98 お嬢様はモーニングスター(鈍器)が好き
彼女は良家の子女であった。良家といえば聞こえがいいが、持たざる者からの僻みというものが強い。そのため十五を数える歳になったと思えないほど悪意に慣れた娘である。
戦争、というものはいかな時代でも絶えることがない。戦禍は何もかも巻き込んでいく。良家であろうとそれは変わることはない。
彼女は馬車に乗せられ家族と従者とともに逃げていた。縁談もとへと逃げようと彼女の父親が判断したのだった。
逃げ道がよくなかった。狭隘の地で森が間を挟んでいる道で、伏撃に持って来いの場所だ。
そこで襲撃を受ける。
最初、父親が踏ん切りをつけ持ってきた財貨を道に投げ命カラガラ逃げていたのだが、それも早々と尽きる。
しかも、追われるうちに気がつくのだが、野盗もただの野盗ではない様子なのだ。鎧をまとい馬に乗っている。剣をはき、必死に狙っている。
騎士、として見るにはいささか間抜けのようだ。暗殺者まがいの騎士など場違いすぎる。
ゆえ騎士崩れと彼女の父親は見て取った。正規の騎士ではない。
そして、またも伏兵によって馬に矢を受けてしまう。
音を立て馬車は崩れ、彼女たちは投げ出されてしまう。
そして、騎士崩れが彼女らを皆殺しにしてしまおうとした。
その時、石が飛ぶ。もちろん、一矢報いるわけではない。小さな石だ。騎士崩れは飛んできた石の方向を向く。
同時に火の玉のように一つの影が飛んできた。
初老の男だった。筋骨たくましく長身で、小さな山が動いていると見える。
山は遠くにあっても威圧する力がある、人の形をした山はそれだけで不埒な野盗たちを圧した。
そして、手にはなにか携えている。柄の長い鉄製の武器のようである。両手で持ち右手側の形状が一種異様だった。
まず、球がある。それにトゲのような突起が無数にある。
彼女はその武器に魅入られていた。
そして、口上もなく、野盗はその男を敵とみなし、それよりも早く男は振り上げた。
騎士崩れは剣でさばこうとした。しかし、それは悪手なだけであった。
へし折れる、砕かれた剣は折れて地に伏し、男は追撃を騎士崩れの鎧に打ち据える。
騎士崩れは倒れ、野盗たちは頭目が倒れたと見て蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
男に父親が礼を言っているそばで、彼女は恐れず男に尋ねた。
「その方」
父親が制止の声を上げる、だが彼女の幼気は止まらない。
「武器はなんというのだ?」
「モーニングスター、だ」
明けの明星、なんともきれいな名前に彼女は引かれた。
男に謝礼を渡そうとしながら、男は馬の怪我を見ていた。
「この怪我では馬がダメですな、この先の村によるといいでしょう」
男は親切から言ったのだろう。父親の謝礼など受け取らず、血反吐を吐いて倒れ伏している騎士崩れの鎧と壊した剣を奪っていた。
彼女は男の隣に経つ。
「殺さぬのか?」
「死ぬときは死ぬ、この傷は肺腑を壊している。死ぬときは死ぬ」
繰り返して言うさまがどこか戯けた風情があり、彼女は笑った。
「お前も村に住んでいるのか?」
「あぁ、君は」
ん、と彼女は尋ね返す。
男は尋ねる。
私を恐れないのか、と。
彼女は返す。
「恐いぞ? だが、怒らせなければいい。お前は猛獣使いに飼われる猛獣のたぐいだ」
変わった姫さんだ、笑いもせず老人は鎧と剣を担ぎ騎士崩れの載っていた馬を奪う。
「そんなものをどうする」
「村の商人に売る、見かけは立派だからそれなりに飯の種にはなるだろう」
「我が父の御礼を無碍にしてまでか?」
父親は引き合いに出され震え上がった。
老人はかしこまって、
「君が怒っているのかな?」
「あぁ、良家の出である、そのルールを知らぬし扱いもしない輩には心が怒る」
「それは悪かった」
何かいただけますか? 老人の言葉に父親がコクコクと首を縦に振り、宝石を渡した。
そして、その後老人の村へと一行は辿り着いた。
宿を取り襲われないよう確約を取り付けたのは父親だった。
そんな中で彼女は老人の家へと家族従者の眼を盗んで訪れた。
老人は留守のようでモーニングスターがおいてあった。
彼女は小山のような老人と比べるべくもなく小柄で、この武器を振るうは愚か、持つことも叶わないのではないか、と静かに思った。
事実好奇で手を伸ばした武器は重く、取り落としてしまった。
「これはちっこいネズミがおる」
振り返ると老人が立っていた。カンテラで照らされながら見る顔は先程よりも赤みがさしており、酒でも煽ったのだろうと勘ぐる。
「ネズミとは失礼な」
「人の家に盗みはいるのは礼を欠いていないと?」
「家か、それは失礼。粗末なもので馬小屋かと思ったわ」
悪辣な言葉に老人は怒る前にきょとんとしてしまう。そして、快活に笑う。
「振るってみたいか?」
「あぁ、お前のように、だが、叶わないことだろう」
私は女だ、彼女は諦めと力強さという相反する感情を込めて言う。
「今も戦禍から逃れるために父の傀儡だ。その次は結婚相手の奴隷」
「君は、そのつもりはないんだろう」
言葉の裏にそんな現実を受け入れいない感情がある。だが、抗いだとか反発するものではなく静かな否定があった。
「そうだな、だが、私の心とこの浮世はかけ離れている。思うだけで、私は無力なのだ」
老人はその言葉に対して。
「ならば、今から始めればいい」
そして、酒瓶から酒盃に注ぎ彼女に差し出した。
「女を酔わせてどうする?」
「女を名乗りたいのなら、その心に似合わぬいじけ面とやわっこい腕を鍛えなおしてから言ってみろ」
君は、老人は言う。
「俺と違って時間があるのだから」
それから、しばらくしてから老人の家を去り宿に戻った。
父親たちは心配していたが、彼女が引きずっているものを見て驚いた。
鉄塊ともいうべきモーニングスター。それを彼女が持っていたのだ。
「貰いました」
少し赤くなっている顔を見て何事か、と思ったが父親は何も言えない。
それから彼女は旅の最中暇を見てはモーニングスターを振るった。
父親はそれに関して咎めたが、彼女は笑ってこう応えた。
「子を掻き抱く時に貧相な私の腕ではこぼしてしまう、こぼさないよう鍛えているのです」
そう言ってしまうと父親は何も言えなくなってしまう。彼女の心中は婚儀に否定的であると見えた。この能動的な変化がいい方向に向くと感じたのだ。
これが国の内戦を終わらす才人として世にでる夫を支えた女丈夫の始まりであった。
嫁入り道具にモーニングスターが流行ったのも彼女のおかげだった、ともいわれるが真実は闇の中である。
いずれ、彼女はモーニングスターを通して在りし日の老人を思っていたのかもしれない。
彼女抱いた初恋の相手、というのには無骨に過ぎるが。
創作仲間からのはまさんからのリクエストでした。
楽しく書かせていただきました。
では、短くなってきましたがまたよろしくお願いします。




