86 メイドと砦
国境にほど近いラムレス砦。激戦地でありながら不落の名城として名高いこの砦を宿場にしようという案が出ている。
一つには隣国の政権が交代し敵対から和解へと政策を移行していること。
もう一つには、平和についてまわる、兵站維持のコスト削減というモノだ。
二つの理由から時代は変わろうとしている。
しかし、抗うものも現れるのも変化の常だ。
ラムレス砦を任されている将軍がその一人だ。
彼は常々隣国の脅威を進言し、先方たるラムレス砦を宿場にするなどもってのほかと考えていた。
これに頭を悩ませていたのは商人衆だ。将軍が挙げる隣国の政権基盤の薄弱と旧政権の強硬派の対立は、もはや古い話である。
つまり、将軍は古くなってしまった、と言わざるをえない。
「あの石頭にも困ったものだ」
将軍与する反対派との会合後、商人衆はどうしたものかと相談していた。
将軍が問題視しているのは隣国の起こりうるかもしれない政変後の乱に対応できないことだ。だが、それは富くじが当たるという前提で考えている。実にナンセンスであることは説明するまでもない。
そのため、砦の解体はせず、そのまま宿場にしてしまうという案も出た。これなら戦時は砦として使えるし、平時は宿場に変えて両方をスイッチしていい。将軍は砦の弱点がわかってしまうと危惧している。確かにその点はしかたのないことである。弁明のしようもない。
だが、ラムレス砦より西に三つの駐屯地がある。弱点はわかってしまうかもしれないが、それに対応できる兵のリソースは備えてある。
そも、籠城で何が一番怖いかといえば、援軍が到着しないことだ。それは将軍が常々いっていることであり、商人衆もそれを取り入れて話を進めている。故、将軍がそのことに意義を示した時はこう提案している。もっとも、これに関しての意見は平行線だ。
また、商人衆は将軍とは別系統の情報網がある。新政権へも編みを張り巡らしており、確度の高い情報があり。政変への対策もなされていることは確認済みだ。
要するに将軍の情報網には新政権へのものがないのだ。将軍自身の人格は根っからの戦争屋ではあるが、それは防衛戦におけるもので、不要と有れば捨てることに躊躇いはない。
だが、将軍へ商人衆の情報網を譲渡することは難しい。将軍は買収されたと取るであろうから、怒って旋毛を曲げるかもしれない。そも情報というものは独占できるということにアドバンテージが高い。将軍と共有することで優位性が損なわれることが商人衆にとり歩み寄る事に躊躇させていた。
「なんとか打開策はないか」
「要するに将軍に宿場化を認めさせるために、隣国の確度高い情報を手に入れさせることを自分で出来ればいい」
「なにか、いい手があるか?」
明日言ってみます、その若い商人は言った。
「将軍は東方の忍者という集団をご存じですか?」
知らぬと返した将軍に商人は言う。
「至る所に隠れている密偵とお考えください。この砦を宿場化することで、その密偵網を広げるのです」
話が見えないな、とじれったさに僅かな興味があるように見えた。
商人は続ける。
「宿場町の住人にこの密偵を大量に備えるのです、そうすることで隣国の情報も手に入れられるでしょう。そして、対応できれば将軍が危惧している問題は解決するのです」
「たしかに、いながらに他国の情報を手に入れられるならば、兵は最小で済む」
戦う兵は他から引き入れれば良い話だからな、将軍は言う。
「その兵站もすでに我が国は備えてあります、将軍、ご決断を」
「――分かった」
ただし、条件がある、と将軍は付け加えた。
「武に心得のあるものも宿場町には何人か置く、私の直臣もこの砦には多くいる。彼らは引き続き砦に備え、居付いたものに兵役を課すことも認めてもらおう」
それが譲歩だ、といい会合は成功に終わった。
その後、宿場化はすみやかに行われ商人衆もめまぐるしく働いた。
砦も、はじめは改修しない方針であったがいずれ砦としての弱点がわかってしまうことを理由に、縮小し消えた。
最初は将軍の直臣ら家族の女性陣を宿場の侍女として働かせ徐々にお金に余裕が出ると雇い出す。
ただ、旅行者には少し不満だった。
どうにもギラついた侍女でサービスとしてみると心穏やかならざるものだ、ということらしい。




