08 椅子と非日常
聖人祭りというのは大陸の各地の村々で行われた祝祭である。娯楽に乏しく、かつ大陸最大の宗教圏ではほぼ義務として催された。
季節は概ね秋である。収穫の時期が終わり陰鬱な冬に備えて少しでも気を晴らしたいという感情はどこの国にも共通した思いなのだろう。
ほぼ村の中で一生を終える村民たちにとり祭りは聖地巡礼者や商人が来る外貨獲得の機である。どこの村も観光客を集めるのに必死で個性的な聖人を演出することに必死だった。
とりわけこの村の聖女祭りは風変わりだった。
「君が今年の聖女役だ」
村長の言葉に彼女は戸惑いを隠せなかった。
彼女は確かに聖女役をするには最低限の年齢には達している。容姿も他の同年代の少女に比べれば少々幼いが、それでも飾り立てれば聖女にふさわしい神々しさを兼ねることは出来るだろう。
アリオスタのデボラ、この村の聖女はそう言った。
彼女の逸話はこうである。この地方に一万の異教の軍勢が押し寄せてきた時、民衆や教会騎士団に呼びかけ、策を練り、苛烈に攻め入る軍勢を退け敵将を打ち倒した、という武の聖女である。
しかもこの村は奇策を用いて敗北せしめた古戦場のすぐ近くであるためこの国の中でもかなりの知名度を誇る村であるのだ。
そしてアリオスタのデボラ自身容姿端麗で戦士の聖女として人気の高い聖人である。
だから、彼女はそんな聖女の役をするのは不似合いだと思った。
そんな彼女の不安な様子を見て村長は続ける。
「確かに逸話から考えれば、君はこれまでの聖女役に比すれば不似合いかもしれない」
だが、と村長は続ける。
「今年の聖女は今までのイメージを覆すのだ」
彼女は話を聞き終えてからその役を承った。
村長の話は確かにとうなずける部分もあった。今までの聖女は従える、神のような人間だった。では、今年はどう違う風に帰るのか?
「並び立つ、人間のような聖女、か」
――祭り当日。
観光客は祭りの演目が去年までと違っていることに気がついた。
村民たちに変わったことによる気後れはない。はじめて来た観光客はこういうものかと風聞と違うことに喜び、従来の観光客は戸惑いを覚えていた。
だが、祭り事態は筋は変わっていない。騎士役の衣装に身を包み聖女役の前に誰よりも早く辿り着き、村民扮する異教の敵将を討ち果たす、演目なのだ。
言ってしまえば子供のごっこあそびだが、何より規模が違う、意味が違う。
規模ではかれば村一個、意味であればこれからの旅や商いの繁盛の祈願。
そうこうしている間に、騎士役達はかけ出した。
目指す場所は村の奥にある石造りの教会。その前に聖女は椅子に座っていた。
――誰だ、誰だ、騎士は誰だ。
――聖女を担ぎあげる、真の騎士は誰だ。
村民たちが囃し立てる戯れ歌に耳を傾けながら、ついに一人の騎士が――聖女の元へとたどり着いた。
「汝、我が騎士なりや」
聖女、その役に衣装に身を包んだ少女は尋ねる。
はせ参じた騎士役は戸惑った。
アリオスタのデボラの逸話の中で最も有名なものがある。
それは――足が不自由だった、というものだ。
史家はそれが彼女の聖性であるとし、彼女に与えられた神の試練であるとした。
そのためデボラは戦場に出るため男たちを従えて担ぎあげられた、とされる。
アリオスタのデボラは男たちを椅子にする、それが歪められた聖女像である。
ただ、デボラは長く異端であるとされてきた。戦場は男によるもので、女によって勝つというのは悪魔的で魔女であるとされた。
だが、宗教圏に組み入れられそれなりに地位の安定してきた村の発言により聖人に列せられた、という歴史がある。
「な、汝、我が騎士、なりや?」
騎士役がそのことを思い出して聖女役の少女が問を再度投げかけた事によってはっとした。
その問いに、彼は応える。
「我、聖女の剣なり」
上目遣いに椅子に座った聖女を見つめる。街にあふれているような服も、田舎の村に一着あれば聖女のようにも思える。
「いざ、征かん、魔を滅する戦陣へ」
そう言うと騎士役に向かって聖女役は手を広げた。それに戸惑っている騎士役に聖女役は役を忘れてこう呟いた。
「か、抱えてください」
「椅子になるのではなく?」
そうです、頬を赤くしながらいう少女は呟いた。
並び立つ聖女、というのは聖女が主役なのではなくその爪牙となって武をふるい盾となって守った騎士たちという風に主眼を置いたのだ。
結果、今までの傲岸な神のように振る舞った聖女ではなく、守りともに戦う聖女、という形になった。
祭りは盛況のうちに終わり、厳しい冬の備えは蓄えられたという。




