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95 中年と沼

 沼がある。その地方の昔話のもととなった小さな沼だ。

 沼は飛び込んだものの願いを叶えるというのだ。代償は大きい、願いを持ったものはしななければならない。


 身元不明の中年と思しき溺死体がY県北西の沼から見つかった。

 警察は身元を調べたが、一向に見つからない。溺死体のそれも夏のため顔は異常に膨れ上がり整然の面影はないに等しい。

 身元がわかるような保険証や財布の持ち物も溺死体の男は持ちあわせておらず、警察の初動は難航した。

 しかし、初動だけだ。

 溺死体の思しき男性と話、一緒に歩いていたらしい女性がいたことが判明した。

 それにより警察は自殺と他殺の両面捜査から比重を他殺に移していた。

 更に、解剖によって面白い事実が分かった。

 警察の持っているデータベース、数年前に起きた大地震を受けて構築された歯型の資料から登録されている人物ではないということだ。

 大地震以降歯型登録は国民に義務付けられており、自国人ではない可能性も出てきた。けれども、体型や骨格等から自国人である可能性が非常に高い。

 警察は女性の行方をおった。

 そして、ついに対面した。

 女性は首都圏に住むOLだった。まず、溺死した男性との関係性を尋ねたが、女性は頑として応えない。

 日を改めるとしていったんは引き下がったが、それがいけなかった。

 女性は自殺未遂をしたのだ。

 幸い、発見が早かったため女性の命に別状はなかった。

 それによって女性は喋らざるを得なくなってしまった。

「彼と私は同い年で、同じ村の出です」

 奇妙なものいいだ。同い年で同じ村ならば、同級生というのではないのか、警察はそう思ったが話を促した。

「彼の親は彼を奴隷にしていたのです」

 昭和の頃にあった話だ。今でもそんな話を聞くことになろうとは、警察はあなたと彼の関係性は、と尋ねた。

「恋人、でした」

 彼女は言葉にするとともに震えている様子だ。

「彼と出会ったのは高校の頃で、私は事情を知りませんでした」

 そして、と接ぐ。

「結婚したいと告白しました、けれど叶いません。彼に戸籍がなかったからです」

 夢を見るほど子供ではいられませんでした、彼女は言う。

「彼と再会した時、彼は奴隷のままでした。歪みながら、それでも変わらない彼が愛しているといった時、私は気持ち悪いと思いました」

 昔の恋を引きずるな、と。

「そう言ったのに彼は笑っていました」


「自殺ですね」

 女性の話を聞き終えた若い女刑事と老いた老刑事が病室を出て近くの喫茶店で話し込んでいた。

「なんで、自殺したんですかね」

「夢も希望もなかった、ということだろう」

「ネットとかなかったんですか」

「所持品に携帯電話はなかった、そうでなくても親が与えなかったんだろう」

 だから、知識が子供のままだった。

「いい年になっても、経験や知識がなければ子供は大人になれないんだな」

「だから、沼に飛び込んだ」

「なぜですか?」

 調べたんだ、老刑事はスマートフォンを操作しながら記事を女刑事に見せた。

「願いを叶える沼、沼で死んだ奴の願いを叶える」

「眉唾ですよ、こんなの」

「だから、子供が死んだんだ」

 三十路を過ぎたと思しき大きな少年にして小さな中年の死を、彼らは考えた。

元ネタどこに記述があったか忘れたが、こんな話もありましたよ、と。



ミステリィテイスト。

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