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【短編集】はじめまして

六月のスノードーム

作者: 山石尾花

 常盤色の木漏れ陽が私たちを包みこんでいた。

 汗ばんだ額を拭い、目を細め笑う顔を今でもはっきりと覚えているわ。


 小さな公園があなたの世界だった頃。

 あなたは泥だらけになって私の手を引き、たくさん冒険したのよ。


 砂場は灼熱の砂漠、ジャングルジムは王国の城、ブランコは空を舞うための翼。

 石ころは宝石で、折れた木の枝は魔法の杖。

 あなたが摘んでくれたクローバーは虫食いだらけの三つ葉のものだったけれど、私にとっては何よりも素敵な贈り物よ。

 

 あの時、あなたは確かに、私の小さな恋人だった。


 恋のときめきを忘れかけていた私に、甘い時間を届けてくれた。

 これは恋か、と問えば、違うと言う人もいるでしょう。

 でも私にとっては紛れもなく恋そのもの。


 あなたは私から離れていく運命。いえ、離れていかねばならないの。

 だけどね、その切なささえも、私にとっては誇らしい。

 

 あなたとの思い出はまるでスノードームのよう。ひっくり返せば、何度でもあの日の木漏れ陽が私たちを包む。

 キラキラとしたガラス球の中に眩しい瞬間を閉じ込めて、そっと心にしまっておくわね。











 梅雨の合間を縫うような青空だ。


「新郎新婦、親族の皆様。お時間ですので、チャペルへの移動を――」

 式場スタッフが高らかに告げた。私は主人と顔を見合わせ、緊張しますね、と笑いあう。


「じゃあ、俺たち先に行って準備してるから」

 そう言って、白いタキシード姿の息子が背を向けた。

 彼の隣にいるのは、純白のウエディングドレスに身を包んだ、清らかな花嫁。慈愛に満ちた表情で、息子を優しく見つめていた。

 未来へ向かう二人の後ろ姿を、私たちは静かに見送った。


 ところが、息子が不意にこちらを振り返った。もじもじと視線を泳がせながら、あーうー、と口籠る。

「あのさ、母さん。着物姿……似合ってるよ」

 私は唐突な褒め言葉にきょとんと目を丸くする。

 ありがとうさえ言ったことのなかった彼が……留袖姿の私を褒めている。

 照れ屋な息子の、精一杯の感謝の言葉。

 何言ってるの、と私は小さく呟いた。

「そういう言葉は母さんじゃなくて、お嫁さんに言ってあげなさい」

 はにかみながら笑う息子は、ひらひらと手を振り、再び花嫁の手を取った。



「あぁ、私、とうとう振られちゃったのね。大恋愛だったのよ」

「その割にはすっきりとした顔をしているね」

 主人がそっと私の手を握る。鼻の奥がつんとした。


「えぇ……だってとても素敵な恋だったから」

 私はその手をぎゅっと握り返した。

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― 新着の感想 ―
[一言] SSS(ショートショートストーリー)といった風で、切ないながらもほっこりしました。母親とはこういうものなのでしょうね……。 ある種母親の愛情=恋情というのはわかる気がします。通常の恋とは違…
2015/08/15 21:51 退会済み
管理
[良い点] 母親の気持ちがよく表れていると思います。 離れていくのを喜ばなくてはならない。包み込むような「愛」 幸せの中にきゅんとした切なさとかたくさん含まれている気がします。 [気になる点] 常盤色…
[一言] 母親にとって息子は小さな恋人。分る気がします。 うちは女の子なんで、友達かともすればライバルな感じですが、男の子を持つお母さんを見ていると、この物語のような感情があるんだろうなと感じます。…
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