92 殺人鬼と山羊
――夕闇を連れて山羊頭の殺人鬼。
そんな言葉がニュースで流れた。何かの冗談のようにお茶の間は捉えたが、ニュースキャスターの戸惑いながらも生真面目に流す言葉の連なり事件のあらましが明らかになっていく。
昨日の夕方、T県の医療機関に務める男性が何者かに殺された。目撃者は数名いたが犯人は逃走。
そして、殺人犯は山羊のかぶりものをしているとの事だった。
山羊頭の殺人鬼はその異常な格好からメディアの暴き立てたい欲求を掻き立てた。
なにせ、週ごとに山羊頭の殺人鬼は殺人を犯した。その行動範囲は恐るべきものでT県で起こしたと思えばK県でまた殺人事件を起こした。
模倣犯も出た。そのことにより一年が終わろうとしながらも、ネットでは夕闇を連れて山羊頭の殺人鬼はセンセーショナルを巻き起こした。
被害者にも焦点が当てられた、いずれも独り身でほとんど親類との交流もなく、サブカルチャーに興味のある人物であったようだ。
そのため一時、山羊頭は魔術儀式によって呼び出された悪魔だ、という論がネット上で飛び交った。
そして、いつの間にかブームも去り、山羊頭の殺人鬼は忘れ去られたころ、山羊頭本人を名乗る男がとある雑誌記者に事件の真相を話すということを持ちかけた。
人目を避けたいということで、廃墟で待ち合わせということになった。
「私は人間です」
山羊頭の殺人鬼は開口そう呟いた。
記者はまずその言葉を疑った。山羊頭はハリウッドの特殊メイクもかくやと言わんばかりに接合部がなかったのだ。
もちろんメイクかもしれない、だが、被り物の眼球が人のように動く所作など、人はまだ作れないのではないか。映像としてはあるかもしれない、それはCGによるものだろう。
山羊頭との会話は録音している。そして、聞きながら記事にできないことともう一つのことが気にかかっていた。
話を終え、殺人の理由が分かる。
「私をこんな悪魔に変えた奴らに私は復讐しただけです」
これを聞いた時、記者は自分も殺されるのではないか、と思った。
記者は、面白おかしく山羊頭を悪魔とした記事を書いたことがある。もちろん、言わなければばれないのかもしれないが、すでに知っていて記者を殺すために呼び出したとしたら?
怯えが奔る。
「これを記事にするかしないかは、お任せします」
そう言って山羊頭は去ろうとした。
だが、一声により足を止めた。
「動くな、警察だ!」
これは記者が用意していた保険だ。当然と言えるだろう、殺人犯かもしれない相手だ、それにもしかしたら逮捕の瞬間をスクープに出来るかもしれない。そんな打算が記者の中にあった。
だが、悪魔は意に介した様子も見せずこぼす。
「一人で来いとは言わなかったから、貴方に非はないです」
言葉に記者はぞっとしている。この言葉は山羊頭の感情に抵触する事案が有れば何であろうと殺してやる、という宣言に他ならなかったからだ。
「私はなんの罪で同行されるのでしょう?」
山羊頭は冷静に尋ねる。不審者としてご同行願いたい、というのが警察の対応だった。
現行犯でもないのだから、いかに山羊頭が殺人犯だとしても容疑はあるだけにとどまる。
そうですか、言いながら山羊頭はこう呟いた。
「動くな」
確かに聞こえた、低く力など無いように見える言葉は魂に刻んだように心に響いた。
そして、誰も彼も動けない。
強制力などない、ただの言葉に記者も刑事も静止してしまったのだ。
山羊頭は静かに歩き、告げる。
「さようなら」
こうして、山羊頭の殺人鬼はどこかへ行ってしまった。
人間であった、ということが嘘のように消え、時折ネット上で山羊頭の目撃情報はひっそりと出ることがあった。
それこそ悪魔のように。




