遅れたが……先程の争いのどさくさに紛れて出てきたか」


 背後で囁き合う2人の声が示す通り、いつの間にやら近付いてオレ達を囲んでいたのは、斧を構えた屈強な魔物トロール達だ。

 どいつもこいつも、人間の中では大柄な方のオレよりも、頭1つ分は大きい。それぞれが盛り上がった筋肉を備え、人間より簡素ではあるがしっかりと武装をしている。

 隊長時代にはよく、はぐれ魔物狩りをしていた。本能に拠って食肉を求め人を襲う魔物達よつあしを倒すのは、きちんと準備さえすれば、そう難しくはない。

 だが、今。2本足で立つ眼前のトロール達の視線には、知性さえ感じられる。

 こちらは私以外に剣を握る者はいない。

 これは……厳しい戦いになるかも知れん。


 私達を囲むトロールの個体数は10を越えていた。

 逃げた男には目もくれず、武装したトロール達は静かにこちらを狙っている。

 対峙するこちらは……剣を構えるオレ以外は、さして慌てた様子もない。


「おい、レーグネン」

「何だ、べりべりきゅーとな我がペットよ」

「べりべ……いや、どうするつもりだ?」


 これだけの数をオレ1人で相手に出来るワケがねぇ。

 分かってるはずなのに何とも呑気な2人の姿を見ていると、まだ他人事だと思ってんじゃねぇかと心配になってくる。


「どうもこうも……まあ、対話でも試してみよう。あなたの言う通り、顔見知りではなくとも同じ国に住まう同胞ではあるから」


 完全に諦めているのかと思えば、そうでもないらしい。

 もしかすると、この依頼を引き受けたのもその為なのだろうか。同国民として、他の冒険者ならずもの達に倒されるのは見過ごせなかった、とか?

 まあ、レーグネンの考えなど分からない。所詮はレーグネンも――魔物だ。


 リナリアの腕をそっと外すと、レーグネンは、剣を構えたままのオレの隣に進み出てきた。


「壮麗なる丘の民よ、あなた方の長はどこだ!? 人間達の国をこのように奥地に迷い込んでしまったからには、元の住まいに戻れず困っているのではないか? 俺が――魔王軍東部方面青龍将軍レーグネンが、直々に話をしたいと長に伝えよ!」


 凛と張った声は、少女然とした姿にそぐわない。威風堂々した態度で、レーグネンがこのような状況に慣れていることは十分に理解できた。

 しかし、名を告げた直後から、トロール達は波のように肩を揺らし始めている。

 地響きのように低い息の音は、彼らが――嘲笑わらっていることを告げていた。


「……なるほど。青龍将軍の言葉はあなた方には信じられないか」


 眉をひそめて息を吐く。

 その声に、1体のトロールの声が重なった。


「レーグネン将軍か……。先の王国との戦において、将軍のお姿は遠目とは言え戦場で直接に見聞きしている。お前はただの人間の娘、将軍の秀麗なご尊顔とは似ても似つかぬ」

「んふふ。そうか、戦場に立つ俺は秀麗であったか」

「んもぅ、主様ったら。喜んでいる場合ではありませんよ」

「だってぇ、リナリアぁ」

「民の讃詞をお喜びになる主様の笑顔……ああ、何とお可愛らしい!」

「――おい」


 こいつらに任せてたら、日が暮れても終わらない。

 結局オレが何かを言わねば止まらんらしい。

 身を寄せながらきゃっきゃしているレーグネンとリナリアに、無表情で声をかけた。


「おい、レーグネン。名乗ったところで、信用されねば意味がないだろう」

「まあ、この姿では詮無きことだなぁ」


 やる気のない少女は、頬に手を当てたままくるりと回る。

 その緊張感のない姿に、先程のトロールが呆れた声をかけた。


「そもそも人間の娘よ、お前は何故よりによってレーグネン将軍の名を名乗ろうと思ったのだ。将軍は、魔王領でも高名なる、優美にて雄邁たる青年(・・)将校であるぞ」

「だよな。口で言っただけで信じる訳がないと、俺も思っておったところだ」


 あは、と脳天気に笑うレーグネンに、今度こそオレは頭痛を覚えた。

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