78 砂とあの世
――浄土に行きたい。
妻はそう言って私を後に残した。
彼女との結婚は幸せなものではなかった。主に彼女の幸せを奪ったのは私だった。
戦争景気で街の方は活気だっていたが、小さな村々は飢えと搾取によって貧困が渦巻いていた。
私は妻を寝取った。
誰か恋する相手がいただとか、結婚が決まった相手が居ただとかではない、私が彼女の純血を無造作に奪ったため流れで番いの夫婦という形に落ち着いたのだ。
彼女の家は農家をやっていた。小さな小作農で権利は守られていたが、とかく手が足りない。
彼女はよく働き、身ごもった時もギリギリまで働いていた。
それがよくなかっただとか、それが悪かったとか村の住人達は言う。
甲斐性無しの若いの、と私は村の住人から後ろ指を指されている。
そして、私は子供を育てながらある信仰を知る。
――一向宗。
引かば地獄、死ねば極楽、という標語を謳う信仰だ。
私はその信仰に飲み込まれ、一揆に精を出した。
武家を相手取り国を勝ち取ろうというのには心が踊った。
けれども、真に願っていることは死だった。
そう思っているからか、分からないが私は死地に訪れる。
肩を弓で射抜かれ、鏃が刺さったまま雨降る中山谷を駈けずりながら、とうとう動けなくなった。
そして、夢を見る。
夢とわかるのは私の顔を覗き込む、妻の影があったからだ。
「あなた、あなた」
彼女は私をそう呼んだ。ひどい亭主ながら、彼女は私を夫として認めていた。
「いらっしゃるのですか?」
「あぁ、浮世に疲れてね」
まぁ、と頬に手を当てる。
「だから、死ねば極楽、と」
「安易であるが、世の中安易なものだ」
彼女は言う。
「こちらも変わりはありませんよ」
「え?」
「死ねばしがらみがなくなる、というのは嘘っぱちです」
彼女は言葉にする。
「だから、生きてください、あなた」
と、そこで夢から覚めた。
身体はひどく冷えている。
気がつけば村がある。彼女が死んだ村だ。
私は戻る道と、絶える道がある。
その二股の道を前にして私は子供の声を思い出し、道を選んだ。




