85 皮膚と勘違い
彼は幽霊というものが苦手だ。その区別には理由がある。中学の陸上部の合宿で部員で怪談というものをやった。百物語というもので、百話話し終えた後に何かが起こるというやつだ。
実際には起こらなかった。なんとも情けのない話で怪談に震えて彼が卒倒してしまったからというものだ。
そこから、彼は残念イケメンと呼ばれている。整った精悍な顔立ちで男らしい顔なのだが、その逸話のせいでどうにも頼りないところがある。
だが、彼にも弁解するところはある。彼が苦手なのは幽霊であって、悪魔や妖怪といったものにはそれなりに耐性がある。その差を彼は明文化できないが、感覚的に真に迫ったものが本当の話なのだと分類している。
そんな彼も色恋を意識し始める高校生となる。地元の高校ではあるが、同じ中学校から上がってきた同級生はほとんど話したこともないような連中だった。
始業式の時は皆話しながら緊張を解していたが、彼は制服のポケットに忍ばせていた文庫本を読みながらどうしたものかと考えていた。
ふと、顔を上げるとこちらを見ている生徒がいた。しかも、女子生徒で可愛い。
こちらが視線に気がつくと女子生徒は頬を赤くして顔を背けた。
どうやら同じクラスの女子だということが始業式を終えた後に同じクラスに入っていくのを見て彼は素直に喜んだ。
担任がやって来て自己紹介をする。氏名、出身中学、趣味、入りたい部活、などなどを喋って彼の自分の番になり目立たないように語り、彼女の紹介が気になった。
氏名、出身中学、入りたい部活、は別段珍しくもなく、至って普通で変わったことがない。
だが、趣味が変わっていた。言うやつはいると思うが、今どき人間観察が趣味と公言する奴は奇人のたぐいであるだろう。
それからお開きとなり、彼は彼女と話すきっかけをつかみそこねた。
そこねたにはそこねたが、話すチャンスは訪れる。
やはり、彼女は彼を見ている。頬を赤くしている。
人間観察といったが彼女がなぜ彼に興味をもったのか、彼はわからないでいた。
ある日思い切って言葉にしてみた。
「俺のこと、その好き、なの?」
彼女はえぇ~とやはり紅潮しながら驚いた。その反応から違うと分かり落胆したが、疑問が募る。
そして、なぜか泡立つものを感じる。夕日が彼女の顔を隠しているからか、大きな眼が怪しく光っているからか、浮かび上がるように開く口から覗く歯が恐ろしかったからか、彼は危険を感じた。
彼女は語る。
「私、人間観察が趣味って言ったじゃん」
「――あぁ」
それ嘘なんだ、つぶやきが耳元でささやかれたように頭蓋にしみる。
「本当は――貴方の」
後ろにいる、西陽を背に彼女の顔を見る。それは恋する乙女の表情。
何に?
彼女が答える。
「格好のいい、幽霊に」
彼は、倒れた。
彼女が驚いたように声を上げるのを遠く感じながら、意識は闇に落ちた。




