82 無と好意
「彼に好意はないです」
ほんと、と訝しげに尋ねる友人に彼女は重ねて言う。
「彼に好意はないです」
「いや、そんな、一字一句変えないで言わなくても」
「そして、彼は未だ恋人がいません」
そうなんだ、と友人は安堵したようにつぶやく。彼女はそれを見て少しイライラしながら、こう付け加えた。
「童貞です」
「いや、そんなこと言ったら、私だって処――」
「ストップ、学校でそれはアカンです」
「まぁ、そうだよ、ね、ゴメンゴメン」
ならば童貞発言は許されるのか、周りの男子は思った。
そして、話中の童貞にして彼女の幼馴染が風邪を引いた。
彼女の友人は心配していた。彼女はそれを見ながら助言する。
「今はチャンスです」
「え? なんで?」
「あの童貞、風邪引いてるところにつけこんでりんごむいてあーんとかされたら、いちころです」
そう言うが、友人はいいよという。全く困った友人だ、と彼女は思う。
結局彼女だけ見舞いに来た。
幼馴染は死にそうな顔と熱さで布団に寝ていた。
これを見たら友人はつらい思いだけをするのだろう、なんとなく彼女は思う。
幼馴染の両親は共に働き詰めである、その事情を知っていたから彼女は幼馴染の看病をした。
同年代の男子に比べ貧相なからだで、顔立ちも精悍というよりは可愛らしいという形容が似合う。言ってしまえば女々しい男だった。
「あ、れ?」
顔を覗きこんでいると幼馴染は気がついたようで、彼女の名を呼んだ。
「ありがと、な」
「礼には及びません、むしろ謝って欲しいくらいです」
「ご、ごめん」
なにか食べますか? 彼女はつぶやき、幼馴染はすりおろしたなしとヨーグルト、といった。
「全く世話がかかりますね」
「ごめん、でも――」
幼馴染は言う。
「わがまま言えるのはお前だけだ」
その言葉に、彼女は言う。
「私は貴女に好意はありません」
拒絶の言葉に幼馴染は慣れたもので、言葉を返す。




